「生きていたのが信じられない」と手術した獣医師に言われた野良猫のポヨちゃん
小さな命を救ったものは?
2022年9月21日(水) 石井万寿美まねき猫ホスピタル院長 獣医師
野良猫の保護猫活動のひとつとして、TNRがあります。
TNRとは、野良猫を捕獲(Trap・捕獲)して、不妊去勢手術(Neuter・不妊手術)して、元いたところに戻す(Return・元の場所に戻す)というものです。
保護猫活動をしていない人は、猫を捕まえて手術しているだけだと思うかもしれません。
そんな簡単なものではないのです。
診察に来るポヨちゃんは、TNRをしていて本当なら外に戻されるはずでしたが、幸運にも室内飼い猫になりました。
ポヨちゃんの命を救ったものはなにかを見ていきましょう。
ポヨちゃんの飼い主から提供
◆胸が膨れている野良猫がいる
今年の4月に、保護猫活動をしている知人から、胸の辺りが膨れている猫がいるとKさんは連絡を受けました。
Kさんのところにも先住猫がいるので、これ以上野良猫が増えないように、TNR活動を手伝っていました。
Kさんは、野良猫がいると、元気でいるか心配で仕方ないという性格でした。
TNRのために、捕獲したのがポヨちゃんでした。
ポヨちゃんは、優しい性格で捕獲しても威嚇することがなく、おとなしかったそうです。
よくポヨちゃんを見ると、胸が異様に大きい。
これは病気かもしれないので外にそのままおいておくわけにもいかず、野良猫をよく診てくれる動物病院に連れていきました。
そこの動物病院では、エックス線検査と超音波検査を受けて、腹壁ヘルニア(腹膜と皮膚の間にある筋肉の弱ったところから臓器が飛び出している状態)と診断され、体力がないので、不妊手術は無理ということだったそうです。
このまま不妊手術をしないのも不安なので、Kさんは猫友さんと相談して5月にポヨちゃんを別の動物病院に連れていきました。
超音波検査から、早めに腹壁修復手術をしたほうが良いということだったので、Kさんたちは、手術に踏み切りました。
開腹した結果、腹壁ヘルニアではなく腸が腹壁に癒着していました。
そのため、不妊手術をして、腹壁に癒着した腸を剥がすという大きな手術になりました。
そこの獣医師は「こんな体で生きていたのが信じられない」と言ったそうです。
ポヨちゃんは、術後の経過は良好でしたが、術後10日目に嘔吐を繰り返すようになりました。
手術をした動物病院に連れて行きましたが、原因不明で、対症療法で吐き気止めなど受けました。
しばらくは吐くなど症状が続きました。
◆Kさんの葛藤
ポヨちゃんの飼い主から提供
ポヨちゃんは、Kさん宅で、様子を注意深く見ながら飼っていると、だんだんと回復して、食欲も出て活発になりました。
Kさんは、家に先住猫がいるので里親を探した方がいいのはよくわかっていました。
最近になってポヨちゃんを診察している筆者ですが、ポヨちゃんは口腔内を治療するときも嫌がることなく、おっとりした子ということがわかります。
Kさんは、「ポヨちゃんは人懐っこい性格なので、里親を見つけることはできる」と思っていました。
しかし、里親になった人が本当に以下のことをしてくれるか不安だったそうです。
・ポヨちゃんは、腹筋に癒着した腸を戻しているので、腹筋が薄いことを理解してくれるか
・ポヨちゃんは、腹筋が薄いところがあり、吐くこともあるので丁寧な体調管理をしてくれるか
・ポヨちゃんの調子のおかしいときに動物病院にすぐに連れて行ってくれるか
・飼育放棄しないか
やはりKさんは、なかなか里親募集に踏み切れなかったそうです。
Kさんは、家族と話し合って、ポヨちゃんを引き取ることにしました。
◆幸運が重なったポヨちゃん
ポヨちゃんの飼い主から提供
ポヨちゃんは、毎朝、先住猫たちに体を擦り寄せ、朝のご挨拶をして回るのを日課になっているそうです。
そのうえ、ポヨちゃんは腹筋が薄いためジャンプはできないので、高いところに上りたそうにしていると、Kさんが察してそこに乗せているそうです。
鳴き声はニャーではなく「キュー、キュー」としか鳴けないですが、Kさんや先住猫ともちゃんと意思疎通をしています。
保護主から飼い主になったKさんは「ハンデがあっても、先住猫たち同様に愛情を注ぎ、少しでも長く楽しい時間を共有できるよう、努力したい」と言って、口腔内に炎症部分があるポヨちゃんを連れて診察に来ています。
Kさんに愛情を注いでもらっているポヨちゃんは、ご飯の後は、お気に入りのベッドで昼寝をして、眺めの良い部屋で寛いでまったりするのが日課になっているそうです。
野良猫を減らしたいとTNRをして、すぐに外に戻すことができない野良猫がいることを知ってもらいたいです。
望まない命を生み出さないために、猫を飼ったら不妊去勢手術が当然の世の中が訪れますように。
まねき猫ホスピタル院長 獣医師
大阪市生まれ。まねき猫ホスピタル院長、獣医師・作家。酪農学園大学大学院獣医研究科修了。大阪府守口市で開業。専門は栄養療法をしながらがんの治療。その一方、新聞、雑誌で作家として活動。「動物のお医師さんになりたい(コスモヒルズ)」シリーズ「ますみ先生のにゃるほどジャーナル 動物のお医者さんの365日(青土社)」など著書多数。シニア犬と暮らす。
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