河川敷の“ホームレス犬”
老いてから救出、初めての室内暮らし
2018年9月17日(月) sippo(朝日新聞)
長年、ホームレスと一緒に河川敷で暮らしてきた犬がいる。
名前は「ジロー」。
世の中から身を隠すように草むらに住み、暑さ寒さをしのいで10余年。
しかし、台風で住んでいた小屋が流されてしまった。
すでに目がよく見えず耳も聞こえなくなっていた老犬ジローは、「これからは頼む」と、ホームレス男性からボランティアの女性に託された。
そのジローがどうしているか、会いに行ってみた。
ジロー(日本動物愛護協会提供)
大きな雑種犬ジローは、エアコンのきいた居間のダイニングテーブルの下に横たわっていた。
猫が横からちょっかいを出しても、気にするでもなく寝ている。
神奈川県内にあるYさんの自宅。
2世帯住宅で、階下に妹さんが住み、外階段を上がった2階に60代のYさん夫妻が住んでいる。
「この子がジローさん。そこ床がお気に入りなの。歯茎が悪くて、昨日、動物病院に行ったのよ」
少し腫れた顔をのぞくと、目をあけて、ふいにこちらを見上げた。
「ジローさんは一度も怒ったことがないの。怖がりもしない。でも、『俺はどうしたんだ? なんでここにいるんだっけ』って顔をしているでしょう。認知症も進んでいるの」
Yさんの家には、幼い頃から犬や猫がたくさんいたという。
結婚して転勤を経て22年前に今の一戸建てに越してきてから、「放っておけない」動物を保護するようになった。
現在はジローを含めて犬が4匹、猫が15匹いる。
飼い主が飼えなくなったり、手放したり、行き場をなくした動物たちだ。
自然を愛するジロー(今年8月)
“世捨て人”に寄り添う
新入りの長老ジローは、河川敷で生まれ育った犬だ。
家を捨て、社会から離れ、家族とも別れて、手作りの小屋やテントで暮すホームレスの男性たちに、可愛がられてきたという。
「20年以上前、河川敷に野良犬がたくさんいたのよ。ホームレスの人たちが一匹ずつつないでパートナーにしていたのだけど、ジローさんは、そこで繁殖した最後の1匹。生まれて7~8年、あるおじさんと寝起きをともにして、家族のように暮していた。空き缶を売ったりしたお金でゴハンをもらってね。でも、そのおじさんが施設に入ることになってジローが残った。それで別のおじさんが『じゃあこの先は俺がこいつを可愛がる』と世話をはじめたのだけど・・・」
ジローは生まれ育った小屋に長い紐でぽつんと繋がれて、少し離れた場所に住むホームレス男性がゴハンをあげに通った。
ただ、食欲は満たされても、1匹で過ごす時間が多かった。
犬の存在に気付いたボランティアが様子を見に行っても、「俺が見る、大丈夫だ」の一点張り。
ボランティアが説得して去勢手術を受けさせ、元の場に戻して見守るようにゴハンの援助をした。
犬を巡ってホームレスとボランティアがもめることも少なくなかったという。
そんな生活に去年の秋、終止符が打たれた。
川が氾濫して、小屋が流れされたのだ。
ジローは助かったが、水に浸かり弱ってしまった。
そのため男性はようやく、馴染みのボランティアに「ジローを何とかしてほしい」とSOSを出して、保護された。
保護したボランティアから、ジローの晩年を頼まれたのがYさんだった。
「ボランティアがおじさんと待ち合わせてジローさんを受けとり、そのまま動物病院に連れて行って、検査して、そこからまっすぐうちにきたのよ。初めてジローさんを見た時、胸がキュンとしたわ。体はガリガリ、でも表情が穏やかでね。いろんなことがあっても風に吹かれて、健気に生きてきたのね」
涼しい居間で昼寝中のジロー(今年8月)
生涯初の室内の暮らし
18歳のジローは、人間の年齢に換算すれば100歳近い。
しかしYさんの家に来てから体重が増え、11キロから15キロになった。
高齢になって一変した環境にも徐々に慣れていった。
「最初は明るい電気が気になったのか寝付けなかったみたい。だって街灯がないところにいて、陽が落ちたら真っ暗、夜明けとともに起きる生活だったわけでしょう。それが一転、テレビがついて、そばでドラマを観ながら、おばさんが泣いたり笑ったり。もし口がきけたら『おいどうなってんだよ、観すぎだろ。朝はもっと早く起きろ』くらい思っているかもね。慣れると、台所まで私を追って、ゴハンを待つようになったのよ」
ジローにとって生涯で初めての室内暮らし。
何もかも新鮮だったろう。
とくにエコアンを気にいり、涼しくなる場所をすぐに見つけて寝そべったという。
猛暑の今夏、日陰もない河川敷につながれたままだったら、命はどうなっていたかわからない。
ただ、ジローはトイレの習慣は変えられず、室内のシーツではどうしても排尿できなかった。
さらに足腰が弱って階段を上がり下がりきつくなったため、Yさんが抱いて階段を下りて庭に出る。
用を足すとまた抱いて階段を上がる。
それを毎日5、6回繰り返す。
「私の運動にもなるからいいのよ。風に吹かれると、ジローさんもやっぱり気持ち良さそうだし。ウンチが間に合わず、床でコロッとすることもあるけど、そのくらいじゃ私も驚かないわ」と、Yさんが朗らかにいう。
先住の保護犬たちと散歩(昨年末)
動物愛護の広告にも
ジローは夏前までは、Yさん宅の他の犬と一緒に1時間くらい散歩に出ていた。
その散歩の時、公園で撮った写真は、この春、日本動物愛護協会がJR山手線内のテレビで流した、動物の幸せを願う啓発写真に採用された。
9月24日から30日まで再び流されることになったという。
「ジローさんは歳をとって注目されたけど、命や、育て方を考えるきっかけになればいいなと思う。ペットは環境次第で寿命も変わるのよね・・・」
Yさん宅には、ジローとほぼ同い歳のシーズー犬「うみ」(18歳 メス)もいる。
3年前に知人から「余命はあまりないかもしれないけど」と託された犬だ。
飼い主の高齢男性が亡くなり、親戚がいったんは引き取ったが、ペットホテルに預けたまま、「歳だし、他に引き取り手もないので処分を」とホテルに頼んだところをボランティアが救出したのだ。
「縁あってうみちゃんを引き取り、看取るつもりでいたけど、持病も何のその、すこぶる元気で3年経った今はうちのヌシ、ハッスルばあちゃん犬になってる。ジローさんと年寄り同士、身を寄せ合うこともあるのよ。お互い目が悪いからぶつかったりしながらね」
河川敷で生まれ育ち、晩年になって室内暮らしになったジロー。
満天の星は見えないけれど、ここには仲間と穏やかな家族がいる。
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