高齢で一人暮らしの飼い主が逝き、餓死の危機…
残された犬・ジローが老人ホームに来るまで
2021年2月15日(月) yomiDr.
ペットと暮らせる特養から 若山三千彦
2019年12月11日、ミニチュアダックスフントのジローが死にました。
推定年齢は14歳でしたが、おそらく推定よりはかなり年上だったと思われます。
ミニチュアダックスフントの平均寿命は14.7歳(アニコム損害保険会社による調査、2016年発表)ですから、大往生だと言えるでしょう。
ジローがうちのホームにやって来た経緯は、まさに現代社会の高齢者とペットの問題を象徴していました。
◆身寄りがない飼い主が急逝
ジローは、一人暮らしの高齢者に飼われていたのです。
当時の様子を知っているケアマネジャーによると、大変かわいがっていたそうです。
それは、穏やかで人なつこい性格や、ホームに来た時の太り具合からもわかりました。
きっと、幸せに暮らしていたのでしょう。
しかし、ある日、その幸せな生活が突然打ち切れられてしまいます。
飼い主の高齢者が急逝してしまったのです。
この高齢者には身寄りがなく、ジローはただ一匹、取り残されてしまいました。
ちょうど同じ時期、読売新聞の地方版(湘南版)に、亡くなった高齢者の家で半年後に、餓死していた犬の遺体が見つかったというニュースが掲載されていました。
おそらく同じような出来事は、全国で多々起きていると思います。
ジローも一歩間違えれば、同じ運命をたどっていたかもしれません。
一人暮らしの高齢の飼い主が亡くなり、ホームの飼い犬になったジロー
◆ケアマネジャーがボランティアで餌や水やり
幸いジローは、飼い主の高齢者を担当していたケアマネジャー(自宅で暮らす高齢者の相談援助をする専門職)が面倒を見てくれました。
ケアマネジャーは高齢者が亡くなった後、毎日、高齢者の家に通ってジローに餌や水をやり、トイレの掃除をしていたのです。
これはもちろん、ケアマネジャーの職務ではありません。
ケアマネジャーは純粋なボランティアでジローの面倒を見てくれていたのです。
そのケアマネジャーは、私の法人が経営する在宅介護施設さくらの里のスタッフでした。
ケアマネジャーは私のところにきて、ジローの相談をしました。
幸運なことに、その時、やはり、私の法人が運営する特別養護老人ホームさくらの里山科(※名前がややこしくて、すみません。
「さくらの里山科」は特別養護老人ホーム、「さくらの里」は在宅介護施設です)で、犬の入居枠には空きがあったので、すぐにジローを保護することができました。
こうして、ジローはホームの入居犬になったのです。
◆飼い主が認知症で犬の正確な年齢は不明
当時のジローの推定年齢は10歳。ホームのかかりつけの獣医さんに推定してもらいました。
皆さんは、「なぜ飼い主が分かっているのに推定なのか」と不思議に思われるかもしれません。
それには、訳があるのです。
さくらの里のケアマネジャーが、ジローの飼い主の高齢者を担当するようになったのは、亡くなられる4年前のことでした。
もちろん、その時すでにジローはいました。
飼い主さんは軽度の認知症のため、ジローの年齢を聞いても返ってくる答えはいつもまちまちでした。
そのため、ジローの正確な年齢はわからなかったのです。
◆ホームでかわいがられ、元気いっぱい
入居者にかわいがられるジロー
ジローはホームに来た時、とても喜んでいました。
元気いっぱいにリビングを走り回っていました。
とても人なつっこく、多くの入居者や職員のもとに駆けよっては頭をスリスリしたり、「なでて、なでて」と前脚をかけたりしていました。
実は、そんなジローの姿を見て、私は少し切ない気持ちになったものです。
私の愛犬も、私が亡くなっても、こんなに元気でうれしそうにしているのだろうかと。
でも考えてみれば、ジローがうれしそうなのは当然でしょう。
ジローは1週間以上、誰もいない家で一人ぼっちだったのです。
さぞ心細かったことでしょう。
その心配がなくなり、ほっとしたのだと思います。
世の中には、ペットが大好きで、長年ペットと共に暮らしてきたのに、高齢になって飼うのをあきらめる方がとても多いのです。
自分が先に死んでしまったら、ペットにつらい目に遭わせてしまうことを恐れるためです。
ジローだって一歩間違えれば、餓死していました。
おそらく、世の中で話題にならないだけで、亡くなった高齢者の自宅に取り残され、餓死している犬や猫は毎年多数いるのではと思います。
また、保健所で殺処分される犬の半数前後が、何らかの事情で高齢者が飼えなくなった犬たちだと言われています。
何らかの事情とは、高齢者が亡くなった場合のほか、老人ホームへ入居した場合、長期入院した場合、体が弱り、ペットの世話が不可能になった場合などです。
ジローだって場合によっては、そうした犬の一匹になっていたかもしれません。
一歩間違えれば餓死、あるいは殺処分。
高齢者の飼い犬、飼い猫の運命は厳しいものがあります。
それらのことを考えると、確かに、高齢になったらペットを飼うのをあきらめるのが正しいのかもしれません。
若い人が「高齢者がペットを飼うのは無責任だ」と非難するのも、もっともです。
しかし、高齢になり、伴侶をなくしたり、子供たちが独立したりして、寂しい一人暮らしになった時こそ、ペットの存在は必要になります。
◆高齢者とペットの暮らし 社会で支えたい
ペットは高齢者の大きな癒やしになるばかりでなく、健康を増進させ、身体能力を維持し、認知症の進行を遅らせることすらできます。
社会全体が高齢者とペットを支えて、安心して飼い続けられるような世の中になったら、どんなに素晴らしいでしょう。
私は、そのような世の中を目指して、ペットと暮らせる特別養護老人ホームを造ったのです。
※さくらの里山科では、犬猫の直接保護はしておりません。
高齢者やその家族、あるいはケアマネジャーから相談を受けても、犬猫を引き取ることは一切しておりません。
ジローについては、同じ法人のケアマネジャーが担当していた身寄りのない高齢者の愛犬だったので、特別に保護した例外です。
さくらの里山科で飼える犬猫の数には限りがあり、保護をしたために犬猫との同伴入居が受けられなくなっては本末転倒となるためです。
若山 三千彦(わかやま・みちひこ)
社会福祉法人「心の会」理事長、特別養護老人ホーム「さくらの里 山科」(神奈川県横須賀市)施設長 1965年、神奈川県生まれ。横浜国立大教育学部卒。筑波大学大学院修了。世界で初めてクローンマウスを実現した実弟・若山照彦を描いたノンフィクション「リアル・クローン」(2000年、小学館)で第6回小学館ノンフィクション大賞・優秀賞を受賞。学校教員を退職後、社会福祉法人「心の会」創立。2012年に設立した「さくらの里 山科」は日本で唯一、ペットの犬や猫と暮らせる特別養護老人ホームとして全国から注目されている。20年6月、著書「看取(みと)り犬(いぬ)・文福(ぶんぷく) 人の命に寄り添う奇跡のペット物語」(宝島社、1300円税別)が出版された。