子犬・子猫の誕生日を偽る業者
「幼い方が高く売れる」「コストかけたくない」
2018年10月1日(月) sippo(朝日新聞)
ペットの誕生日を祝う。
犬や猫などを飼っている人なら年に1度、そんな機会を持つこともあるでしょう。
でももし、その日が「本当の誕生日」ではなかったとしたら――。
実は、ペットの心身の健康にかかわる問題です。
あどけない子犬たち
幼い子犬、子猫を求める風潮
「飼い主さんは血統書を見てその子の誕生日を祝っているのに、こんなひどい話はありません」
子犬、子猫などを販売する大手チェーンの幹部はそう話し始めた。
明かすのは、子犬や子猫の出生日を実際よりも早めに偽ることが横行する業界内の実態だ。
飼い主の多くがペットの誕生日を祝っている
2012年に改正された動物愛護法(施行は13年)では現在、生後49日を超えていない子犬、子猫の販売を禁じている(7週齢規制)。
法改正前は、5週齢(生後35~41日)程度での出荷・販売が主流だった。
このため、以前のように生後49日以下で販売したい一部の繁殖業者が、ペットショップに出荷する際、出生日を数日から1週間程度早くしているという。
ペットショップで販売される犬猫はほとんどが、いわゆる「血統書付き」。
飼い主の手元に届く血統書には、この偽った出生日が載ることになる。
別の大手チェーン経営者も「出荷の際、ウソの出生日を書いてくる人(繁殖業者)はいる。実際に、生後49日を過ぎているにしてはどう見ても小さすぎる子犬、子猫が入ってくることがある」と証言する。
同チェーンでは、犬種や猫種ごとに独自に最低体重を設定し、それをクリアしていなければ仕入れない内規を作っているという。
ただ、同経営者は「うちが仕入れなければ、そういう子たちでも気にせず売るチェーンに流れていく。同じ犬種ならより幼く見える、小さな子のほうが高く売れるのが現実。法律を守ろうとするほうが不利になる、不公正な競争環境になっている」と嘆く。
環境省の中央環境審議会動物愛護部会でも、繁殖業者がいう出生日が正確でない可能性が指摘されている。
今年1月の部会で、環境省が全国の都道府県や政令指定都市など115自治体に行ったアンケート結果を公表。
19自治体から「業者側の書類だけでは生年月日の担保が不十分、不正があっても指導できない」という課題が提示されていたことが分かった。
委員の打越綾子・成城大法学部教授は「何人もの自治体の担当者に聞いたが、業者が申請した書類だけの記録は信頼できない。いくらでもブリーダーのほうで修正できる状況だと思う。第三者などによる証明が欠落した文書が商取引や規制行政の前提になっているのは問題だ」などと発言した。
出生日を偽り、早めに出荷する業者がなぜ存在するのか。
理由は二つある。
一つは消費者がなるべく幼く見える、小さな子犬、子猫を好む市場環境だ。
自身も生後49日以下の子犬を出荷していたことがあると明かす関東地方の繁殖業者は「オークション(競り市)では見た目が幼く、小さい子のほうがもてはやされる。(法律の規定より1週間程度早く出荷すると)最大5万円くらい落札価格がかわってくる」という。
もう一つが飼育コストの問題だ。
なるべく飼育に手間ひまをかけたくない繁殖業者は、子犬や子猫はぎりぎり6週齢半ばごろまでなら、母親任せで育てられると考える。
だが本格的に離乳するそれ以降になると、母親が授乳を嫌がるなどし、どうしても、人間が離乳食を与えたり世話をしたりする必要性が増してくるため、人手もエサ代も余分にかかる。
同時に、母親から受け継いだ免疫が減り始めることから、手元に置いておくには原則、混合ワクチン接種が推奨される。
「こういうコストをブリーダーさんたちは嫌がる」と大手チェーン経営者はいう。
あどけない子猫
「獣医師の証明必要」議論も
子犬や子猫は、あまりに早く生まれた環境から引き離されると、かみ癖などの問題行動を起こしやすくなったり、免疫が不安定な時期に流通させられることで感染症にかかりやすかったりする。
これらの問題を防止するために、欧米先進国では既に多くの国が8週齢規制を導入している。
日本でも同様の規制を設けようと動愛法の改正が行われたが、ペット業界の強い反対にあって、現時点では7週齢規制に止まった経緯がある。
繁殖業者が出生日を偽ることへの懸念は、当初からあった。
公益社団法人「日本動物福祉協会」調査員の町屋奈獣医師は「子犬、子猫の本当の出生日は業者しか知りえず、捏造できる。このような問題が起こるのは予測できたことだ」という。
防ぐ手立てはないのか。
犬の血統書発行団体のひとつ一般社団法人「ジャパンケネルクラブ」は、業者との信頼関係に基づく自己申告で血統書の発行を行っているとしつつ、「雄犬の所有者に交配日を照会しており、出生日と矛盾がある場合には発行しない」という。
ただ犬の妊娠期間は57~67日くらいと幅があり、決定打にはなりにくい。
法改正当時は、業者が出荷する段階で子犬、子猫へのマイクロチップ装着を義務化し、トレーサビリティーを確保することが抑止力になるのではないかと考えられた。
しかし、「出生日を第三者が知りえない状況では意味がない」(町屋氏)。
そこで、議論されているのが獣医師による出生証明書の発行義務付けだ。
12年の動愛法改正を主導した松野頼久・前衆院議員は「何らかの形で獣医師に出生証明させる仕組みが必要だ」と話す。
生後49日前後の数日の違いは獣医師でも判断が難しいが、「生後1週間以内であれば、1日あたりの成長の度合いが大きく、数日の出生誤差を見抜くことは可能だ」と公益財団法人「動物臨床医学研究所」の高島一昭所長は話す。
岡山理科大獣医学部が新設されて獣医師の数が増えるほか、動物看護師の公的資格化も検討されていることから、人員面でも問題ないと見られている。
今年は5年に1度の動愛法改正年にあたる。
町屋氏は「出生証明という形で獣医師を繁殖の現場に巻き込めれば、繁殖回数の把握なども可能になり、業者のもとにいる犬猫の健康管理の面でも大きなメリットがある。今回の法改正では必要不可欠な要素だ」と話す。