ペットと入居できる特養ホーム・・・背景と効用は?
「家族と同じ・・・最期まで一緒に」
2016年10月2日(日) 産経新聞
居室でリラックスする沢田富與子さんと愛猫の佑介=神奈川県横須賀市の特別養護老人ホーム「さくらの里 山科」(写真:産経新聞)
犬や猫をはじめとするペットは大切な「家族」。
だが、高齢になると自身で世話ができなくなり、飼い続けられなくなることに不安を抱く人は少なくない。
「最期のときまで一緒に過ごす」。
そんな思いがかなえられる数少ない老人ホームを訪ねた。
(戸谷真美)
■世話代はゼロ
扉を開けると、茶色の中型犬が尻尾を振りながら近づいてきた。
テーブルやテレビが置かれた共有スペース。
入所者たちのかたわらで、3匹の犬が歩き回ったり、お座りしていたり。
犬たちについて職員と話す人もいれば、言葉は発せなくても目を細める人もいる。
神奈川県横須賀市にある特別養護老人ホーム「さくらの里 山科」。
平成24年に開所した4階建てのホームの2階部分が、犬や猫と一緒に入所できるスペースだ。
現在は40人が計15匹の犬や猫と暮らす。
若山三千彦施設長は「泣く泣く手放したペットのことを悔やみながら、人生の最期のときを過ごす人がたくさんいた。そういう人を少しでも減らしたかった」。
犬と猫は別々のユニットで暮らしており、給餌やトイレ、散歩などの世話は、職員や地域のボランティアが行う。
ペットと一緒に入所する人は、餌代やペットの医療費などを実費で負担するが、ペットの世話代はかからない。
また、飼い主に先立たれても、ペットは終生ホームで生活できる。
「職員の負担は大きいが『それでもやりたい』という人に支えられている」(若山施設長)という。
入所者自身の基本サービス費(要介護5で月額2万8057円)や、公的な基準で定められている食費や居住費(3万3600円~13万1400円)は、ペットのいない入所者と変わらない。
■「安心感」で回復
「この子はすぐにここに慣れた。私も安心したし、ずいぶん元気になったんですよ」。
愛猫の佑介(オス10歳)と暮らす沢田富與子さん(73)は穏やかに笑った。
1人暮らしだった沢田さんは10年前、生まれたばかりで捨てられようとしていた佑介を引き取って育て始めた。
だが、しばらくして脊柱管狭窄症(背骨を通る脊柱管が骨の変形などで狭くなって神経を圧迫し、腰痛や手足のしびれなどをともなう病気)が悪化。
歩くことができなくなり、入院が増え、佑介と過ごせない日々が続いた。
食欲がなくなり、体重は一時30キロ台前半にまで落ちた。
「一時は佑介と一緒にすべてを終わりにしよう、とまで思った」という沢田さん。
めいの紹介で同ホームを知り、入所したのは3年前の秋だ。
「今は外に出かけることもできるようになった。佑介といつも一緒にいられることが何よりうれしい」
千葉県に住む男性は、数カ月かけて同を見つけた。
末期がんで余命宣告を受けていたが、病院やホスピスでは、愛犬のポメラニアン、チロ(オス)と離ればなれになってしまっただろう。
男性は入所後に亡くなったが、チロは今でも同ホームの犬として、大切にされている。
■機能回復も
犬や猫がいるユニットで暮らす入所者は、もともと動物好きだったり、飼っていた人も多い。
若山施設長によると、認知症が進み、家族の顔や名前さえわからなくなった人が、犬の名前を覚えて呼ぶうちに家族のことを思い出したり、手を動かせなかった人が犬や猫をなでようと必死に動かして、手を使えるようになったりしたケースもある。
同ホームには入所者に先立たれた高齢ペットや生まれつきの障害があって飼い主が見つからず、保健所から保護した犬や猫もいる。
こうしたペットたちの向こう1年間の医療費に充てようとネットのクラウドファンディサイト「READYFOR」を通じて寄付を募り、目標額を達成した。
若山施設長は言う。
「介護が必要になっても、ペットを飼ったり、旅行をしたり、普通の生活をする権利はある。本人ができなくなってしまったことを補うことが、介護だと思う」
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日本ペットフード協会の平成27年全国犬猫飼育実態調査によると、50代の人の犬の飼育率は17.5%、猫も11.5%で、いずれも20~70代のなかで最も高かった。
60代は犬が15.6%、猫が10.9%。70代も犬が10.7%、猫が7.0%だった。
一方、飼い犬や飼い猫の平均寿命はそれぞれ14.85歳、15.75歳と延びており、最後まで飼えないことに不安を感じる人は多いとみられる。
また、「あったらいいと思う飼育サービス」(複数回答)では「高齢で飼育不可能な場合の受け入れ施設提供」が26.7%で、「旅行中や外出中の世話代行」などに続き4位だった。