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18年続ける「学校犬」で得た気づき

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ウサギはよくて犬はダメ?
 18年続ける「学校犬」で得た気づき
  命の誕生から終わりまで学ぶ子どもたち

2021年3月22日(月) withnews

小学校で飼育されている動物といえば、ウサギやハムスター。近年はメダカなどの魚も増えています。
一般家庭のペットは犬や猫が大半を占めますが、小学校ではまったく飼育されていません。
日本で唯一と言われている例外は、「学校犬」がいる東京都杉並区の立教女学院小学校。
教頭の吉田太郎さんが18年前に始めたこの活動は、「動物介在教育」として注目を集めています。
ふれあいによって癒やされているのは誰なのか。学校犬の活動を通して人と動物の共生を考えてみませんか。


校庭を駆け回る学校犬のクレアとベローナ=立教女学院小学校提供

◆毎朝、小学校に登校する犬たち
東京都杉並区の立教女学院小学校には、小学校で唯一と言われている「学校犬」がいます。
教頭の吉田太郎さんが始めた活動で、今年で18年目になります。
きっかけになったのは、「学校に犬がいたら楽しいのに」という児童の一言でした。
「犬を連れてその子と散歩に行ったりしているうちに、笑顔を取り戻してくれたんです。動物とふれあうことが心の癒やしになることを目の当たりにして、学校教育に犬を参加させる『動物介在教育』を始めようと思いました。子どもたちの仲間となる『学校犬』ですね」
最初は吉田さんが愛犬を課外活動に連れて行って児童と遊ばせたりして、同僚や校長、保護者の理解を得ながら本格的にスタート。
親しみやすくトレーニングしやすく、抜け毛が少ないことなどを条件に、エアデール・テリアを選び、「友だちのような存在になってほしい」という願いを込めてバディと命名しました。
初代の学校犬となったバディは、吉田さんと登校して下校するまでの間、児童と一緒に教室で学び、放課後には遊ぶ人気者に。
「お世話係の『バディ・ウォーカー』を募ったら、50人近くが立候補してくれました」と吉田さんはうれしそうに言います。


教室の授業にも参加する「学校犬」=立教女学院小学校提供

◆ウサギではなく犬を選んだ理由
学校犬がこれほど多くの人に受け入れられたのは、「人類最良の友」とまでいわれる犬だからでしょう。
吉田さんは多くの学校で飼育されているウサギを選びませんでした。
「小学校で動物を飼う一番の目的は、子どもたちが命を大切にすることを学ぶため。しかしウサギなどの小動物を飼育している学校へのアンケートでは、『目的を達成した』という回答はたったの2割と聞きました。なぜだろうと思ったら、ウサギは警戒心が強くて臆病なうえ、抱っこも苦手だそうですね。多数の児童がふれあうのに適していないうえ、ウサギにとってもストレスになるのではないかと思いました」
これは吉田さん自身が小学生の頃に、ウサギとニワトリの飼育委員を経験して感じたことです。
「不衛生な飼育小屋でときどき世話をするくらいで、一緒に何かするわけではなく、正直に言うと楽しい思い出はありません。しかし犬とは長い間暮らしてきて、友だちにも家族にもなってくれる存在だと実感しています」と吉田さん。
そもそも飼育動物にウサギが選ばれた理由は、鳴かないことや、かまれてしまう咬傷(こうしょう)事故が少ないこと。
理科の授業や動物愛護に加えて、戦時中には毛皮や食料を供出するために飼育されていた一面もありました。
それが戦後になって命の教育に置き換えられて残りました。
ウサギは獲物として狙われる被食動物なので、用心深く怖がり。
気候の変化にも弱く、繊細な生き物です。
家庭で手厚く世話をするならともかく、校庭の飼育小屋で簡単に飼える動物ではありません。
「命の大切さを学ぶために、知らずしらずのうちに命を粗末にしては本末転倒になってしまうのではないか」と吉田さん。


子犬を囲む子どもたち=立教女学院小学校提供

◆児童の安全を守り、犬のストレスを減らす
教職員、保護者、獣医師、ドッグトレーナーをはじめ、多くの人が協力して学校犬の活動を支えています。
たとえば犬の世話を担当するバディ・ウォーカーの児童は、ドッグトレーナーや獣医師ら専門家の指導を受けて犬の特性を学ぶことから始めます。
学校犬には犬種や個性も含めて気性の穏やかな犬を選び、定期的なトレーニングを行いながら犬自身のストレスにも気を遣っています。
さらに万が一の咬傷事故などに備えて、学校保険にも複数加入しているとか。
「この18年間、大きな事故は起きておらず、教育に対する保護者の方々の理解もあり、とても助けられています」
学校犬の活動の場は校外にも広がっています。
東日本大震災の復興支援もその一つ。
福島県で保護された犬を学校犬として迎えたり(現在は高齢のため引退)、被災地の幼稚園を訪問したりしています。


震災後に福島から来た犬の絵=立教女学院小学校提供

◆犬から命の誕生と終わりを学ぶ
「命を実感してほしい」と思った吉田さんは、バディの出産と子育てを児童に見せたこともあります。
2015年にバディが亡くなったときは、全校児童、教職員、保護者の方、卒業生まで集まってお別れの礼拝を行いました。
「子どもたちは、眠っているみたいと言ってバディの亡骸にそっと触れるんですが、冷たくて硬いことに驚いて、そこで死というものを理解しているようでした。バディは彼女の12年間の生涯を通して、命の誕生と終わりを教えてくれたと思います」
バディの子犬のうち1頭は、絆を意味するリンクと名付けられ、学校犬の活動を引き継いでいましたが、バディと同じ年に急逝してしまいました。
「2頭続けて亡くなったのはショックで、学校犬の活動をいったんやめようかと思ったんです。でも子どもたちや保護者の方から、『バディやリンクみたいな犬に会いたい、動物介在教育を続けてほしい』と励まされて活動を再開しました」


亡くなった犬をいたむ子どもたち=立教女学院小学校提供

◆アイメイト協会の犬を預かり、福祉の活動へ
現在活動している学校犬は2頭。エアデール・テリアのベローナ、盲導犬の育成団体、アイメイト協会から預かっているラブラドール・レトリーバーのクレアです。
クレアを預かることになったのは、津久井やまゆり園で障害者が殺傷された事件の後、「命の教育と福祉を結びつけたい」と思った吉田さんがアイメイト協会に相談したことがきっかけです。
クレアは繁殖奉仕犬としてアイメイトとなる子犬を生むという役割をもっています。
生まれた子犬たちは子どもたちによって63日間見守られ、大切に育てられます。
今ではクレアの生んだ子犬たちが学校を巣立ち、訓練を受けてアイメイトとして活躍しています。
「自分たちが成長を見守ったあの小さな子犬たちが、アイメイトとして視覚障害者の方のパートナーとして活躍していく。そうした過程の中で子犬がかわいい!だけで終わるのではなく、子どもたちの興味や関心が多様性や福祉へと繋がってほしい」と吉田さん。
2003年から始まった学校犬の18年間の活動で、のべ700人を超える児童がバディ・ウォーカーとなりました。
卒業生の中には動物介在教育の分野に進んだり、教職の道へと歩んだりした人もいます。
「教育がどのように実るのかは十年、二十年経たないとわからないと思っていましたが、命を大切にできるやさしい心をもった人に成長してくれて、本当にうれしいですね。私はキリスト教を教える教師として、神様の存在とは教わるのではなく感じることだと思っています。学校犬の活動を続けて来て、命も同じだと実感しています」


散歩は講習を受けた6年生が行う=立教女学院小学校提供

◆人は「癒やされる」と言う。では動物は?
児童が学校犬から癒やしや励ましを受けたように、動物とふれあうことで癒やされた経験をした人はたくさんいます。
「学校犬」を通じて、さらに深められるのではないかと感じたのは、動物の立場になった視点です。
動物は人とふれあうことで癒やされているのでしょうか?
吉田さんは「人間側の一方的な思いではない」と考えているそうです。
「バディは晩年になっても学校へ行きたがりました。教室に入るとゆっくりと子どもたち全員の机を周ってあいさつもしていたんですよ。子どもと学校が大好きだったので、バディにとっても癒やしになっていたことは間違いありません。介護施設や被災地を訪問したときのみなさんと犬たちの表情を見れば、一方的な思いではないことがわかると思います」
「ペットは家族」とよくいわれますが、ペットには「人は家族」と思われているのか。
「学校犬」のような触れ合いをきっかけに、一緒に暮らす動物が、人間のことをどのように思っているのか。
動物の立場になることはできないからこそ、子どもの時に、動物の気持ちを考えるきっかけをくれる「学校犬」の意義があるのでしょう。
動物の習性に基づく視点で考えることで、人と動物の共生する社会の未来が見えてくるのかもしれません。

金子志緒 ライター・編集者

【関連リンク】昭和10年代の理科教育における「学校飼育動物」を用いた教授内容と実践記録


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