ゴミ屋敷の清掃現場に見る「多頭飼育崩壊」の真実
2018年11月23日(金) 読売新聞
ペットブームの裏で、猫や犬が子を産みすぎ、自宅で飼い切れなくなって手放してしまう「多頭飼育崩壊」が問題化している。
何匹分ものフンや尿の始末に困った揚げ句、掃除そのものをあきらめて、「ゴミ屋敷」化してしまうケースもある。
ペットジャーナリストの阪根美果さんが、ゴミ屋敷などを片付ける「特殊清掃」専門業者を取材し、実態に迫った。
◆ペットには「面倒な面」も・・・
ペットを飼う人が「困ること」と言えばなんでしょうか。
2016年4月、マーケティング調査会社「ドゥ・ハウス」(東京)が、インターネットで20~69歳の男女を対象(有効回答数1198)に行ったアンケート調査(複数回答)では、こんな声が上位を占めました。
「現在や過去にペットを飼っていて困ること」について尋ねたところ(複数回答)、「旅行など家を空けることが難しい」(49.5%)、「掃除やペットのにおい」(40.2%)、「散歩など毎日の世話」(30.4%)・・・
飼い主の多くは、ペットに癒やしを求め、幸せな日々を思い描きながら飼い始めると思います。
しかし、このアンケート結果からもわかるように、生身の生き物であるペットには面倒な面もたくさんあるのです。
最初は愛情を持って接していた飼い主でも、問題が起き、面倒を見切れなくなり、ペットを置き去りにして引っ越したり、捨ててしまったりするケースが後を絶ちません。
野良猫を呼び寄せ続け、荒れた家を清掃する作業員(千葉市で)=Freee提供
◆「特殊清掃」の現場で発覚した問題
最近問題になっているのはペットを放置し、家屋に害が及んだり、周辺の家庭から悪臭などの苦情が上がったりすることです。
筆者は特殊清掃を手掛ける会社に実態を取材しました。
特殊清掃とは、事件や事故、自殺や孤独死などの現場となった家屋を清掃し、元の状態に戻す作業のことです。
腐敗臭や死臭を消したり、血液や遺体に群がる虫の除去も手掛けたりする点で、通常の清掃業者とは大きく異なります。
「『ゴミ屋敷』の清掃も手掛けていますが、最近は、消臭を含めたペットに絡む清掃の依頼が急増しています」と明かすのは、特殊清掃会社「Freee」(東京)の作業員、望月清史さんです。
ペットのフンや尿とその臭いは、床や柱などの木材にしみ込んでしまうと、特殊な除去作業が必要になります。
賃貸物件の場合、飼い主が引っ越した後、借家や部屋を家主に引き渡す前に依頼してくることが多く、作業員が現場に赴くと、想像を絶する悪臭が漂っていたり、「引っ越し先に連れて行った」と聞いていたペットが置き去りにされていたりと、その惨状に驚くことが多いそうです。
特に深刻なのは、近年増えている「多頭飼育崩壊」のケースです。
犬や猫は1回の出産で5~6匹の子を産むことがあります。
「かわいそうだから」と、避妊や去勢などをせず飼ってしまったことで、オス、メスのペアが子をたくさん産んだり、近所の犬や猫と交尾したりして、数が増え過ぎてしまい、飼育費用が払いきれなくなったり、「ゴミ屋敷」のように家の中が荒れたりし、飼育できなくなるか、飼い主の生活が成り立たなくなってしまうのです。
望月さんらが実際に直面したという多頭飼育崩壊の例を紹介したいと思います。
猫のフンや尿で荒れた現場を清掃する作業員(群馬県富岡市で)=Freee提供
◆作業員6人で2日がかり
群馬県富岡市にある平屋の賃貸住宅(間取りは3K)。
5年前に猫8匹を残したまま家族は引っ越しましたが、猫のために家を借り続け、時々、エサだけを与えにきていたようです。
家の中は猫のエサの袋が散乱し、大量のフンと尿にまみれていたそうです。
飼い主はもはや手に負えないと判断し、「このままでは賃貸契約を解除できないので何とかしてほしい」と依頼してきました。
玄関に入った途端、強烈な刺激臭が鼻を突き、防護マスクなしでは入ることは困難だったそうです。
猫たちは部屋の中で自由に動き回っていて、天井裏にも上っていました。
大量のゴミ、そしてフンや尿・・・清掃に作業員を6人投入しても、まとめるのに1日かかるほどの量だったといいます。
消臭のために、フンや尿の臭いが漂う壁紙をはがし、和室の砂壁や各部屋の天井は解体。畳も上げるなどして3日間かけて作業をしたそうです。
劣悪な環境で5年間を過ごした猫たちですが、エサだけは十分に与えられていたため、痩せている猫はいませんでした。
ただ、依頼主は結局、引き取りを拒否しました。
8匹のうち5匹は「里親」が見つかりましたが、3匹は見つからず、困惑した依頼主が捨ててしまい、野良猫になってしまったようです。
悲しい結末になりました。
ゴミなどであふれ返った部屋には、置き去りにされた猫がポツンと座っていた(山形県米沢市で)=Freee提供
◆2トントラック5台分のフンやゴミ・・・
山形県米沢市の4LDKの賃貸住宅を退去するので、「飼っていた猫のフンや尿の掃除をしてほしい」と依頼を受け、現場に向かったのは今年3月のことでした。
住んでいた家族はその数か月前に既に引っ越し済み。
しかし、室内には10匹以上の猫がいて、さらには「ゴミ屋敷」と呼べそうなほどのゴミが山積みになっていました。
室内にあった菓子の袋や衣服などは破れるなどして散乱し、残っていた家具などは猫のフンや尿にまみれた状態で放置されていました。
悪臭が染みついてしまったのか、学校に通う子どもたちがかなり臭かったため、健康被害を心配した学校が自治体に報告。
飼い主は自治体から必要な措置を取るよう勧告を受けたにもかかわらず、猫を置き去りにして引っ越してしまいました。
ただ、転居後も、定期的に猫にエサを与えに来ていたそうです。
作業員が部屋に入ると、部屋全体に猫のフンや尿が染みつき、臭気レベルもかなり高く、まずはそれらを撤去する作業から始めました。
窓の清掃のため、ガラスを外すとレールに大量のフンが詰まっていたといいます。
16畳の広いリビングにゴミ袋を集めると、天井付近まで積み上がりました。
その量、なんと2トントラック5台分。
そんな劣悪な環境で数か月間過ごしていた猫たちですが、エサはちゃんと与えられており、群馬の例と同じく、痩せている猫はいませんでした。
しかし、清掃後に飼い主は「増えすぎて、もう飼うことができない」と、すべての猫を捨ててしまったそうです。
◆清掃業者の苦悩・・・
望月さんは「孤独死や火災現場などの特殊清掃も手掛けていますが、最も壮絶なのがペットのフンや尿にまみれた現場です。
強烈な臭気が充満し、現場に足を踏み入れることさえできないときもあります。
こびり付いたフンや尿を撤去する作業も一筋縄ではいきません」と話します。
賃貸住宅の場合は、修繕費を巡って裁判になることもあります。
Freeeの担当者が「なぜこんな状況になってしまったのか」と依頼主に尋ねると、多くの場合、「猫を飼うのがこれほど大変だとは思わずに飼ってしまった」という答えが返ってくるそうです。
◆多頭飼育から逃げる飼い主たち
2016年に環境省が全国115の自治体を対象に行った調査によると、ペットの多頭飼育に関する苦情は計2200件に上りました。
このうち「10匹以上の飼育(に対する苦情)」が約30%。
「50匹以上の飼育(同)」は100件を超えており、全国的にもかなり深刻な問題になっていることがわかります。
増えすぎて手に負えなくなった飼い主が、何匹もの犬や猫を放置したり、置き去りにしたりし、周囲に悪臭が広がって近所の住民から通報され発覚。
保護団体などが救済するケースが多いのが実情です。
◆お金があるのに、なぜ崩壊?
ただ、望月さんの会社が特殊清掃を担当した二つのケースは、多頭飼育崩壊には違いないものの、飼育費用が払いきれなくなって起こった、というわけではありません。
劣悪な環境の中に猫たちを置き去りにはしていたものの、飼い主が定期的に足を運び、水とエサをしっかり与えていました。
さらに、猫たちのための賃貸住宅と、新たな住居の両方の費用を払える余裕もあった上に、賃貸住宅の契約解除をする前に自ら特殊清掃業者に依頼をして、高額な清掃代も支払っているのです。
これらの例では、なぜ猫たちを置き去りにし、最終的に捨ててしまったのでしょうか。
望月さんの証言などから、筆者は以下のような経緯をたどって「崩壊」に及んだのではないかと考えています。
(1)知識がないまま安易に飼い始め、避妊などもしなかったため数がどんどん増えた。
(2)増え過ぎて、「多頭飼育」状態に。世話をしきれず、掃除なども手に負えなくなった。
(3)解決策を見つけられぬまま、家族の生活にも支障が。その環境から逃げ出さざるを得なくなった。
(4)再び飼う気も起きず、最終的に捨ててしまった。
軽い気持ちから飼い始めたものの、想像していた「かわいいペットとの幸せな暮らし」とはかけ離れたものになり、結果的に路頭に迷わせてしまう・・・飼い主の無責任さが露呈したと言わざるを得ないと思います。
特に、特殊清掃の現場からは、こうした多頭飼育崩壊の経緯が、ペットが捨てられる寸前まで第三者には気づかれにくく、とにかく実態が見えにくいという問題点が浮かび上がります。
写真はイメージです
◆飼い主は命に責任を・・・
冒頭でも述べたように、飼い主たちは、最初は誰もが愛情を持ってペットを飼うつもりだったはずです。
避妊を躊躇(ちゅうちょ)するのも、本人にとっては愛情のつもりだったのかもしれません。
しかし、思い描いていた暮らしができず、最終的にペットを路頭に迷わせてしまうのは、愛情とはかけ離れた行為と言わざるを得ません。
「それでもペットを飼いたい」という人は、一歩立ち止まって、以下の「6が条」を徹底してほしいと思います。
(1)飼いたいと思うペットの基本的な習性など、生態を学ぶ。
(2)そのうえで、自宅に飼うことができる環境かどうかを確認する。
(3)清潔な環境を保つため、掃除を欠かさないなどの決意をする。
(4)ペットを飼う時間的・経済的な余裕があるかしっかりと確認する。
(5)避妊・去勢をする。
(6)ペットが命を終えるまで、飼育する覚悟を決める。
最後の(6)は特に重要です。
ここで紹介した例のように、飼い主もペットも不幸な道をたどることにならないよう、相当の覚悟が必要だと思います。
◆頼れる人を見つけて・・・
また、ペットを飼う前に、問題が起きた時に相談できる人を見つけておくことも大切です。
友人、知人に聞くなどし、獣医師やペットのトレーナーなどを探してみるのが近道です。
困った時に頼りになる人がいることで、「いざ」という時に解決策を見いだすことができ、不幸な結末を避けることができるかもしれません。
それでも万一、飼えなくなってしまったら、必ず新しい飼い主を見つけてほしいと筆者は願っています。
前出の望月さんも「私たちもペットの行く末がいつも気になっていました。これからはホームページ等にペットに関する専門家のコラムなどを載せて、少しでも路頭に迷う運命のペットを救えるような啓発活動をしていきたいです」と話しています。
動物愛護法でも、周辺の人たちの生活を損ねる多頭飼育は規制されており、自治体の勧告に従わない場合、罰金刑を受けることもあります。
ペットが幸せな一生を送れるよう、飼い主には強い覚悟と義務感が求められるのです。
ペットジャーナリスト 阪根美果
【関連記事】
・愛犬が孤立?…高齢者がペットを飼うことの功罪
・広がる「猫ブーム」に潜む危うさとは?
・野良猫に触るのは危険!「死に至る病」感染の恐れも
・不眠に胃潰瘍…「ペットロス」とどう向き合うか?
・トラブルも勃発?「ドッグラン」を犬と楽しむ方法