盲導犬の誕生から老後までを見守る「日本盲導犬総合センター」
・・・一般の見学も可能
2021年11月12日(金) REANIMAL
REANIMALでは「働く犬たち」として、人間をサポートする犬たちを紹介している。
盲導犬については、その仕事内容や個性に合わせた育成方法、普段の生活などについて触れてきた。
今回は、誕生から老後まで総合的なケアを行っている日本盲導犬協会の「日本盲導犬総合センター」を紹介する。
この施設は情報発信の役割も担っており、予約なしで見学が可能な国内唯一の盲導犬訓練施設でもある。
富士山の麓、「富士ハーネス」の愛称で親しまれている“盲導犬の里”を訪問した。
◆多目的トレーニングルーム
盲導犬についての情報発信地として、富士ハーネスではデモンストレーションが毎日行われている。
「多目的トレーニングルーム」では、角・段差・障害物をユーザーに教える盲導犬の仕事をPR犬と職員が紹介する。
雨の日には訓練犬たちの教育*や運動にも使用されるこのホールは、120席を設置できる広さがあり、ボランティアによるコンサートや各種の式典などイベントにも利用されている。
特徴的な黒い床と白い椅子は、目の見えにくい方に配慮した配色とのことだ。
◆若い犬たちが暮らす訓練犬棟
デモンストレーションで活躍するPR犬や訓練犬たちが暮らすのが「訓練犬棟」。
16室を備えた建屋と2~3頭が一緒に過ごせる広い犬室のある建物があり、最大で約20頭が生活できる。
日本盲導犬協会には仙台と神奈川、島根にも大規模な訓練センターがあるが、ここでは北陸・甲信・東海地域のユーザー向けに常時10頭ほどが教育を受けている。
盲導犬候補の若い犬たちがトレーニングを受ける
◆パピーが2か月を過ごす子犬棟
出産拠点としての役割も担う富士ハーネスでは、年間約100頭の子犬が生まれる。
子犬は生後2か月まで、ここできょうだい犬たちと過ごす。
その後、富士ハーネスから、または神奈川、仙台、島根の拠点を経由してパピーウォーカー宅に迎えられる。
子犬たちが一緒に過ごす広々とした部屋が8つあり、訪問時には、9月2日生まれのゴールデンレトリーバー5頭が暮らしていた。
隣接して設けられている「子犬運動場」には、児童公園と同じような遊具が備えられているのが微笑ましい。
11月から12月にかけて5頭の母犬が出産予定で、年明けにはたくさんの子犬でにぎわいそうだ。
子犬たちはきょうだいと2か月過ごす
◆穏やかな時が流れる引退犬棟
引退犬は暖かい部屋で穏やかな時を過ごす
そんな子犬たちも、10歳で盲導犬を引退する。
富士ハーネスは、余生を過ごす犬たちのケアも担う。
引退犬は、一旦、同協会で健康チェックを受ける。
大きな疾患などが見つからなければ、子犬時代を過ごしたパピーウォーカーや引退犬飼育ボランティア宅でのんびりと暮らす。
飼育ボランティアの募集は計画的に行っており、引退犬の行き場がなくなったことはないそうだ。
ただ、健康状態の悪化などにより、その後に富士ハーネスに戻り最期まで過ごすケースが年間1~2件あるという。
この日は、好みのベッドで穏やかに昼寝をして過ごす2頭と会うことができた。
家庭のリビングルームをイメージした作りで、できるだけこれまでの生活を変えないよう配慮されている。
南向きで日当たりがよく、床暖房もついた部屋で快適に過ごすことができる。
介護や医療ケアが必要な犬用には、医療室に隣接する「ケアハウス」も用意されているそうだ。
看取りを行う「経過観察室」も設けられている。
ここで過ごしていた引退犬が亡くなる時、盲導犬として活躍していた頃のユーザーやパピーウォーカー、飼育ボランティアなどと最後の時間を過ごす。
大型犬がゆったり横たわれるソファーが置かれた落ち着いた雰囲気の部屋だ。
この部屋を備えているところに、同協会の姿勢の一端がうかがえる。
◆健康管理を担う医療室
引退犬はもちろん、子犬や出産前後の母犬、訓練犬、PR犬など様々な犬が暮らす富士ハーネスでは、健康管理も欠かせない。
医療室は、レントゲンやエコーなど日常的な診察に必要な機器を備えている。
5分ほどの距離にある動物病院から獣医師が週2回往診に訪れるほか、深夜や早朝も対応しているそうだ。
高度な治療や検査が必要な場合、大学病院を受診する場合もあるとのことで、健康管理にも万全の態勢を敷いている。
◆絵葉書の様な富士山が見えるラウンジ
犬たち向けの施設が充実している富士ハーネスだが、もちろん人間への配慮もなされている。
休憩スペースの「ラウンジ」には、大きな窓が設けられており、晴れた日には絵葉書の様な富士山を見ることができる。
飲食物の持ち込みもできるので、ゆっくりお弁当を食べるのもいいだろう。
そのほか、犬たちが生まれてから引退するまでを解説した写真パネルや、海外で使用されているバラエティーに富んだハーネスの展示などもある。
屋外には過去に活躍した犬たちの慰霊碑や納骨堂もあり、まさに生まれてから亡くなった後までを総合的にケアする施設だ。
どこからでもきれいな富士山が見られる富士ハーネス
◆予約なしで見学が可能
富士ハーネスは愛犬同伴での訪問が可能で、屋外にはドッグランも設けられている。
この日は平日だったが、ラブラドールレトリーバーや柴犬を連れた来場者が熱心に見学していた。
水曜日と年末年始以外であれば、予約なしで入館できる(詳細は協会に要確認)。
周辺には観光地も多く、愛犬と一緒に出掛けるのも楽しいだろう。
日本盲導犬協会からは、年間30~40頭の盲導犬が誕生する。
厚生労働省によると、今年4月現在で盲導犬の実働は861頭。
これに対して視覚障害者は30万人を超える。
全員が盲導犬を希望しているわけではないが、不足しているのは間違いないだろう。
同協会では、年間50頭を目標に育成に取り組んでいるそうだ。
◆苦労を乗り越える喜びと盲導犬の温かみ
繁殖に始まり育成や老後の介護など、同協会の仕事は多岐にわたる。
大変な仕事だが、富士ハーネスの広報・コミュニケーション部で普及推進を担当する池田義教さんは、苦労よりも喜びが遥かに大きいと語る。
「目の見えない方、目の見えにくい方と、共に苦労を乗り越えて喜びを一緒に感じることができます。盲導犬と生活を始めて、『こんなことができるようになったよ』『旅行に行って、おいしい物を食べたよ』などと、笑顔で話してくださいます。成果が実感できる喜びが、やりがいにつながります」
視覚障害者が単独で歩くためには、白杖か盲導犬という2つの選択肢がある。
池田さんは、「技術が進んで、安全に歩ける道具が開発される時代が来ると思います。それでも“犬がいい”という方はいると思います。温かみや優しさがありますし、(言葉を)返してはくれませんが愚痴を聞いてもらうこともできますし」と語る。
◆盲導犬という存在から学ぶこと
「温かみや優しさ」を大切にする気持ちが、犬たちそれぞれの個性を尊重する姿勢にもつながるのだろう。
日本盲導犬協会は、「犬を含め誰かが誰かの犠牲になるようなことがあってはならない」と言う。
教育プロセスや期間などは、1頭1頭の個性に応じて柔軟に変更する。
また、我々がイメージする「仕事」ではなく、「ゲーム」として動作を教えている。
盲導犬やPR犬、一般家庭への譲渡といった進路も、適性に合わせて判断される。
使用者や家庭とのマッチングにおいても、犬と人間それぞれの性格や環境が考慮される。
充実した「犬生」を送れるよう慎重に見極める姿勢は、ペットとの向き合い方にも参考になるのではないだろうか。
基本的にパートナーと離れることはなく、毎日1~2時間「ゲーム」をして生活する盲導犬。
ペットも含め、犬たちには飼い主と共に過ごすこと、一緒に遊ぶことが何よりの喜びだろう。
「家庭犬」である我が子たちと、共に過ごす時間を十分にとっているかどうかを振り返るのは大切かもしれない。
(* 日本盲導犬協会では、犬が理解することと、個性を伸ばすことに重きを置いており、反復練習のイメージが強い「訓練」ではなく「教育」と呼んでいる)
温かみや優しさに溢れた犬という存在
REANIMAL 石川徹
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