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安楽死の薬を自分に注射した獣医 犬殺処分耐えられず

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安楽死の薬を自分に注射した獣医 犬殺処分耐えられず

2017年2月7日(火) BBC News


安楽死の薬を自分に注射した獣医

台湾では今月、保護施設に収容された犬や猫の殺処分を廃止する新法が施行された。
今から1年近く前、殺される動物たちが見るに忍びないと、施設で働いていた女性獣医が自殺し、台湾に衝撃が広がっていた。
BBCのシンディー・スイ記者が取材した。

動物が大好きだった獣医の簡稚澄さんは、動物保護施設で働いていた。
別の仕事、別のタイミングだったら、もしかすると避けられた悲劇だったのかもしれない。
台北に近い桃園市の施設で捨て犬の保護活動に関わっていた簡稚澄さんの同僚、ウィニー・ライさんは簡さんについて、「しょっちゅう残業していて、めったにお昼休みをとらなかったし、いつも犬を気にかけて、犬のために休日を犠牲にしていました」と語った。
最難関の台湾大学を卒業し、公務員試験をトップの成績で合格した簡さんは、中央官庁のデスクワークに就くこともできたが、たくさんの捨て犬の世話をすることを選んだ。
保護施設のロビーには、訪れる人に犬の里親になってもらおうと簡さんが描いた犬の絵が飾られていた。
しかし、犬の多くは安楽死させられる運命にあった。
2016年5月5日、簡さんは自らの命を絶った。
動物たちを安楽死させる同じ薬品を使って。迷い犬がどんな目に遭うか、台湾の人々に理解してもらいたいという書き残して。
彼女の死が報じられると、台湾には怒りと当惑が溢れた。
若い女性の命がなぜこのような形で終わってしまったのか、悲劇を大勢が理解しようとした。
一方で、捨て犬や捨て猫の現場で奮闘する職員が、なぜこれほどのプレッシャーを感じなくてはならないのか問う声もあった。
簡さんは地元CITテレビからインタビューを受けた際、初めて殺処分に立ち会った時のことを語っていた。
「家に帰って一晩泣き明かしました」
しかし、メディアに出たことがきっかけで、簡さんに対する個人攻撃が始まった。
簡さんが2年間で700匹を殺処分したと報じられると、一部の人は簡さんを「美しき虐殺者」と呼んだ。
保護施設の職員は、できる限り殺処分などしたくない。
しかし簡さんたちは、引き取り手がなく、老いていたり、里親が見つかりにくい動物たちが、過密状態の施設で病気にかかる危険にさらされるより、安楽死の方が良い選択肢だと考えていた。
簡さんの同僚、高瑜婕さんはこう話す。
「彼女(簡さん)のことを肉屋と呼ぶ人がいました。(中略)私たちは怒鳴りつけられることも多く、地獄に落ちるだろうと言う人もいる。私たちが喜んで殺しているとか、残酷だとか。だけど、犬は今でも捨てられています。犬が狂暴だとか、逆に弱すぎるとか、鳴き声がうるさい、ちゃんと吠えないなど、いろんな理由が付けられて」。

高い殺処分率
台湾は捨て犬の問題で2つの大きな課題を抱えている。
捨てられるペットの数と野犬の避妊措置だ。
実際のところ、10年前に比べると状況は改善した。
国民の意識が向上し、保護施設の関係者や活動家らが、捨て犬を思いとどまらせ、里親を呼びかけるなどしたからだ。
しかし、殺処分される動物の数は依然として多く、保護施設では資金や人手が不足している。
業務も重労働で長時間働かなくてはならない。
一部の保護施設では収容された動物の半数が殺処分される。
2015年には約1万900匹が処分された。
また病気などが理由で約8600匹が死亡した。
簡さんはCTIのインタビューで、殺処分の手順を説明している。
「まず散歩に連れて行き、軽く食べさせて話しかけます。それから『慈悲の部屋』に入れます」
「台の上に乗せると、とても怖がって、体じゅうが震えているんです。だけど薬を注射すると3秒から5秒で震えが止まる。実際とても悲しいことです」
職員たちには心理カウンセリングが提供されていない。
台湾では、このような保護施設だけでなく、心の面での支援があるのはほぼ皆無だ。
桃園の保護施設は国内でも最も安楽死率させる率が低く、里親が見つかる比率は最も高かった。
しかし、簡さんの遺書の内容から、犬の境遇に対する心痛が自殺のきっかけだった様子がうかがえる。
同僚たちの話もそれを裏付けている。
どんな自殺の背景にも多くの複雑な要因が絡んでいるものだというのが、専門家の意見だが。
前出のライさんは、「(簡さんは)とても自分に厳しかった。動物のことをとても気に掛けていたし、仕事のプレッシャーが強かった」と語った。
簡さんの遺書にはこう書かれている。
「私の死によって、捨てられた動物にも命があるということを皆さんに分かってもらえればうれしいです。(問題の)原因に対処する重要性を政府に理解してもらいたいです。命を大切にして」。
「命を大切にして」という言葉を残して、若い女性が命を絶った。
その事態はあまりに皮肉で、大勢がその意味を受け止めた。
誰のせいだと責める責任者探しもすぐに始まった。
台湾の新聞各紙は、政府が簡さんを「殺した」と非難。
多くの新聞は、政府が捨て犬や避妊に効果的な策を打ってこなかったと指摘した。
簡さんは仕事のプレッシャーに耐えられなかっただけだと、「高級官僚ら」が国民に思い込ませようとしている――そう非難する新聞もあった。
施設の職員を批判するのはたやすいが、社会全体が責任を感じるべきだとコメントする識者もいた。
多くの人は、動物の不妊と去勢に関する現行法制がきちんと執行されていないことが、問題の根源にあると考えている。
台湾行政院(政府に相当)の農業委員会で動物保護を担当する江文全さんは、犬の不妊・去勢処置を義務付ける法律は最近施行されたばかりで、すぐに罰金を科すことはできないと説明した。
職員は毎年、6万匹の犬の飼い主を訪問し、新たな法律の順守を促しているが、不妊・去勢処置をうけた犬は、台湾全体の170万匹のうち3割に留まっている。
「あまりに人手が足りない。動物保護スタッフは台湾全体でわずか140人しかいない」と江さんは話す。
「仕組みそのものの問題だ。安楽死を止めて保護施設や職員の陣容を拡大するだけでは、問題は解決しない」。
台湾では、不妊・去勢処置が犬の性格を変えてしまうと反発する人もいる。
また、子どもを産ませて友人にあげたり、売ろうと考える人もいる。

短期的な措置
簡さんは自殺する前、犬猫の殺処分を禁止する新しい法律が間もなく施行されると、承知していた。
今月4日に施行された新法によって、捨て犬や猫の殺処分は廃止された。
予算は4割増加。
検査官が増員され、保護施設にペットを持ち込む人からは125ドル(約1万4000円)が徴収される。
当局者らは新法と簡さんの死とは関係がないとしている。
簡さんが置かれていた状況と彼女の自殺は、単に人間的な悲劇だと。
台湾政府は、保護施設の予算増と人員増強のほか、心理カウンセリングを提供すると約束している。
しかし、多くの人はそれが目先の対応にしかならなないとみている。
活動家らは政府に対し、ブリーダーの取り締まり強化、不妊・去勢処置を提供するNGO(非政府組織)への資金援助、迷い犬を保護する団体への支援を求めている。
簡さんの死が改革を後押したわけではないかもしれない。
しかし同じように動物保護に携わる簡さんの夫や同僚たちは、簡さんの死に衝撃を受け、嘆き悲しみ、そして動物を愛する彼女の気持ちを忘れることはないだろう。


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