がん探知犬が注目されています
毎日新聞生活報道部
人の息を嗅ぐだけで、がんの有無を判別する「がん探知犬」。世界中で研究が進められており、千葉県内で飼育されている「マリーン」は9割を超す的中率で、医学誌にも紹介されました。
犬ががんを診断できるようになるのでしょうか。
房総半島の南端、千葉県南房総市にある「セントシュガーがん探知犬育成センター」を訪ねました。
所長の佐藤悠二さん(64)は真っ黒なラブラドルレトリバーのマリーン(9歳、雌)の頭をなで、「小さい時から嗅覚はずば抜けていた」と目を細めます。
佐藤さんは介助犬や水難救助犬などの育成を手がけてきました。
マリーンは生後3カ月でブリーダーから購入し、救助犬の訓練を試すうち、優れた嗅覚に気づきました。
佐藤さんが食べたものを呼気のにおいだけで当てます。
キュウリや大根、ニンジンなど5種の生野菜を一度に食べて息を吹きかけ、岩場にダミーを含め野菜を隠しておくと、マリーンは一つ一つ見つけて座り込み、食べた野菜をすべて的中させました。
九州大大学院消化器総合外科は08~09年、福岡、佐賀両県の大腸がん患者の呼気や便のにおいを判別させる実験をしました。
がん患者のもの1容器と、他の健康な4人のもの4容器を佐藤さんに送付。
マリーンに5個の容器から、一つの容器を嗅ぎ分けさせました。
佐藤さんも正解を知らない中、マリーンは一つの容器を嗅ぎ分け、前に座り込んで解答を示しました。
呼気では36回のうち33回で正解(約92%)、便では38回のうち37回で正解(約97%)でした。
実験結果をまとめた論文は今年1月末、英国の著名な医学誌「GUT」に掲載されました。
マリーンは、大腸内視鏡や病理組織的検査でやっと分かるごく初期(ステージゼロと1)のがんでも、ほぼ100%判別したそうです。
また、胃がんや乳がんなど別のがんでも、同様の確率で判別に成功しています。
今後の目標は「マリーンが嗅いでいる、がんに共通するにおい物質の発見」です。
それが分かれば、呼気だけでがんの有無が分かるセンサーの開発にも結び付きます。
呼気の成分を分析し、個別の物質を抽出してマリーンに再び嗅がせることで、特定を目指すといいます。
がん探知犬の研究は90年代に米国で始まり、米国の研究者が3年前、肺がんと乳がん患者の呼気で、9割以上の的中率を示す論文を発表しました。
英国でも、ぼうこうがん患者の尿でがんの有無を判別する研究報告が出されました。
フランスやオーストラリアも含め、世界中の研究者がにおい物質の発見にしのぎを削っています。
専門の獣医師は「犬は人間の数万倍もの嗅覚能力を持ち、原因物質が分かれば警察犬のように活躍できる。犬を訓練し、がん患者を見つける事例を重ねることで、信頼度が高まるだろう」とみています。
研究には優秀な犬が欠かせません。
マリーンは6年前に病気で子宮を摘出し、子を産めませんが、韓国のソウル大学とバイオ関連企業が08年、マリーンの皮膚細胞から4匹のクローンを誕生させました。
3」匹は韓国で訓練中です。
佐藤さんがもらい受けた1匹「エスパー」も、後継者として訓練を始めています。
探知犬を全国の病院に配置できれば、がん検診の新たなシステムとなる可能性もありますが、1頭の養成に500万円以上かかります。