<飼育動物の安楽死>前編 条件はどうあるべきか?
2021年7月4日(日) 中日新聞
人間が明確にくみ取るのが難しい動物の意思。
飼育動物が死をどう迎えるかは、周りの人間に責任があります。
薬の投与などで、痛みを与えず人為的に死に至らせる「安楽死」は、対応が分かれています。
あなただったらどうしますか?
自宅や動物園で飼っている身近な動物を対象に考えてみましょう。
(北村希)
◆手尽くした上で
動物の安楽死は、例えば完治が難しいけがや病気の時に苦痛を長引かせないため、選択肢になり得る。
盛岡市動物公園ZOOMO(ズーモ)では3月、感染症で完治が見込めないカイウサギを安楽死させたと公表。
ツイッターなどで百件以上の反響があり、賛否の議論が起こった。
園によると2019年5月、数匹にくしゃみや鼻汁など「パスツレラ感染症」の症状が発生。
抗生剤の注射や隔離、獣舎の消毒などで対応し一時的に鎮まるも、発症を繰り返した。
昨年11月にはウサギ全体にまん延。
病気の根絶、生活の質の維持が難しいこと、他の動物への感染拡大の恐れなどから、12月に全15匹に安楽死を実施した。
ツイッターでは「命を奪う前にやるべき事はまだあったはず」「動物のために最善を尽くした」といった意見が寄せられた。
辻本恒徳(つねのり)園長は「できることをやった上での苦渋の決断だった」と話す。
園では「動物福祉」の考え方を採用し、昨春に安楽死を導入。
治癒の見込みがない、生活の質の低下など実施の条件を定めた。
「動物のかわいい姿だけでなく、死や命についても考えてほしい」と全ての死を公表することにした。
◆共通の指針なし
一方で「最期まで世話を尽くす、自然に死を迎えさせるのが動物のため」との考えもあり、安楽死を導入している園は全国的に少ないという。
名古屋市の東山動物園は「最期まで飼育」が基本方針で、安楽死の条件は定めていない。
日本動物園水族館協会によると、共通の指針はない。
愛知県豊橋市の豊橋総合動植物公園で13年に骨折が発覚したゾウのマーラは、懸命な治療を続けた例だ。
大型動物にとって骨折は寝たきりとなり死に直結するが、プールでのリハビリを試みた。
多くの応援も寄せられたが筋力は回復せず、17年に息を引き取った。
当時の獣医師は「自力で食べ、床擦れもなかったため、苦痛の状態にはないと判断した」と振り返る。
どこからが苦痛といえるかは人によって受け止めが異なる。
動物園のような公共性がない家庭のペットでも、最期に難しい選択を迫られる可能性がある。
安楽死を選択するもしないも、人が悩むのは動物を大事に思うからこそ。
動物の安楽死の条件はどうあるべきか、考えてみよう。
ウサギの安楽死を伝えるZOOMOのホームページ
◆日本ではタブー 欧米と考え方に差
大阪商業大の杉田陽出(ひづる)准教授が日本とオーストラリアの学生に実施した調査では、不治のけがや病気のペットに対して獣医師から安楽死を提案された場合、オーストラリアは提案に従った方がいいとの回答が大半だったのに対し、日本は決断を迷う意見が多かった。
杉田准教授によると、日本に比べて欧米ではペットの安楽死に関する調査研究が多い。
日本で真正面から扱うことが避けられてきた表れではないかという。
米国やオーストラリアでは、獣医師向けの安楽死の詳しい指針も存在し、動物の命を絶つことよりも、苦痛を感じさせることを虐待と捉えていることが分かる。
欧米ではキリスト教の影響で動物の生命は人が支配するという考えがあり、苦痛を取り除くために安楽死を行う。
日本では殺生や肉食を戒める仏教の影響で、人為的に動物の命を絶つことを避けると考えられる。
◆動物福祉(アニマルウェルフェア)
人間の保護下にある全ての動物に対し、精神的・肉体的苦痛を最小限に抑え、生活の質(QOL)を守ろうとする考え方。
日本動物福祉協会によると、1800年代に英国で生まれた。
動物福祉の国際的な基準として「恐怖や抑圧からの自由」など五つの自由が定められている。
人の感情が主体の「動物愛護」に対し、動物が主体。
日本では動物愛護より認知度は低い。