「犬に触ったこともなかった」
家族が盲導犬候補の子犬を育てた“10か月の幸福感”
2023年5月2日(火)
CHANTO WEB
「ごはんはどうするの?おしっこは?」
動物の飼育経験ほぼゼロの一家が、盲導犬候補の子犬を育てるボランティアを経験。
はじめは不安や困惑でしたが、幸福感に満ちた経験だったといいます。
■きっかけは娘が「カフェで見かけた」盲導犬の姿
髙梨さんは昨年1月から約1年間、パピーウォーカーとして盲導犬候補の子犬(パピー)を家庭で預かりました。
パピーウォーカーとは、盲導犬候補の子犬を自宅に迎え、生後2か月から1歳前後までの間、家族の一員として暮らし、人との関係づくりや家庭でのルールを教えるボランティアのことです。
きっかけは小学生だった長女・令也さんが、カフェでおとなしくたたずむ盲導犬を見て「賢い犬だな」と興味を抱いたことでした。
盲導犬に関する本をいろいろ調べた令也さんがその存在を知って、「うちもパピーウォーカーになりたい」と言うようになったのです。
「それまで私もパピーウォーカーに対する知識はほとんどなく、テレビで取り上げられているのを観て、すごいなと思う程度でした。しかも家族みんなが、犬の飼育経験はゼロ。私自身、ハムスターくらいしか飼ったことがなく、幼少期から犬に触れたことさえありませんでした。だから、自分が犬を育てることは想像もできなかったです。 それに少し調べてみると、パピーウォーカーはペットを飼うのと異なり、10か月ほどで子犬を盲導犬協会にお返しする必要があります。生活をともにした子犬とお別れするのは、想像するだけでも悲しいだろうなと感じました。夫も別れがつらいと最初は反対していました」
■必ず別れが来る“寂しい存在”ではないと気づいた
それでも、令也さんが集めた本を読んでいるうちに、高梨さん夫婦の考え方は少しずつ変わっていきました。
もっとも影響を受けたのは、委託期間が終わって犬が盲導犬協会へ戻ったあとも、訓練士や盲導犬ユーザーの方に引き続き愛情を注がれ、過ごしているということです。
「盲導犬の本を読むと、約10か月間一緒に過ごすため、人間側は子犬と別れる際に、大きな悲しみがあると書かれています。でも、犬にとってはパピーウォーカーとの別れはそんなに悲しくないんだろうなと感じました。だから私たちはもし預かっても、“子犬は異文化で生まれた留学生”みたいな存在、と前向きに考えるようになりました。 子犬をホームステイさせるように受け入れて、“人間の世界は楽しいんだよ”、“人間と一緒に暮らすって、こんなに素敵なことだよ”と教えてあげようと。こう考えるようになったのは、私たち夫婦も留学やワーキングホリデーをした経験が過去にあり、すごく楽しい時間を過ごしたことがあるからです。それに、娘がここまで熱心にやりたいということを、親が“経験がないから”といって拒否するのは、何か違う気がしたんですね」
令也さんの熱意に動かされ、高梨家は2020年6月に日本盲導犬協会へパピーウォーカーの申し込みをすることになったのでした。
■いざ子犬と対面しても「無」の感情でしかなく…
パピーウォーカーになるためには、「室内飼育ができること」、「月に1度、協会が開催するレクチャーに参加できること」、「家族全員で子犬の育成に参加できること」など、いくつかの条件があります。
日本盲導犬協会の場合、パピーウォーカーとして活動をするには登録申込書を郵送後、協会が主催する説明会に参加、その後に職員と面談を行い、お互いが同意のうえでパピー委託待機者として登録をすることから始まります。
登録後、半年から1年ほどで子犬が来ることもあるようですが、高梨さんはコロナ禍の影響もあり、2年ほど待つことに。
「ときどき協会から状況についてお手紙をいただきましたが、なかなか“その日”は訪れず、『2022年1月から子犬を委託します』と連絡があったときは、家族で大喜び。お祝いしようかというくらい盛り上がりました。じつは申し込んだときに、娘は犬との散歩が楽しみで、一緒に散歩するときの洋服を購入していたんです。でも、待っている間に娘が成長してしまい、その洋服が着られなくなって(笑)」
そして2022年1月、ついにラブラドールレトリーバーのオスの子犬に対面するときがやってきました。
日本盲導犬協会から委託される日、はじめて子犬に対面した高梨さんでしたが、そのときの感情は「無」だったといいます。
「娘は大喜び。でも、私はこれまで犬と接する機会がなく、かわいいとか、嬉しいとかなくて、なんの感情もわきませんでした。やっとわが家に来てくれてホッとした気持ちはあったのですが、“これから大丈夫だろうか”と、不安しかありませんでした。委託された当日は協会の訓練センターで、その後もすぐに訓練士の方が家まで来て、子犬との接し方や遊び方・排泄の教え方など教えてくれました。 でも、本当に自分たちが子犬のお世話をするのかと実感がわかなくて…。あとから聞くと、夫も不安だったと言っていました」
そんな高梨さんでしたが、一緒に暮らし始めて1週間ほどで、子犬のかわいらしさにメロメロに。
すっかり夢中になります。
すでに協会に在籍している犬の名前は使えないなど、一定のルールはあるものの、パピーウォーカーが名づけ親となり名前の候補を考えます。
協会職員がそのなかから子犬の名前を決めます。
「娘が響きの良さから“リアン”と名づけました。そのときは、意味までは考えていなかったのですが、あとからフランス語で“絆”という意味があると知って。リアンはまさに、たくさんの絆を結んでくれました。リアンを中心に、私たち家族、訓練士さんや他のパピーウォーカーなど、いろんな人との縁を深めてくれたんです。
これまでまったく縁のなかったパピーウォーカーでしたが、実際に取り組んでみたら楽しい思い出しかありません。リアンとの思い出もたくさんでき、最高の経験でした」
砂浜を疾走する生後12か月ころの子犬とパピーウォーカー一家
【続編】「ほめるときは“グッド”」盲導犬候補の子犬を育てた家族の300日間
取材・文/齋田多恵 写真提供/公益財団法人 日本盲導犬協会
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