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タロ・ジロと生きた?「南極物語」に“第3の犬”

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タロ・ジロと生きた?「南極物語」に“第3の犬”

2020年3月18日(水) 西日本新聞

「タロとジロの奇跡」で知られる南極・昭和基地に“第3の犬”がいた-。
極寒の地に置き去りにされた樺太犬タロとジロを1年後に現地で保護した第1次、第3次越冬隊員の北村泰一九州大名誉教授(88)=福岡市=が、2匹と一緒に生きていた可能性がある樺太犬の存在を追うノンフィクション「その犬の名を誰も知らない」が出版された。
北村さんと共に調査し、執筆した元西日本新聞記者の嘉悦洋さん(68)=同=は「知られていなかった犬たちのドラマを通して動物の命を考えるきっかけになれば」と話している。


1959年1月、南極で再会したタロ、ジロと北村泰一さん(北村さん提供)

「南極物語」として映画化もされたタロとジロは1958年2月、鎖につながれたまま、13匹の樺太犬と共に昭和基地に残された。
1年後、2匹は生きて見つかったものの、7匹は鎖につながれたまま息絶え、6匹は行方不明だった。


北村泰一さん

北村さんは犬の訓練や世話を担当していた。
タロとジロの生還から9年後、昭和基地近くの解けた雪の中から樺太犬1匹の亡きがらが見つかっていた事実を、82年に知る。
昭和基地を出発する前、犬たちの首輪をきつく締めたことを後悔し続けた北村さんは「氷雪に埋もれた犬にも光を当ててやりたい」と調査を始めた。
しかし、病で調査は中断した。
2018年、嘉悦さんがタロとジロが生き延びた理由や他の犬たちの話を聞きたいと、高齢者施設で過ごす北村さんを訪ねたことで再び調査が進む。
2人はさまざまな資料や証言を分析し、タロとジロと行動を共にした第3の犬がリーダー格の「リキ」であったこと、幼い2匹に生き延びるすべを教えたであろうという結論に行き着いた。


出版された「その犬の名を誰も知らない」


第3の生存犬と推定されるリキ=北村さんの著書「南極第一次越冬隊とカラフト犬」(教育社)より

本には調査の過程、北村さんが語る「南極物語」の真実、樺太犬たちの姿も描かれている。
341ページ、1650円。
小学館集英社プロダクション=03(3515)6901。
(井上真由美)

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南極「タロジロの奇跡」に隠された謎…実はもう1頭の生き残りがいた!?

2020年3月18日(水) PHP Online 衆知

タロジロと奇跡の再会を果たした北村泰一隊員。
北村氏は14年後に「もう1頭」の存在を知り、その謎を追うことになる。
1年間、人と離れて南極の地で過ごしたタロとジロはむしろ太っていた。



《今から約60年前、日本が太平洋戦争の傷跡から、ようやく立ち直りつつあった頃、2頭の犬が生んだ奇跡が、日本中に感動を巻き起こした。
その奇跡が起きたのは、日本から1万4千キロ離れた極寒の地、南極。1957年から1958年にかけて、国家プロジェクトとして実施された第一次南極観測越冬で、11名の越冬隊員が、19頭のカラフト犬とともに海を渡り、南極・昭和基地で1年を過ごした。
しかし、帰国の日、予期せぬトラブルにより、15頭の犬たちは鎖につながれたまま、極寒の南極に置き去りに。
誰もが、犬たちの生存を絶望視したが、1年後、なんとタロ、ジロという2頭の兄弟犬が生きて隊員と再会を果たしたのだ。
誰もが一度は耳にしたことがある、この「タロジロの奇跡」だが、実はこの奇跡の物語には、知られざる“第三の生存犬”の存在があった。
本稿では、歴史に埋もれた“第三の犬”の正体に迫った書籍『その犬の名を誰も知らない』より、第一次南極越冬隊に「犬係」として参加し、帰国1年後にタロ、ジロと再会をはたした唯一の隊員である、北村泰一氏が、23年経って初めて“第三の犬”の存在を知った際のエピソードを紹介する。》
※本稿は嘉悦洋著、北村泰一監修『その犬の名を誰も知らない』(小学館集英社プロダクション刊)より一部抜粋・編集したものです

◆封印された“第三の生存犬”
――いったい何の話だ?
北村泰一は耳を疑った。
1982年春。
東京・銀座の喫茶店。
目の前に、第一次南極越冬隊の仲間だった村越望が座っている。
村越が切り出した言葉の意味が、分からなかった。
急に店内の温度が上がった気がした。
1957年から1958年にかけて実施された第一次南極観測越冬。
北村も村越も日本初の越冬隊員として、南極の昭和基地で厳しい一年間を過ごした。
当時、北村は京都大学大学院生。
オーロラ観測担当であり、犬ゾリを曳くカラフト犬たちの世話係だった。
気象担当の村越は、毎日綿密な気象観測記録を残した。
村越が5歳上だが、なぜか二人は気が合い、夕食が終ると夜遅くまで話し込んだ。
南極で観測するオーロラのすばらしさ。
南極の気象観測の難しさ。
夕食のメニュー採点。
特にカラフト犬については毎日のように新しい発見があり、北村はその日に起こったことを熱心に村越に話した。
村越は基地内で定点観測する気象担当なので、基地外に出てソリを曳く犬たちと接する機会は少ない。
それでも、いつも穏やかな表情で北村の熱弁を聞いていた。
それから四半世紀が過ぎ、北村は超高層地球物理学を研究している九州大学助教授となっていた。
久しぶりに村越と再会したのは、都内で開かれた会合の帰りだった。
この日も、北村はカラフト犬タロとジロの話をしていた。
日本人の多くが、よく知っている物語だ。
南極に置き去りにされ、1年間を生き抜き、人間との再会を果たした兄弟犬。
その奇跡は、全国の新聞が一面トップで伝え、ラジオでも大々的に報じられた。
話が一段落するのを待っていたかのように、村越が口を開いた。
「北村君。実は話したいことがある。タロ、ジロの話が出たから、思い切って聞くんだが……」
なぜだろう。
村越の表情が硬い。
「1968年。つまり14年前のことだ。昭和基地で、一頭のカラフト犬の遺体が発見された。君はその事を知っているか?」

――カラフト犬の遺体? 何のことだ。意味が分からない。
「ああ……やっぱりかぁ」
村越は、呆然とする北村を見て、頭を抱えた。
「ねえ村越さん。いったい何の話ですか」
うむむ、と腕組みをする村越。
宙をにらむ。
しきりに唇をなめる。
頭の中で物事を整理している時のくせだ。
「そうか、やっぱり知らないんだな。わかった。最初から順序立てて話そう」


南極観測船「宗谷」を背景に、越冬隊員と犬たち
「2頭生存、7頭が死に、6頭は行方不明」の定説が突き崩したひとつの事実
南極で生き残っていたのは2頭のはずだったが…

◆南極観測船「宗谷」を背景に、越冬隊員と犬たち
1958年2月11日。第一次越冬隊は南極観測船「宗谷」に全員収容された。
15頭のカラフト犬は第二次越冬隊が引き続き利用するため、昭和基地に係留したままだった。
しかし天候が回復せず、24日に第二次越冬は中止となった。
この瞬間、鎖につながれたままのカラフト犬たちは、極寒の世界に置き去りにされてしまった。
犬たちの運命は絶望視された。
ところが奇跡が起きた。
1年後の1959年1月14日。第三次観測隊が昭和基地に到着すると、なんと2頭が生きていた。
タロとジロ。
それを確認したのは北村だった。
全滅した犬たちを手厚く弔ってやろう。
その一念で、北村は第三次観測隊に志願したのだった。
それだけに、生きていたタロとジロに我を忘れた。
2頭を抱きしめ、雪原を転げまわった。
信じがたいニュースは世界中を駆け巡り、日本国内は歓喜に沸き返った。
「南極越冬隊」と言えば、ほとんどの日本人は「タロとジロの奇跡」を連想する。
それ以外のことは、ほとんど知らないと言ってもよい。
確かにタロとジロは生きていた。
しかし現実は悲惨だった。
残る13頭のうち、7頭は氷雪の下から遺体で発見された。
そのうちの一頭を解剖した結果は完全餓死。
体重は、置き去りにした時の半分になっていた。
6頭は、首輪だけ残して姿を消していた。
基地周辺で生きている可能性もあることから、懸命の捜索が行われたが、ついに一頭も見つからなかった。
最終的に「行方不明」とされた。
2頭だけが基地で生存。
7頭死亡。
そして6頭が行方不明。
これが長年にわたる定説である。
「幼い兄弟のタロとジロだけが基地にとどまり、懸命に助け合って、厳しい南極で生き抜いた。そういうストーリーを、俺たちは長い間信じていた」。
「ところが突然、昭和基地で別のカラフト犬の遺体が見つかった、と」
確認するように北村が返す。
「そうだ。つまり、基地には第三の犬がいたことになる。タロ、ジロと一緒にね」


出典:嘉悦洋(著),北村泰一(監修)『』

◆偶然発見された予想外の「1頭」
――14年も前に分かったことを、まさか今日になって知るとは……。
深くため息をつき、北村はソファの背に体を預けた。
重要なことを聞かなくてはならない。
「犬の遺体を見つけたのは、だれですか」
「第九次観測隊の隊員だ。たまたま俺も近くにいたので駆け付けた」
南極観測隊は二つのグループに分けられる。
南極には行くが短期間の滞在で帰国する通称「夏隊」と、そのまま約1年間越冬する「冬隊」だ。
1968年1月に南極に到着した第九次観測隊は、オブザーバーを含め、夏隊16人、冬隊は29人の大所帯だった。
村越は夏隊員として参加していた。
「あの年は南極の気温が高く、どんどん雪が融けた。それで雪に埋もれていた犬の遺体が出てきたんだ」
「遺体はどこで発見されたんですか?」
「基地のすぐ近くだ。引き揚げる時に犬たちを係留したあたりと思うんだが、確証はない。詳細な公式記録もおそらく無いと思う」。
そんなことがあるだろうか。
北村は首をひねる。
南極観測隊には、超高層地球物理、気象、地質など各分野の科学者が集められている。
記録するのは科学者の本能なのだが。
「遺体は……傷んでいましたか?」
「いや、綺麗な体だったよ」
「じゃあ、外見の特徴は分かりますよね」
「それが……どうだったかなあ。とにかく、すぐ水葬にされたから」
「ということは「詳しい検死記録も?」
「ないと思う」
「写真は?」
「分からない。とにかく余裕がなかったから」
村越が腕時計をのぞいている。
これから何か用事があるようには思えなかった。
文字盤を見ていない。
潮時のようだ。
長い空白があったとはいえ、よく話してくれた。
北村は伝票を取り上げた。
喫茶店の入り口で村越と別れ、北村は、大きく息を吸った。
鎖から逃れ行方不明となった6頭。
その中に、第三の犬はいる。
いったい、どの犬なのか。
本当に記録は存在しないのか。
謎を残したまま、第三の犬は歴史に埋もれた。
それを明らかにするのは、犬を置き去りにした第一次越冬隊の犬係だった自分の償いだ。
北村は腹をくくった。
「その犬の正体を突き止める」
振り仰ぐと、早くも桜が散り始めている。
南極に吹き荒れるブリザードのように、先が見えない究明の旅が始まった。
嘉悦洋,北村泰一(監修)

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