<共に生きる>
保護動物がいる障害者施設 (上)暮らしぶり
2022年5月7日(土) 中日新聞
保護した猫や犬と障害者が一緒に生活するグループホーム「おーるわん」が福井市江端町にオープンし、間もなく一年半となる。
当初1棟だった居住棟は昨春までに2棟増え、現在は3棟に。
自立を目指す障害者が次々と入居し、ほぼ満室となった。
県内で唯一、保護動物がいる障害者グループホームでの暮らしぶりと、人気が集まる理由を探る。
猫と戯れながらだんらんする入居者たちと石山社長(右)=福井市の「おーるわん」で
福井市のショッピングシティ・ベルに程近い住宅街の一角に、真新しい黒壁の建物が3棟並び立つ。
「グループホーム おーるわん」と書かれた看板をくぐり抜けると、板張りの中庭で元気にほえる犬が出迎えてくれる。
平日の午後5時すぎ、仕事から帰って来た入居者たちが室内の共同スペースに集まってきた。
「今日の仕事はどうだった?」。
ソファに腰掛け、猫をなでながら談笑が始まり、年代も性別も異なる入居者たちがその日の出来事を報告し合う。
現在入居するのは知的、精神、身体障害がある26人。
主に嶺北出身で、20〜30代は7人、40〜60代が19人。
精神科での長期入院を終えたり、自立を目指して実家を出たりとさまざまな理由からここに来た。
高齢の両親が将来を見据えて50〜60代の子どもを入居させるケースもある。
県内で保護された猫と犬も共同スペースで共に暮らす。
顔触れは、雑種猫の姉妹コクちゃんとハクちゃん、親子のみいちゃんとのん君、ラブラドルレトリバーのサン君だ。
動物を飼うことができない施設がほとんどの中、ペットの持ち込みもできる。
入居者の8割は、日中は外出し、障害者向けの事業所での仕事やリハビリに通う。
オープン当初に入居した精神障害がある60代の女性は「ここなら自分の部屋でも自分の猫を飼えるし、常にスタッフがいてくれて安心」と話す。
徐々に生活リズムをつかみ、以前は長続きしなかった仕事に毎日通えるようになった。
知的障害がある40代の男性は、家族と暮らしていた福井市内の家を離れ、昨年12月に入居した。
飲食店で働いており、「いずれは一人暮らしをしたい」と将来を思い描きながら生活している。
入居者たちは、生活の中でできないことがあったり、こだわりが強く同じことを何度も繰り返したり、幻聴や幻覚に悩んでいたり。「構ってもらいたくてわざと人に迷惑をかけてしまうような人もいて、最初は理解できずに戸惑った」。
おーるわんで初めて福祉事業を手掛けた石山大作社長はこの1年半を振り返る。
徐々にその人の特性が分かるようになり、今は「一人一人と向き合うのが楽しい。とてもやりがいがある」と感じている。
入居者とどのように関わっていくか、日々模索しながら、「毎日がドラマチック」と声を弾ませる。
犬と遊ぶ入居者たち
【おーるわん】
福井市内で警備会社を経営する石山大作社長(45)が、ペット共生型の障害者グループホームを全国展開する会社の社長と出会ったことをきっかけに、福井でも同様の取り組みをしようと2020年12月に開設した。
入居対象は精神、知的、身体障害がある18〜60歳。
福井市江端町に3棟が隣接し、ショートステイ用2室を含めて計30室ある。
キッチンやリビング、風呂、トイレなどは共有。
スタッフが24時間体制で入居者を見守り、保護した猫4匹、犬1匹と共に暮らす。
朝夕の食事提供や就労支援もしている。
<共に生きる>
保護動物がいる障害者施設 (下)人気の理由
2022年5月8日(日) 中日新聞
「これを持っていれば、連絡が取れなくなっても、どこにいるか分かる。お守りだよ」。
知的障害があり、外出先で興味の赴くままに移動し、迷子になりがちな入居者に手渡されたのは、衛星利用測位システム(GPS)付き非常ボタン。
助けが必要なときにボタンを押すと、施設側に通知が届く。帰宅が遅いときにはスタッフが位置情報を参照し、迎えに行く。
福井市江端町のグループホーム「おーるわん」が昨年秋にこのボタンを導入する前は、「ちょっとコンビニに行ってくる」と言って出かけた入居者が4時間以上たっても戻らず、6人がかりで探し回り、ショッピングセンターにいるところを見つけるということがあった。
一人で外出するのが不安な人にも貸し出している。
施設側が小まめに居場所が確認できるようになり、双方の安心につながっている。
このような対策は、警備会社を経営する石山大作社長ならではの取り組み。
施設内外には防犯カメラを完備し、スタッフは施設内に24時間体制で常駐する。
カメラと人間の目の両方で入居者を見守る。
「障害福祉部門で福井に貢献したい」と話す石山社長=福井市のおーるわんで
きれいで犬や猫も一緒
おーるわんがコンサルティングを受けている全国展開のペット共生型の障害者グループホームは、動物を殺処分から救い、空き家問題を解決することに主軸を置く。
一軒家やアパートを改装した定員10人以下の施設が多い中、おーるわんは独自の取り組みとして防犯対策に力を入れ、あえて新築の施設を設けた。
そこに県内で保護された犬と猫を受け入れたことが人気を集めている。
動物の世話は基本的にスタッフがするものの、散歩の時間は一緒に過ごす入居者もいる。
グループホームと入居希望の障害者やその家族をつなぐ相談支援専門員の磯崎直美さん(54)=相談支援事業所G・S・I(福井市)=はこれまでに、3人ほどにおーるわんを紹介した。
「きれい。犬や猫もいるからここがいい」と、他の施設は見学せずに入居を決めた人もいた。
「入居者が動物との触れ合いを楽しんでいる」。
障害者が動物と一緒に暮らすことをさほど重視していなかった磯崎さんにとって、新たな気付きだった。
磯崎さんは入居後の支援も担い、今は入居者とショートステイ利用者の計7人を担当している。
入居後3カ月間は毎月面会し、体調はどうか、不安なことはないかなどを聞き取る。
入居してから言動や生活リズムが安定した人が多いという。
「支援体制が手厚い。生活上の支援が必要な方にとっては理想的な施設」とみている。
軌道に乗るおーるわんに手応えを得た石山社長は今秋、精神科に特化したグループホーム向けの訪問看護ステーションの設立を予定している。
グループホームもさらに増やす意向。
「障害福祉部門で福井に貢献したい。おーるわんが満床になると入居を断らなくてはいけなくなるから」と語る。
左右と奥に計3棟の居住棟があるおーるわん
(この企画は、成田真美が担当しました)