昨日のブログ掲載、映画「駅までの道をおしえて」に関連した内容です。
モデル、映画出演、相棒犬… 元保護犬がもたらした激動の8カ月
2019年10月25日(金) sippo(朝日新聞)
長年連れ添った愛犬を亡くした直後、何げなく訪れた譲渡会で目にとまった1匹の保護犬。
その出会いから、わずか8カ月。
その間にポスターモデル、映画出演、そして、もう1匹との出会い……一家に数々の未知の体験をもたらした。
家族に未知の体験をもたらしたミノルカ
「『わらしべ長者』の物語みたいに、私たちは、ただ流れに乗っただけなんです」
そう笑って話すのは、漫画家・玉越博幸さんと妻の美智子さん。
夫妻は、映画『駅までの道をおしえて』に出演している2匹の犬「ミノルカ」「ルー」の飼い主だ。
2匹は、主演の新津ちせちゃん演じる少女の愛犬「ルー」と、少女と心を通わせる犬「ルース」(ミノルカの役名)という、重要な役を演じている。
愛犬が映画出演とは、さぞや頑張って役を射止めたのだろうと思って尋ねると、夫妻から返ってきたのが先の言葉だ。
左から美智子さん、ミノルカ、ルー、博幸さん。ミノルカが背中から降りなかったので、そのまま撮影
初めての保護犬にとまどう日々
始まりは2018年4月、愛犬のジャックラッセルテリア「ジャッキー」を16歳で亡くしたことだった。
重度のペットロスに陥った夫妻だったが、愛犬の死からおよそ1週間後、ふらっと立ち寄った譲渡会で、ミノルカに出会った。
それまで保護犬についてよく知らなかった二人にとって、ニコニコ顔でひょうひょうと寄って来るミノルカは、「保護犬ってちょっと暗そう」というイメージを覆すインパクトがあった。
何より、ミノルカをなでたときの手触りが、夫妻をハッとさせた。
「ジャッキーの遺体を3日くらい家において、ずっとなでていたんです。そのときの冷たく固い感触がまだ残っていて……。でもミノルカを触ったとき、『生きてる、あったかい』って一瞬で癒やされて、思わず『うち来る?』って言ってしまいました」と、美智子さんが振り返る。
「元保護犬」で「中型」の「成犬」という、玉越家には初めて尽くしのミノルカ。
おとなしかった先住犬とは、性格も大きさも違い、当初はとまどった。散歩時のひっぱり癖や、ほかの犬を威嚇する一面にも悩まされ、育犬ノイローゼのような状態にまでなったという。
主演の新津ちせちゃんとのシーン(『駅までの道をおしえて』公開中/(c)2019映画「駅までの道をおしえて」production committee)
新しい経験のたびに深まる信頼関係
そんな時、最初の“わらしべ長者”的な転機がおとずれる。
玉越家に来る前、ミノルカの預かりボランティアをしていたドッグトレーナーの西岡裕記さんを通じて、女優の杉本彩さんが主催する公益財団法人動物環境・福祉協会「EVA」のポスター撮影の依頼がやってきたのだ。
家に迎えてまだ1カ月もたっておらず、お互い慣れたとは言いがたかったが、撮影中にうれしい変化があった。
博幸さんが説明する。
「撮影のとき、僕らはスタジオの外で待っていたんです。でも途中で西岡さんが『ミノルカの目線を呼んでくれますか』って呼びに来て。僕らがスタジオから出て行った後、ミノルカはずっとそのドアを見ていたんですって。『信頼関係ができたんだ』って、すごくうれしかったです」
さらに、ポスター撮影から1カ月後、映画『駅までの道をおしえて』出演の話が舞い込んだ。
ポスターを見た橋本直樹監督が、「どこにでもいる犬」という風貌が役のイメージに合うと、本作の「ルース」役にミノルカを抜擢したのだ。
ミノルカの登場シーンの多くは、広大な原っぱで撮影されている。
犬に無理をさせないという橋本監督の方針もあって、ミノルカはのびのびと撮影に臨んだようだ。
「撮影したのが人も車も来ない、巨大な空き地で、ミノルカは本当に楽しそうに飛び回ってました。監督さんの合図待ちで草むらに隠れている間も、ニコニコしながらちっちゃいバッタをずーっと食べてたり(笑)」と博幸さん。
撮影が行われたのは7~8月。
このころにはもう、ミノルカも美智子さんにベッタリ懐き、築き上げた信頼関係は、撮影にも大いに役立ったという。
「ミノルカが走ってきて、指示された位置で止まるというシーンを撮るとき、カメラの後ろから呼ぶと止まらずに私のところに来てしまうので、映らないように私が草むらのなかに寝そべって呼んだりしましたね。他にも、目線をもらうためにミノーミノー!!ってめちゃくちゃ呼んだり(笑)」
2匹の愛犬、白柴のルー
映画の縁で「ルー」が新しい家族に
映画出演は、2匹目の愛犬「ルー」との出会いにもつながった。
ルーは子犬のときから映画に出演することが決まっていた犬だが、特定の家族はいなかった。
撮影中に仲よくじゃれる2匹を見て、橋本監督が撮影後のルーの引き取りを、夫妻に打診してきたのだ。
予想外の提案に驚きつつ、トライアルで2週間ほどルーを預かってみたところ、2匹の相性もよく、すべての撮影が終わった12月、正式に玉越家にやって来た。
フレンドリーで要領がいいルーは、予想以上のいい影響をミノルカにもたらした、と美智子さんはいう。
「ミノルカは食が細くて困っていたんですが、ルーが来てからつられてよく食べるようになって、元気になりました。それに、たまにミノルカが他の犬につっかかると、自分の方が小さくて吹っ飛ばされるのに、ルーが『いい加減にしなさい!』ってミノルカを止めに入ってくれるんです。いい仕事してくれています」
めまぐるしく展開した一家の日常も、映画の宣伝活動が終わると、ようやく一段落。
今後も俳優犬活動を続けるのかと尋ねると、夫妻は「そんな気はない」と、あっさり答えた。
「去年1年はミノルカを中心にいろんな人とつながって、お話をいただくたびに『何事も犬と経験だ!』って流れに乗っかって、最終的にここまできたって感じ。もう充分一生の思い出になったので、これからはミノルカもルーも、普通にのどかに過ごしてもらえたらと思います」