<天職ですか>
引退した乗用馬の飼育員・半田佳織さん
天寿まで穏やかな余生を
2016年10月17日(月) 中日新聞
「馬の穏やかな表情を見られるのが魅力」と語る半田佳織さん=三重県桑名市で
「落ち着いて」。
厳しい口調で手綱を引き寄せると、体重400キロを超えるサラブレッドがおとなしくなった。
「この子は26歳。人間でいえば、おじいさんです。でも元気でしょう」。
老馬の手綱を引いて、ゆっくりと牧場を歩く。
三重県桑名市の山麓にある牧場「平八郎ファーム」。
25頭の馬のうち10頭は、競馬や乗馬クラブを引退後、ここで余生を送っている。
乗用馬は、引退しても天寿を全うできることは少なく殺処分される。
養い続けるのに高い費用がかかるほか、引退馬を預かる牧場も限られているためだ。
一部に、引退後もかわいがりたいという馬主がおり、平八郎ファームは昨年から、引退馬を預かる養老牧場の事業を始めた。
半田さんは子どものころから馬が好きで、高校生の時には市内の乗馬クラブに所属。
卒業後はインストラクターの資格を取って、乗馬の魅力を伝えてきた。
結婚後、主婦として家庭を支えながら元競走馬を購入。
乗馬用に調教したことも。
ずっと引退した乗用馬の引き取り手がほとんどない現状が気になっていた。
そんなとき平八郎ファームが引退馬を預かる事業を始めたと耳にして、飛び込んだ。
馬の寝床として敷いてあるおがくずとふんを片付け、えさをきちんと食べているか確認する。
えさを食べていなければ体調に異変がある知らせだ。
「高齢の馬が多いので、細心の注意を払っています」。
その後は放牧地に出して散歩をさせたり、体を洗ったりする。
どの作業も馬のペースに合わせる。
ずっと人のために働いてきた馬だから、自由に過ごしてほしいとの思いから。
「目がとろんとした穏やかな表情が見られます。他ではこんな表情見られませんよ」
8月上旬、20歳の馬がふんをしなくなるなど体調が悪化し、3日後に死んだ。
人間では70代後半の高齢馬。
「この牧場では避けて通れないこと」と声を落とす。
それでもここに来られる馬は幸せ。
だからこう語りかける。
「来られて良かったね。長生きしろよ」
(文・写真 寺本康弘)
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引退した乗用馬の飼育員
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