虐待や飼育放棄、犬猫問題の背景にある人の問題とは
2023年3月13日(月)
劣悪な環境下での飼育、虐待や飼育放棄、多頭飼育崩壊――。
犬や猫をはじめとするペットのさまざまな問題が取り沙汰されています。
「その背景には、そこに置かれた人が抱えている問題がある。身近に生きる犬や猫を幸せにするためには、人もまた幸せである必要がある」。背景にある人の問題も包括的にとらえ、福祉の面からもサポートする団体があります。
(JAMMIN=山本 めぐみ)
◆家庭や地域にまつわる身近な動物の相談を受け付ける
窃盗症で刑務所に入った一人暮らしの高齢女性が飼っていた猫。
「文通を重ね、同じ猫仲間として付き合ううち、彼女の寂しさが痛いほど伝わりました。出所後、猫たちはいったんお家に帰し、彼女が限界になった時には引き取るつもりでいます」
岐阜県飛騨地方を中心に、犬猫や家庭動物の飼育相談、里親探しの手伝いを通じて、温かい「地域」と「家族」が育まれるよう活動するNPO法人「もふっこひだ」。
「動物の問題が活動の切り口ではありますが、背景にあるさまざまな問題を包括的にとらえ、『人の福祉』と一直線上にあるものとして捉えています」と話すのは、代表の袈裟丸聡美(けさまる・さとみ)さん。
「相談を受けて、必要だと判断した場合は動物を保護しますし、各専門機関や行政とも連携して、相談者さんを福祉サービスなどにおつなぎすることもあります。犬猫の問題に限らず、その背景にある課題の根本的な解決を目指しています」
お話をお伺いした袈裟丸さん
「たとえば『もう飼えない』『不適切飼育がある』などの連絡をもらった時に、飼い主さんによくよく話を聞いていくと、職を失った、病気をした、離婚した、家族の介護、引っ越したなど、飼い主さん本人の環境に変化があり、混乱の中にあることが少なくありません」 「相談に乗って解決できることもあれば、やはりどうしても難しいということもあります。殺処分対象になることは避けたい。私たちが目指すところは、『一緒に問題を解決すること』。お話を聞きながら問題の根本を探り、その方や家族の環境を整えることで、犬猫がより良い環境で生きられるように、公的機関とも連携して福祉の面でも支援します」
◆身近な動物の問題の背景には必ず、人間関係や個人の抱える事情がある
真冬、「3日間鳴き続けている」という通報を受けて駆けつけたところにいた3匹の子猫。「水浸しの冷たさに耐えきれず、細い木切れにつかまっていました。出られず亡くなってしまったのでしょう。子猫が通るような場所ではなく、明らかに遺棄でした」
「犬猫をはじめとする動物の問題が、それだけで起きているということはまずありません。そこには必ず、人間関係や個人の抱える事情、精神的な不具合などの背景があります」と袈裟丸さん。
「人は皆、『やさしい関係に身を置きたい』という本能を持っています。それが外の人間関係で作れなかった時に、犬や猫を相手に無意識下に自分の中で作ろうとしてしまうことがあります。でも、それは管理能力とは別物なので、世話できない数の動物を飼ったり、結果的に放棄してしまうということも起きます」 「周囲に馴染めず、孤立して生きている人が動物に依存してしまうのも当然で、精神的な問題を抱えていたり、知的障害や発達障害、高齢で認知機能が衰えていたりして、十分な判断ができないこともあります」
ほとんど身動きできない短いリードでつなぎっぱなし、糞を避け続けた鼻は溶けてしまっていた犬。
「終生飼育を覚悟で引き取った時にはすでに14歳。奇跡的に里親さんが見つかり、幸せなひとときを過ごしました」
「普段の生活の中ではあまり幸せや心地よさを体験できなかった場合、温かい、おいしいといった感覚と同じように、動物に触れて『ふわふわで気持ちいい』『かわいい』と幸せを感じると、再びその幸せを感じたいと思う」 「『きちんと飼う』という責任が果たせればそれで何も問題はないのですが、そこには至らず、幸せを感じたいためだけに動物を飼ってしまうことが問題です。ただ、そこに対して批判や指導をした場合に、逆効果になってしまうことがあります。背景にある問題を注意深く探り、もし支援が必要なのであれば、手を差し伸べることが大切なのではないでしょうか」
◆「同じ動物好き」として対等に関わっていく
「初めて親子の猫を保護した時、衝撃を受けました。今のお世話の基本は、すべてお母さん猫から教えてもらいました。販売される場合、できるだけかわいい期間が長いように、早くから親と離して流通ルートに乗せます」
ある家庭に、猫の多頭飼育崩壊で介入したという袈裟丸さん。
「いわゆる機能不全家族でした。両親は子猫が好きで、とにかく家に連れてきてしまう。でも、好きなのは小さな時だけで、大きくなると興味を失い、猫たちを一つの部屋に閉じ込めて、少量のフードをばらまいておくだけだったようです」 「不妊去勢もしていないのでどんどん繁殖するのですが、与えられるご飯は少量で、かつ部屋の環境も悪い為、弱い子は亡くなり、その死体を他の猫たちが食べるという恐ろしい状況に陥っていました」
糞尿にまみれ、掃除もしていない部屋はにおいもひどく、猫の死体の片付けをしていたという二人の子どもたちはにおいが原因でいじめられて不登校になり、成人になった今でも引きこもりがちだといいます。
「行政が何度かアプローチを試みたようですが、ご両親と接触はできませんでした。猫の問題を受けて、私たちが介入することになりました。批判や否定をするとそこで拒絶され、関係性は終了してしまいます。そうすると、猫たちを助けることもできません」 「自尊心を傷つけないように、『猫、かわいいよね』という猫談義から入って徐々に関わりを深め、『今までこれだけの数の猫のお世話をしてくれてありがとう。でも増え続けても大変だし、私たちが不妊手術のお手伝いをするけど、どう?』とか『ごはんが足りていないようだったら、ペットフードを渡すよ』といったかたちで徐々に信頼してもらい、状況改善の意欲を高めていきます」
高齢や病気などで里親を見つけることが難しい30匹ほどの猫たちを自宅でお世話している袈裟丸さん。
「猫は、縄張りや関係性が難しいとされていますが、安心して暮らせる場所では、穏やかにルールを守って暮らす知的な生き物です」
「『同じ立場の、猫好きの仲間』という立ち位置で、『猫を好きでいてくれてありがとう』とその人の心のピュアな部分に焦点を当てて尊重します。どんなに不適切に見えてもその人なりの正義があったりするので、そこはしっかり受け止めます」 「認めてもらえて初めて、相手の話を聞けるもの。そうやって少しずつ関わりを持っていきます。ただ、ひとつの問題が解決したら終わりとは限らないので、困ったら気軽に連絡をもらえるような関係を持ち続けています」 「このケースの場合、子どもたちが不登校になった時が問題発見のチャンスだったと思います」と袈裟丸さん。
「子どもの不登校だけを切り取ると、家庭が抱える全体的な問題は見えません。家庭の問題を包括的に捉えることがないまま、『本人がいきたくないんだから、意思を尊重して、いかなくてもいいよね』で終わってしまう。しかしそれでは、家庭の本当のSOSを見逃してしまう。大きな問題だと思います」 「犬猫の置かれた立場も同じです。さまざまなことが複雑に重なり合って問題が起きているのに、一つのことだけを切り取っても、根本的な解決にはつながりません。『動物の問題だけが単独で起きていることはない』ということは、そういうことなんです」
◆「気にしてくれる人だけに任せるのではなく、 社会全体で解決していくことが大切」
保健所から相談のあった現場。
「亡き兄の形見の猫と家を引き継ぐため、実家に戻られた一人暮らしの男性です。しかし周りからは行政に『苦情』として持ち込まれ、『指導』の名のもと、責められ続けていました」
「起きている出来事の表面だけを切り取り、『誰が悪い』『何が悪い』と批判するのは簡単」と袈裟丸さん。
「そのような風潮が、一方でうまく生きられない人たちをより窮地に追いやり、動物たちが犠牲になるような社会の歪んだ構図を助長していると感じています。動物たちの命をその時は救えても、人の抱えている問題が解決しなければ、また同じことが繰り返されてしまいます」 「私たちは地域猫活動(地域の飼い主のない猫の不妊去勢手術を行い、一代で終わる命を大切に、地域で暮らせるように管理していく活動)にも力を入れていますが、地域の猫のことを気にかけ、手を差し伸べてくださる方が、『あそこの家が餌をやるせいだ』とか『あそこの猫がうちの庭を横切った』『庭に糞をされた』と犯人扱いされたり、下手すると被害届を出されるような、おかしな事態が起きています」 「犯人探しをして個人を批判している限り、問題解決はおろか、地域の分断や孤立をさらに深めることにしかなりません。社会の問題として、まずは行政がしっかりと認識していく必要があります。そして社会システムが抱えた歪みを、やさしい誰かに押し付けるのでなく、皆で解決していかなければなりません」
◆「命は皆、同じく等しい。同じように尊重されるべき」
地域猫活動にも力を入れている。「地域猫活動は、もともと地に着いた生き物である猫と今後もうまく共生していくために考えられた方法です。不妊手術をして一代で終わる命を大切に共に過ごす。何よりも地域の理解を得ることが必要です」
小さい頃から動物が好きで、「大きくなったら裏山を買い取って、行き場のない動物たちを集めてお世話したい」という夢を持っていたという袈裟丸さん。
現在の活動の根幹を成す「人が幸せでなければ動物は幸せになれない」という意識は、かつて袈裟丸さんが10年間、うつ病を患った経験からだといいます。
「きっかけは高齢の両親の介護と、病弱だった幼い子ども2人の子育てが重なったこと。単身赴任の夫は、数か月に1度しか帰れませんでした。要領よくこなせるタイプだったはずなのに、どれだけ頑張っても行き詰まり、ついに動けなくなりました。母思いの長女は不登校に、次女は泣き言を言わない子になっていきました」
「焦燥感と身動きできない身体、何より、大切な子どもたちの悲しそうな様子。希死念慮に襲われる中、黙って寄り添い続けてくれる2匹の猫と、不安な夜中に付き合ってくれる1匹の犬の温かさ、彼らの命の重みがその体温を通じて、私に安心を伝えてくれました。その重さは、人のそれと何ら変わることはなく、むしろ無垢な故にさらに尊いものと感じたのです」
「人に身を寄せ、甘えた表情の2匹。彼らのいた環境は、2度の手術を必要としたその姿から想像できるようにひどいものでした。でも、ようやく信頼を知り、幸せがあふれています。穏やかで優しい世界で生きることを望んでいることを、心に留めていたいものです」
「うつ病は、通院の車窓から事故死した猫を見たことで転機が訪れました。必死につらい冬を生き延び、やっと春が来たとたん、何の落ち度もないのに亡くなってしまった…。世の中には、努力や理屈とは無関係に、理不尽なことや不幸なことが起きる。原因追求できることばかりではなく、ましては本人の責任などではありません」
「この経験が、誰でも弱者になるし、弱者であるからこそ、その視点に立って考えない限り、解決の糸口は見つからない、という考え方になった気がします。言葉の通じない生き物たちはなおさらです。身近な生き物や人の立場に思い至れる社会を作っておかないと、やがて自分に跳ね返ってくるでしょう」
「『最後まで面倒をみられないんだったら、最初から手を出すな』という、まことしやかにささやかれる言葉があります。でも私は、そうやって相手を責めるのはおかしいと思います。目の前に消えそうな命があった、思わず手を差し伸べてしまった、素敵なことですよね。関わりもしない第三者が、表面だけを切り取って批判することこそ無責任です」
「その場その場で、その人がとった精一杯の行動を『ありがとう』『よくがんばったね』と言える社会であってほしい。人同士、あるいは犬や猫も同じですが、互いを思いやり、否定ではなく尊重できる社会であってほしいと願っています」
「JAMMIN(ジャミン)」は京都発・チャリティー専門ファッションブランド。
「チャリティーをもっと身近に!」をテーマに、毎週さまざまな社会課題に取り組む団体と1週間限定でコラボしたデザインアイテムを販売、売り上げの一部(Tシャツ1枚につき700円)をコラボ団体へと寄付しています。
創業からコラボした団体の数は400超、チャリティー総額は8,000万円を突破しました。