APF通信社代表・山路徹さん トラ 福島での出会い、「命」感じる
(かぞくの肖像)
2016年1月28日 朝日新聞
山路徹さんとトラ
初めて飼ったペットで、東日本大震災の被災猫です。
僕は2011年3月11日の震災直後から福島県に入り、福島第一原発の事故を取材しながら、取り残されたペットを救う活動もしていました。
トラとは4月の初め、南相馬市で出会いました。
自宅に置いてきた愛犬を助けてほしいと避難した飼い主から頼まれて、その家に行って犬にエサをやっていると、後ろからニャー、ニャーと鳴き声がする。
振り返ると猫が1匹いました。
トラです。
夕闇で、あたりはシーンとしている。
住民は避難していて誰もいない。
風で葉っぱがこすれる音が聞こえるだけで、この世と思えないほど静か。
そんな中、か細い鳴き声が「助けて」と叫んでいるようだった。
ほうっておけず、東京に連れて帰りました。
獣医師に見せると、前の年の暮れに生まれたばかりの子猫らしいとわかったのですが、衰弱しきっていて「長くもたない」と告げられた。
でも、せっかく東京まで連れてきたんだし、生きてほしい。
付きっきりで看病するうち、体は回復していきました。
それから5年近くが経ち、いまも元気で過ごしています。
僕が帰宅すると玄関で出迎えて、リビングまで先導してくれます。
ピアノを弾いていると、スピーカーの上でじっとしています。
演奏をちゃんと聴いているのかな。
通信社で戦場取材に取り組み、「命」というものを強く感じてきました。
日本の暮らしでは切実に考える機会は少ないけれど、震災や原発事故を生き抜いたトラを見ていると、「命」を感じることができるんです。
(文・足立耕作 写真・早坂元興)
やまじ・とおる
1961年生まれ。92年にAPF通信社を設立。ペットの救出活動は「福島第一原発周辺に取り残された犬猫たち」と題し、ユーチューブに記録動画を投稿している。
トラはオス。内弁慶で甘えん坊。自分勝手な様子は見せず、山路さんいわく「犬みたい」。(推定5歳)
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APF通信社代表・山路徹さん トラ 福島での出会い
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