問われる生命の重み ペットショップの裏側で
2021年3月13日(土) JIJI.COM(時事通信社)
◆変わりつつある「福祉」のあり方
環境省との面談後、業者への規制の必要性などを語る杉本彩さん=2021年2月22日午後、東京・永田町(筆者撮影)
犬や猫が法的に見ても「物」から「生命ある存在」へと変わりつつある。
2019年6月成立の改正動物愛護法に遺棄・虐待への罰則強化、ペット業界による飼養(飼育)の適正化などが盛り込まれたことが大きい。
しかし、適正飼養の具体像として環境省の審議会でまとまった省令案では、今年6月と見られていた飼養頭数制限の完全施行が、3年先送りされた。
テレビやネットではかわいさを振りまく犬や猫の動画が連日流れ、コロナ禍の「巣ごもり」もあって生体販売はバブルの様相を呈している。
そうした中、彼らの「福祉」はどう変わろうとしているのか、飼い主のいない猫の保護や里親探しを続けてきた筆者が、実態をリポートする。
(ジャーナリスト・草枕信秀)
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本論に入る前に犬や猫がペットショップの店頭に登場するまでの簡単な仕組みと数字を紹介する。
彼らの多くは、繁殖業者(ブリーダー)が出品するオークションで落札される。
こうした営利目的の「第1種動物取扱業」には自治体への登録や届け出が必要だ。
筆者のようなボランティアは非営利の「第2種動物取扱業」である。環境省によると2020年4月時点で、国内で登録しているブリーダーは1万2949、オークション運営業者は28となっている。
国内販売される犬猫数の公式統計はないが、環境省幹部は昨年の審議会議事録で「年間50万頭ぐらい」と述べている。
ペットフード協会の推計によると、2020年10月現在の全国飼育頭数は犬849万頭、猫964万頭の計1813万頭で、 同9月1日現在の15歳未満人口1504万人(総務省統計)を大きく超える。
◆杉本彩さんの懸念
従業員1人当たりの頭数制限の経過措置(環境省資料を元に作成)
「環境省にクギを刺しに来ました」。
21年2月22日夕、「動物環境・福祉協会Eva」の杉本彩理事長は環境省の担当者と面談した直後、筆者にこう語った。
きっかけは、頭数制限の完全施行3年先送りをとらえて、あるメディアが「ペット業界の声届いた」と報じたことだった。
その記事はオークション業者で構成する「ペットパーク流通協会」の上原勝三会長が、先送り後の頭数基準ですらペット業界には厳しいとした上で「省令の改善を求めたい」と語ったと書かれていた。
頭数制限の内容は表の通り。
当初は、今年6月から従業員1人当たりの飼養数を犬20頭(繁殖犬では15頭)、猫30頭(同25頭)に制限する方針だった。
しかし、審議会でペット業界側は「繁殖犬を1人当たり15頭に制限したら全国で13万頭の繁殖犬が行き場を失う」(審議会資料から抜粋)などと主張した。
結果として、来年6月時点で第1種事業者に「犬30、猫40」を課し、そこから段階的に制限が強化されることになった。
杉本さんらは1人当たり10頭以下に制限するよう求めていた。
あるショップの店員から「限られた勤務時間内で接客もしなければならないのに1人20頭を割り当てられ、子犬や子猫を死なせてしまっている」との内部告発があったためだという。
完全施行しても20~30頭なのに、さらに緩める可能性があるのであれば、クギを刺したくなる気持ちは分かる。
なお、猫の保護や里親探しをしている筆者の実体験からすると、10頭の世話ができるだけでも「超人」にしか思えない。
◆加速する大量生産と大量消費
従業員数人で300頭以上の犬を飼育していた現場(日本動物福祉協会提供)
上原さんの意図を確かめるべく、3月3日にペットパーク流通協会(埼玉県上里町)まで会いに行ってきた。
本人はそのメディアの電話取材に応じたものの、頭数制限の緩和まで環境省に要望するとは言っていないと語った。
その日は毎週水曜のオークション開催日。
獣医師の健康チェックを経て1頭ずつ秒単位で落札されていく光景は約5年前に取材にきた時と同じだった。
ただ、当時は約700頭だった出品数は900頭程度に増え、10万円台が主流だった落札価格も20万~30万円台が目立った。
卸売り段階でここまで高値になったのは「コロナバブル」の表れだろう。
杉本さんはオークションが「大量生産・大量消費」を可能にしてペット業界を巨大化させ、行き過ぎた商業主義が悲惨な死をもたらしていると批判する。
だが、上原さんは「消費があるからわれわれが成り立つ。われわれがあるから消費があるわけではない」と述べた。
さらに、動物愛護法の改正を受けてブリーダーの飼養審査を強化するためのチェックシートを作成中だと語り、見本を見せてくれた。
環境省の審議会で業界側は、ペットパーク流通協会の会員ブリーダーの約65%が従業員1人当たり15頭以上の繁殖犬を抱えているとするアンケート結果を示した。
上原氏はこの数字を事実だと認めながらも、来年6月以降に省令案の頭数制限に抵触する会員が出れば「一度改善を求め、改善しなければ退会処分にする」と明言した。
ただ、退会処分にしたブリーダーは、基準の緩いオークション業者に流れるだろうとも嘆いた。
ちなみにペットパーク流通協会に未加盟の国内最大手オークション業者は、取材には応じていない。
◆「当たり前」の違いと重さ
売れ残った犬や猫を引き取っていたこの業者は最大で200頭近くを飼育していたという(日本動物福祉協会提供)
省令案について「私たちが当たり前だと思っていた一般常識を、業界に突き付けたことは画期的だ」と日本動物福祉協会調査員の町屋奈さんは語る。
具体的には、帝王切開はブリーダーではなく獣医師が行い、健康診断を年に1回受けさせ、一生の出産回数を一定以内に抑えることなどを求めた点である。
ペットの健康を考えればごく当たり前に思えるこうした行為は、犬や猫を「商品」としか見ない業者からすれば、利潤追求の上では余計なことだろう。
同協会は2016年、最大200頭近い犬猫を極度に劣悪な環境に置いて一部を死なせていた栃木県の業者を告発して書類送検と廃業に追い込んだ。
2018年には実質1、2人のスタッフで362頭の犬を飼育していた福井県のブリーダーを告発している。
筆者自身、鳥かごに猫を入れっぱなしにして売っているショップを見たことがある。
こうした惨状も、行き過ぎた商業主義からすれば「当たり前」の光景だった。
飼養基準の導入は、この状況が変化を強いられている証しでもある。
完全施行3年先送りについて町屋さんは「やむを得ない措置だが、ペット業者を甘やかすためではない」と語る。
頭数制限からあぶれる犬猫が今年6月に出た場合、悪質な業者であればあるほど彼らを、2016年に告発された業者のような「生き地獄」に送る可能性が大きいからだ。
町屋さんは、当初の想定よりも緩いとはいえ来年6月に頭数制限が導入される事実を強調する。
「その時点で行政が毅然(きぜん)と処分することが重要。検査の日だけ業者が臨時で人を置くなどして実態をごまかせないよう、チェックは抜き打ちでやらないとダメ」。
頭数制限の導入が第1種業者と第2種業者で1年ずれる点も懸念している。
来年6月から頭数制限が適用される第1種が、その時点では飼養数規則のないボランティアなど第2種に犬や猫を押し付ければ、多頭飼い崩壊の連鎖を招くからだ。
自治体が業者のチェックに使う予定の飼養基準の解説書については、この3月から作成が本格化する。
同協会は自治体担当者と業者の双方に分かりやすい解説書づくりに向け、エビデンスに基づいた具体的な要素を盛り込むよう、環境省に要望提案していく方針だ。
頭数制限以外の飼養基準は、早ければ今年6月から適用される。注目点は「3年後」ではないのである。
◆売り方はどんどん巧みに
草枕さんが保護したアメリカン・ショートヘアの子猫。ブリーダーが「規格外品」として捨てたとみられる。保護中に突然死したという(筆者撮影)
直接話を聞いた3人に共通していたのは、最大のネックは「消費者意識」だという点だった。
杉本さんは「生体販売をめぐるひどい話を聞いたことはあっても、自分の近所のショップの子たちは違うだろうと都合よく考える消費者は多い」と指摘する。
「そういう消費者が欲望に負け、目の前のかわいいものを衝動買いして(そして捨てて)しまう。やはりモラルある消費行動抜きでは、ペット業界もよくならない」という。
売り方も巧みになってきている。
最近ではペットショップから買うのではなく、不幸な境遇から救出された「保護犬・保護猫」を里親として迎える人も増えている。
しかし、杉本さんによると、ショップで売れ残ったり、繁殖期を過ぎてブリーダーが手放したりした個体を保護犬・保護猫と偽ってネットで里親を里親募集し、店頭販売とさほど変わらない高額で売りつける業者もいる。
善意を悪用した商法だが、筆者も保護猫の里親探しをする中で、そうした被害に遭いかけた里親希望者に何度も会ったことがある。
上原さんも「保護犬・保護猫ブーム」を商機ととらえる悪質な業者が多数存在することを認め「業界で話し合って改善を求めることもあり得る」と語った。
町屋さんは、消費者が悪質なブリーダーやショップを見分けるためのチェックリストを作り、協会のサイトで公開している。
犬や猫は、法的に見てもかなり私たちに近づいてきた。
私たちも彼らを「物」ではなく、家族の一員だと「心底から」考えるべきではないだろうか。
【図解】動物虐待事件数の推移(2020年3月)
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草枕 信秀(くさまくら・のぶひで)
複数のメディアで記者や編集者を務め、フリーに。現在は野良猫や捨て猫の不妊手術、里親探しに携わりながら、ペット問題を含め幅広く取材活動をしている。