《多頭飼育崩壊が急増》
犬2匹、猫6匹と暮らすA子さんがペットを手放した“切迫したワケ”
「家賃が払えない」「アニマルホーダーの5割が生活困窮者」
2023年2月23日(木)
コロナ禍で火がついた「ペットブーム」。
2021年に一般社団法人ペットフード協会が発表した調査結果によると、1年以内に新たにペットとして家庭に迎え入れられた犬猫の頭数は、2019年に比べ2020年に約132,000頭、2021年に約142,000頭が増加しているという。
愛くるしい動物たちが人々を癒す一方、無責任な飼育によるトラブルも社会問題化している。
NPO法人にゃいるどはーと代表の東江ルミ子さんはこう語る。
「何匹から“多頭”という定義がないので、数字で多頭飼育崩壊を語るのは難しいのですが、明らかにここ数年で増えています。体感的には前年の倍くらいで増えているでしょうか……。これまで何度もレスキューに行きましたが、現場は壮絶です。猫が糞尿まみれになっていたことや、10匹単位で死んでいたケースもありました」
◆猫のトイレ用の砂がいたるところに…
A子さんはこの自宅で犬2匹と猫6匹と暮らしてきた ©文藝春秋
東京都八王子市で犬2匹と猫6匹と暮らすA子さんも同様のトラブルを抱えていた。
生活保護を受けながら生活しており、経済的な理由などからペットを手放すことになった。
2月14日、動物保護団体のNPOがA子さんの飼っている秋田犬と猫4匹を引き取ることになった。
記者はその現場に立ち会った。
A子さんは2LDKの賃貸マンションで一人暮らしをしている。
寝室である和室には服が床に散らかっており、足の踏み場もない。
障子の下半分は破れ、猫が爪とぎをしたのか壁紙がところどころはがれている。
猫のトイレ用の砂がいたるところに散らばっており、床にはホコリが溜まっている。
A子さんはこのマンションに十数年住んでいたが、家賃や光熱費を数カ月滞納したために管理会社から退去を求められ、転居を余儀なくされた。
「少し前までは牛丼屋で働いたり、夜の仕事をしたりしていましたが、体調もよくなくあまり仕事ができなくて……。自分の甘えもあると思いますが、今は生活保護で暮らしていて、自己破産の手続きも始めました。この状況で8匹のペットと暮らしていくのは難しいので、NPOに保護を依頼しました」
◆「かわいそう」「助けたい」という気持ちから…
A子さんは8匹のペットのうち、秋田犬と猫4匹を手放すことを決めた。
ほかの犬や猫は、A子さんやA子さんの娘が継続して飼育していくという。
一体なぜ、たくさんのペットを抱えることになってしまったのか――。
A子さんが語る。
「動物を助けたいという気持ちで20年以上前から犬や猫などの保護活動を始めました。スーパーで猫の里親を募集しているポスターを見ると、かわいそうになってしまって……。シングルマザーの私は当時から生活保護を受けたり、自己破産の手続きをしたりと生活は苦しかったですが、なんとかしのいできました。 秋田犬はインターネットの掲示板で里親を募集していると知り、生活保護の身ではありましたが、数カ月前に飼い始めました。ですが、家賃も払えなくなってしまい、引っ越しをするにあたってどうしても飼い続けられなくなってしまいました」
◆生活困窮者が5割を占める「アニマルホーダー」
別の場所で暮らすA子さんの娘も、保護の現場に立ち会った。
娘はこう明かす。
「私が中学生のころも、ただでさえ生活が苦しいのにペットが増えていくので不安でした。昔から母は片づけられないし、物をため込んでしまう性格で……。育てられる人が育てたほうがいいと母に伝えましたが、聞く耳を持ってもらえませんでした」
経済的にも生活が大変な中で、ペットの数が多いと感じることはなかったのだろうか。
A子さんは言葉少なに答えた。
「行き場のない犬や猫がかわいそうだと思う気持ちと、大家族にあこがれがあって、どこか寂しい気持ちがあったんだと思います……」
A子さんのような多頭飼育者は「アニマルホーダー」ともいわれる。
離れがたそうにA子さんに寄り添う猫
欧米で「ホーダー」とは、ゴミや物を捨てられずに集めてしまう精神疾患を持つ人に使われる用語で、適切に管理できない頭数の動物を抱えてしまう人のことを指す。
アニマルホーダーの中には、不衛生な環境が与える影響のほか、悪化する動物の健康状態を認識できないケースもある。
保護団体によると、A子さんの犬と猫はおおむね体調に問題はなかったという。だが、秋田犬の爪は外側に伸びきっており、十分な散歩がされていなかったとみられるという。
今後、避妊手術などを経て、適切な飼育環境で育てられる人たちの元へ届けられる予定だ。
経済的に困窮しているのにもかかわらず、多頭飼育に陥ってしまうのはA子さんだけではない。
雑然とした部屋
A子さんの体調が思わしくなく、生活を整える余裕がないという
環境省が2019年、自治体に対して多頭飼育者の生活についてアンケート調査を実施したところ、経済的に困窮しているかを問う設問について、「あてはまらない」「あまりあてはまらない」が2割程度だったのに対し、「あてはまる」「ややあてはまる」が全体の53%を占めた。
この調査で、困窮状態にある人のうち 4 割が生活保護受給者であることもわかった。
そもそも生活保護を受給しながらペットを飼うことは法律上、問題ないのだろうか。
厚生労働省によると、生活保護法上、ペットの有無は受給条件に該当しないという。
担当者は次のように説明する。
◆「ペットは精神的なよりどころ」だが飼育費の上乗せはない
「生活保護の受給申請にあたり、ペットについては特に規定はありません。ただ、生活保護は『最低限度の生活』を保障するもので、受給者が生活を維持していくためのものです。このため、ペットにかかる費用は生活保護費の範囲内で捻出するしかなく、飼育費の上乗せはありません。多頭飼育や飼育の継続が困難になるなどの問題が発生した場合には、自治体が指導することになります」
経済的に困窮している世帯で、多頭飼育が発生した場合、どのような対応をしているのだろうか。
八王子市役所の職員はこう話す。
「動物が精神的なよりどころになる場合もあるので、生活保護受給者だからといってペットを飼わないよう指導することはありません。また、受給者に対してペットの有無を聞くこともないです。年に数回、受給者宅にケースワーカーが訪問して初めてペットがいることが分かることもあります。そういった中で、多頭飼育崩壊が起きている場合は指導すると思いますが、八王子市で過去にそういったケースは思い当たりません」
◆「面倒をみることができる頭数を考えて」
前出のNPO法人にゃいるどはーと代表の東江ルミ子さんによると、A子さんのように生活に困窮しているのにも関わらず管理できない頭数を飼ってしまうケースは多く、保護の依頼が後を絶たないという。
「『お金がない』という理由で、私たちのような団体にペットの保護を依頼し、医療費なども支払わず丸投げしてくるケースが本当に多いです。『殺処分がかわいそうだから』と建前は立派ですが、自分自身の責任を放棄し、命を見捨てていることに何ら変わりはありません。 『ペットを飼わないで』とは言いませんが、とにかくまずは面倒をみることができる頭数を考えてほしい。それが大前提です。犬や猫は喋ることができませんから、どれだけ劣悪な環境でも文句は言いません。それに甘えてはいけないのです。厳しいことを言うようですが、自分自身の管理ができない人に動物の管理はできません」
飼い主から手放されてしまった秋田犬。
奇しくもこの日はバレンタインデーで、6歳の誕生日だった。
A子さんは自身のペットが保護団体の車に乗り込むのを見送ったあと、涙ながらにこう語った。
「本当に犬と猫には申し訳ない気持ちでいっぱいです……。これから生活を立て直して、二度とこういうことがないように生きていきます」
飼い主から手放されてしまった秋田犬、保護団体の車に乗り込む
「文春オンライン」特集班/Webオリジナル(特集班)
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