認知症が進行しても愛犬との絆は失われない…
無表情のままで今年も「ココ」を抱きしめながら桜を眺めた入居者の女性
2023年4月5日(水)
ペットと暮らせる特養から 若山三千彦
神奈川県横須賀市にある特別養護老人ホーム「さくらの里山科」では、犬や猫と一緒に暮らすことができます。
施設長の若山三千彦さんが、人とペットの心温まるエピソードを紹介します。
河津桜の下でミックと飼い主の瀬川さん(今年2月、「さくらの里山科」で)
ペットと暮らせる特別養護老人ホーム「さくらの里山科」の庭には、もちろん桜の木が植わっています。
2月には早咲きの河津桜が、3月にはソメイヨシノが満開になります。
入居者の皆さんは毎年、満開の桜を見るのをとても楽しみにしています。
特に、犬と一緒に暮らせる2-1ユニット(区画)と2-2ユニットの皆さんは、桜が咲くのを待ち焦がれています。
庭がドッグランになっていて、ユニットからはすぐに行ける構造になっているのです。
だから、庭に出てお花見ができるのですよ。
愛犬のミック (ヨークシャーテリア系のミックス犬、雄、11歳)と同伴入居した瀬川安江さん(仮名、90歳代)も、車いすの膝の上にミックを乗せて、お花見を楽しまれていました。
ここに入居する以前の瀬川さんは、ミックと“2人暮らし”でした。
認知症を患っていたため、火を使う器具は危なくて扱えず、エアコンのリモコンも壊してしまうので、真冬に火の気のない部屋でミックを抱きしめて凍えている状態でした。
家族が老人ホームへの入居を勧めても、「ミックを置いてどこにも行かない」と、頑として拒んでいたのです。
家族からの相談を受け、凍死の恐れがあると判断して、ミックと一緒に緊急入居していただいたのが5年前です。
今では瀬川さんもミックも、冬は暖かく、夏は涼しい環境で、のびのびと暮らしています。
ミックは大の「おばあちゃん子」で、瀬川さんといつも一緒。
トイレにもついていきます。
ミックは毎日、職員と一緒にドッグランに出ていますが、桜の下で大好きな瀬川さんと一緒にドッグランに行くのは、ひときわうれしそうです。
6年前に愛犬のココ (トイプードルの雄、12歳)と一緒に入居した橋本幸代さん(仮名、70歳代)は、骨折で入院した際に認知症が進行し、ココのことが認識できなくなってしまいました。
名前を呼んでもらえなくても、なでてもらえなくても、何も応えてもらえなくても、ココは懸命に寄り添い続けました。
その結果、奇跡的に橋本さんはココのことを思い出しました。
認知症の症状が一時的にせよ劇的に改善したのです。
それから5年間、症状は徐々に進行していますが、ココとの絆は失われていません。
最近は、ほとんど無表情なままですが、満開の桜の下でココを抱きしめる橋本さんは、間違いなくうれしそうだったと職員は確信しています。
飯田正子さん(仮名、90歳代)は、認知症が進行しても何とか自分一人なら生活ができていたのですが、 愛犬のサリー (シーズーの雌、13歳)の世話が適切にできなくなったため、同伴入居しました。
ホームではサリーの世話は職員がしますので、飯田さんはすっかり安心しています。
高齢ながらとっても元気なサリーが、桜の下をドタバタ走り回るのを、ほほ笑んで見つめていました。
入居者も犬もともに暮らす家族…桜が咲くドッグランで一緒に楽しむ
入居者と犬の文福も楽しくお花見(今年2月、「さくらの里山科」で)
「さくらの里山科」には、サリーという名の犬がもう1匹います。
2020年11月、新型コロナウイルス感染拡大の第2波と第3波の間隙(かんげき)を縫うように、遠方から電撃入居してもらった中井アサさん(仮名、80歳代)と愛犬のサリー(ヨークシャーテリアとチワワのミックス犬、雌、16歳)です。
入居前の情報では、サリーは19歳の高齢ということで、寿命が尽きる前に何とか一緒に入居してもらいたいと焦ったのですが、実は14歳だったことが入居後に分かりました。
それから約2年半たった今は16歳。
この秋には17歳になります。
当初の情報ほどではありませんが、年のせいで足腰は弱ってきました。
おぼつかない足取りで、中井さんと一緒にドッグランに行き、桜の下を大喜びで歩き回っています。
さて、トイプードルのサンタ(13歳、雄)と同伴入居した石本いささん(仮名、80歳代)は、体調が悪く、ドッグランに出ることはできません。
また日常的にあまり動くことができないため、大部分は部屋で過ごしています。
サンタは、基本的には石本さんに寄り添っていますが、1日の半分ぐらいはリビングに遊びに行って、いろいろな入居者に甘えています。
石本さんのことを決して大切にしていないわけではなく、ストレスを発散しているのだと思います。
お花見の時も、入居者の足元を大喜びで走り回っています。
このように、人も犬も幸せに過ごせるのが、「さくらの里山科」のいい点だと思っています。
そして、ドッグランでお花見をするのは、入居者と同伴入居した愛犬たちばかりではありません。
もちろん、ホームの飼い犬で、保護犬出身の文福(ぶんぷく)(雑種の雄、推定13~14歳)、大喜(同)、ルイ(ミックス犬の雄、推定15歳)も一緒です。
「さくらの里山科」で犬と一緒に暮らせるエリアは、4階建ての建物のうち2階部分の半分。
二つのユニットで計20人の入居者が生活します。
なお、2階の残り半分は、猫と暮らせる部分です。
20人の入居者のうち、愛犬を連れてきた方は5人。
残り15人は愛犬がいない方です。
それなのになぜ犬と暮らすユニットにいるのか? 答えは単純! 犬が大好きだからです。
犬・猫ユニットに入居する方は、大の犬・猫好きである方を厳選しています。
だから、愛犬、愛猫がいないのに、このユニットに入られる方のほぼ全てが、かつて犬や猫を長い間飼ってきたものの、自身が高齢になって飼うのを諦めたという方たちです。
「さくらの里山科」に入居すれば、犬や猫と再び一緒に暮らせると希望して来たのです。
そして、そのような方々のために、ホームの飼い犬、飼い猫がいます。
ユニットの中では、入居者の愛犬もホームの飼い犬も区別なく自由に暮らしています。
いわば、ホームの飼い犬は、ユニットの入居者全員の愛犬なのです。
だから、もちろん、お花見も一緒です。
犬たちと一緒のお花見は、犬ユニットの入居者にとっては特別なことではありません。
入居者も犬も一緒に暮らしている家族だからです。
家族一緒のお花見を、全ての入居者と犬たちが楽しんでいました。
若山 三千彦(わかやま・みちひこ)
社会福祉法人「心の会」理事長、特別養護老人ホーム「さくらの里山科」(神奈川県横須賀市)施設長
1965年、神奈川県生まれ。
横浜国立大教育学部卒。
筑波大学大学院修了。
世界で初めてクローンマウスを実現した実弟・若山照彦を描いたノンフィクション「リアル・クローン」(2000年、小学館)で第6回小学館ノンフィクション大賞・優秀賞を受賞。学校教員を退職後、社会福祉法人「心の会」創立。
2012年に設立した「さくらの里山科」は日本で唯一、ペットの犬や猫と暮らせる特別養護老人ホームとして全国から注目されている。
20年6月、著書「看取り犬・文福 人の命に寄り添う奇跡のペット物語」(宝島社、1300円税別)が出版された。