塀の中で盲導犬めざし子犬を育成 受刑者たちが世話
2017年2月6日(月) sippo(朝日新聞)
パピーを抱きしめ、別れを惜しむ訓練生(c)大塚敦子
「がんばれよー」
「元気でな」
犬を抱きしめ、ほおずりする人。
体をさすり、頭をなでる人。
犬のほうもひざに乗ったり、顔をなめたりして、全身で甘えている。
これは1月23日に島根あさひ社会復帰促進センターでおこなわれた第8期盲導犬パピー育成プログラムの修了式の光景だ。
33人の男性受刑者が、自分たちが10か月間育てた6頭の犬と別れを惜しんだ。
島根県浜田市旭町にある同センターでは、公益財団法人日本盲導犬協会との協働で、受刑者が盲導犬候補のパピー(子犬)を育てるという日本初の試みをおこなっている。
訓練生(同センターでは受刑者のことをこう呼ぶ)は、日本盲導犬協会から託された生後2~4カ月の子犬と月曜から金曜までともに生活し、週末預かる地域のボランティアと協力しあいながら、人といるのが楽しいと思えるような犬に育てる役割を担う。
このプログラムの最大の目的は、不足している盲導犬を一頭でも多く視覚障害者のもとに送り出すこと、そして、そのプロセスを担ってもらうことで、訓練生の人間的成長を促し、更生を進めることだ。
よくアニマルセラピーと混同されるのだが、目的は訓練生の癒やしではない。
彼らが塀の中でパピーウォーカーを務めるという社会貢献のプログラムである。
実際、ここで育った第7期までのパピー40頭の中から、すでに12頭の盲導犬が誕生し、視覚障害者の人々のよきパートナーとなっている。
刑事施設のなかで動物を育てるのは、手間もかかるし、気も使う。
それでもおこなうメリットは何なのだろうか。
一つは、動物の存在が社会的触媒作用をもたらすということだ。
パピーのいるユニットは他のユニットに比べ、人間どうしのトラブルが圧倒的に少ない。
また、心を閉ざし、内に引きこもりがちな人でも、パピーの世話をとおして会話に参加し、だんだん明るくなっていく。
パピーの存在はともすればネガティブになりがちな刑務所の人間関係のよい潤滑油となっている。
修了式で、日本盲導犬協会の井上幸彦理事長にパピーを引き渡す訓練生(c)大塚敦子
とくに、盲導犬パピー育成プログラムでは、職業訓練として点字点訳を学びつつパピーを育てる方式のため、それまで考えたこともなかった視覚障害者への想いが各人に生まれているのを感じる。
社会を傷つけた人たちだからこそ、自分たちが社会に還元できるものを見いだすことの意味は大きい。
誰かに何かを与えられることほど、その人のセルフ・エスティーム(自己肯定感)を高めるものはないと思うからだ。
二つ目は、動物をケアすることが人としての成長や心の回復を助けるということだ。
動物は相手が犯罪者であろうと病人であろうと、自分をかわいがってくれる人には無条件の信頼と愛情を与える。
私は動物介在プログラムを取材して20年になるが、動物とのかかわりが人の立ち直りを助ける最大の理由はそれではないかと思っている。
動物に信頼され、愛されることによって、人に心を開けなかった人が少しずつ心を開き、忍耐と責任感を持って世話をするようになり、いっしょに世話をする仲間たちとのコミュニケーションもよくなっていく。
慈しむ心が涵養されることで、人への思いやりも育っていく。
今回の修了式のあとで聞いた、ある訓練生の言葉を紹介したい。
子どもの頃に両親が離婚し、ちゃんと育ててもらえなかったと感じていたというその人は、こう語った。
「パピーを育てていることを手紙で母親に知らせたら、自分が幼かったときの写真を送ってくれたんです。体重が何グラムだったかも書き添えて。パピーが夜中に吐いて、夜通し心配したとか、いろんな苦労もありましたけど、自分も親にこんな風にしてもらったんだな、ちゃんと愛されて育ったんだなあと感じました」
修了式のあと、パピーたちは日本盲導犬協会の訓練センターで、いよいよ盲導犬になるための訓練に入った。
実際に盲導犬になるのは3割ほどで、あとは適性に応じて家庭犬になったり、PR犬や繁殖犬になるなどの「キャリア・チェンジ」をする。
どの道が選ばれるにしても、誰かに愛され、幸せに暮らしてほしい。
それが訓練生たち皆の願いだ。
(大塚敦子・フォトジャーナリスト)
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