放し飼いが招いた犬たちの受難の時代
無責任な飼い主は今も、意識向上へ国民的議論を
2021年6月1日(火) sippo(朝日新聞社)
4月に特別報道部からbe編集部に異動し、いままでにない角度から動物に関する取材をする機会に恵まれている。
5月22日付の紙面で「サザエさんをさがして」を担当した際もそうだった。
◆昭和の半ばごろ、犬はどう飼われていたのか
「サザエさんをさがして」は、かつて朝日新聞で連載されていた四コマ漫画の「サザエさん」を読み返し、当時の世相などを探る連載だ。
私は1966(昭和41)年9月10日朝刊に掲載された回を選び、昭和の半ばごろ、犬はどのように飼われていたのか、掘り下げてみた。
この回は冒頭、波平が、段ボール箱に入った子犬3匹の引き取りを求められる。
「なぜです?」とたずねると、生まれた子犬の毛並みが似ているかどうかが論点になる。
確かに毛並みは似ている。
でも磯野家にいるのは猫である、というのがオチ。
最後のコマに、当時の犬の飼い方を知るヒントがある。
引き取りを求めに来た男性は、リードをつけずに連れた愛犬に、「ちちおやはいったいどこの犬なんだよ」と愚痴っているのだ。
当時の新聞や地方自治体がまとめた資料を読んでいくと、地方はもとより都市部でも、放し飼いの犬が少なくなかったことがわかってくる。
リードをつけて散歩に連れ歩くのではなく、外に放って用を足してきてもらう。
不妊・去勢手術も一般的ではなかったから、雌犬を飼っている家庭では、よく子犬が生まれていた。
このため、野良犬も捨て犬も珍しくなかった。
各地で野犬による事故が続出し、捕獲された犬たち=1966年、東京都世田谷区の犬管理所
◆狂犬病予防法に基づく犬の捕獲に注力
58年設立の公益財団法人「神奈川県動物愛護協会」で7代目の会長を務める山田佐代子さん(62)にも話を聞いた。
小学3年生の時に東京都町田市に引っ越すと、街中にたくさんの野良犬がいたのをよくおぼえているという。
「とくに仲良くしていた犬が3匹いました。下校の際に『アカ、シロ、クロ』と呼ぶと、どこからともなく集まってくるんです。3匹を引き連れて、遊び回っていました。でもある日、アカが子犬を産みました。それをきっかけに近所のおばさんが保健所を呼んでしまい、3匹とも連れて行かれてしまった。とても悲しく、子ども心に強い憤りを感じた。当時は、家で生まれた子犬、子猫を飼い主が殺すことも珍しくなかった」
犬たちがある種の「自由」を味わっていた一方で、行政は狂犬病予防法に基づく犬の捕獲に力を入れていたことも見えてきた。
国内での狂犬病の人への感染は56年を最後に終息しているが、当時は、放し飼いの犬や野良犬による、咬傷事故や農作物の被害などが社会問題化していた。
東京都内では、58年に配備された5台の「犬捕獲車」などが走り回って犬を捕獲。
磯野家が居を構えていたとされる東京都世田谷区には都の「犬管理所(現東京都動物愛護相談センター)」があり、犬の抑留、殺処分が行われていた。
68年には「公衆衛生の向上及び社会生活の安全を確保」するため、都飼い犬取締条例が改正され、放し飼いにされているすべての犬を捕獲できるようになった。
◆「犬害対策」から「動物保護」へ
環境省によると、漫画が掲載された66年に、狂犬病予防法に基づいて全国の自治体に収容された犬は59万7793匹にのぼる。
そのうちもとの飼い主に返還されたのは6万5136匹。
差し引き53万匹余りが殺処分された。
殺処分数は、2019年度の100倍近い。
ほかに、狩猟や有害鳥獣駆除の対象として4475匹が捕獲されている。
狂犬病予防法に基づく収容数の推移を調べてみると、ピークの1971年には72万3973匹に達している。
この年の殺処分数は67万匹あまり。
狩猟や有害鳥獣駆除の対象としては、80年度の6624匹がピークのようだ。
犬にとって受難の時代とも言える。
それもこれも、人間の行いが原因だ。
きちんとリードを付けて飼わず、不妊・去勢手術もせず、それで子犬が生まれれば野山に捨てたり、保健所に持ち込んだり。
一方でこのころから、「動物愛護」の機運がゆっくりとだが高まってくる。
66年には、「動物の保護及び管理法案」が参議院法制局と関係団体の間で作成された。
また70年には「動物保護法案」が国会に提出されたものの、不成立に終わっている。
ようやく現在の動物愛護法につながる「動物保護管理法(動管法)」が施行されるのは74年だ。
これで、行政も徐々に「犬害対策」から「動物保護」へと、そのスタンスを切り替えていく。
ただ注目すべきは、動管法に基づく犬猫の引き取りが新たに加わったため、自治体の収容数も殺処分数もこの74年にピークとなる。
また当時は、ペットショップや繁殖業者などのあり方を規制するという観点は、全く抜け落ちていたことも付け加えておかなければいけない。
平成に入ると、ペットショップを中心とした生体販売ビジネスが急成長する。
犬は拾ったり、もらったりするものでなく、買うものになっていく。
ペットフード協会が毎年推計している犬の飼育数のピークは2008年の約1310万匹。
店頭での衝動買いと安易な飼育放棄、一部の繁殖業者による虐待飼育など、新たな社会問題が生まれたのは、sippo読者がよく知っている通りだ。
◆動物福祉向上へ国民的な議論を
一連の取材で印象に残ったのは、山田さんのこんな言葉だ。
「改めて昔を振り返ってみると、いまも当時のまま変わらないのは飼い主。無責任な人が依然としてたくさんいることに気付きます。適切な犬の飼い方を学ぶ環境が、日本ではまだまだ整っていません」
動物愛護法は2019年6月に4度目の改正が行われ、それにともなって今年4月、業者への数値規制を盛り込んだ環境省令が公布された(省令の施行は6月)。
法制度は、まだまだ物足りないところがあるとはいえ、特に愛玩動物(ペット)に関連するものについてはずいぶんと充実してきた。
だが、消費者として、飼い主としての意識を向上させる取り組みは、目立った成果をあげられていないように思う。
コロナ禍によって昨春以来、ペットショップにおける子犬や子猫の販売数が大きく伸びてきたのもその現れだろう。
犬や猫をはじめとするペット、そして畜産や展示、実験など人間に使われるすべての動物たちの福祉を向上させていくためには、そろそろ国民的な議論をしなければいけない時期にきているのではないだろうか。
【写真】不用な猫を入れる檻を撤去 「小さな命を大切にする村」目指して
著者:太田匡彦 (おおた・まさひこ)
1976年東京都生まれ。98年、東京大学文学部卒。読売新聞東京本社を経て2001年、朝日新聞社入社。経済部記者として流通業界などの取材を担当した後、AERA編集部在籍中の08年に犬の殺処分問題の取材を始めた。15年、朝日新聞のペット面「ペットとともに」(朝刊に毎月掲載)およびペット情報発信サイト「sippo」の立ち上げに携わった。著書に『犬を殺すのは誰か ペット流通の闇』『「奴隷」になった犬、そして猫』(いずれも朝日新聞出版)などがある。
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