「ペットブームの陰で経営改革を迫られる動物病院」
経営と診療の分離がいま求められている
2023年2月6日(月)
コロナ禍にともなう在宅時間の増加や、高齢者や単身世帯の癒し需要などで、ペットの飼育がブームになっているという。
「ペット関連のマーケット自体はずいぶん前から拡大を続けており、市場規模1.5~1.6兆円ともいわれている」と語るのは、神奈川県を中心にプリモ動物病院グループを展開する生田目康道氏。
ペットブームの中で見えてくる動物病院の課題と、これから果たすべき役割とは何か。
生田目氏の近著『「人」が育つ組織 首都圏最大規模の動物病院グループが大切にするチームマネジメント』から一部を抜粋、再編集して解説する。
ペットブームの中で見えてくる動物病院の課題と、果たすべき役割とは(写真:アオサン/PIXTA)
■ペットにお金をかける人が増え続けている
マーケット拡大の背景にあるのはペットの家族化です。
昔は、飼い犬の多くは雑種犬で、お手製の犬小屋で暮らし、餌はボコボコに凹んだ鍋で食べている。
今だったらかわいそうと思われてしまうかもしれませんが、昭和から平成初期くらいまでは、そんな風景をあちこちで目にしました。
それが、特定の犬種がブームになったり、小型犬が人気を集めたりといった時代の変遷を経て、家の中で飼うスタイルが主流になり、ペットは人とともに暮らす「コンパニオンアニマル」へと変わってきたのです。
この変化に歩調を合わせるように、ペット関連のマーケットは拡大してきました。
ペットフードはどんどん高品質になり、ペット用の衣服やケアグッズ、衛生用品といった関連商品も充実しています。
もちろん医療も例外ではありません。
ペットという〝家族〟の健康を託される動物病院には、これまで以上に機能が求められるようになり、動物医療そのものの高度化や専門分化へのニーズも高まってきました。
いまでは、CT、MRI、超音波検査なども受けられるようになってきていますし、救命救急医療も存在します。
腫瘍の研究や再生医療の研究といった人間の医療でもホットな領域についても、かなり注力されています。
麻酔の技術をはじめ、手術用の道具や検査用の機材などが日進月歩で新しくなり、種類も格段に増えました。
こうして見ると動物病院の経営も順風満帆のように思えるかもしれませんが、話はそう単純ではありません。
むしろ私は、いまが動物医療という産業の変革期であると感じています。
■一部の動物病院は利益を減らしている
そもそも、ペットの飼育頭数に対して動物病院は供給過剰気味で、競争が激しくなっています。
ペットを対象とする動物病院の施設数は、2021年の農林水産省への届け出数としては1万2千435施設。
2018年が1万1千981施設だったことから、この3年間は1年あたり約200のペースで施設が増えている計算になります。
一方で、一般社団法人ペットフード協会が出した「2021年全国犬猫飼育実態調査」によると、犬の飼育頭数は約710万頭、猫は894万頭と推計されており、犬については2016年以降6年連続で減少。
猫については2021年にわずかな増加があったものの、ほぼ横ばいの状況が続いています。
動物病院の数は増えているにもかかわらず、ペットの飼育数の伸びはあきらかに止まっているというのが、現在の動物病院とペットを巡る状況です。
ビジネスとして見れば、事業環境は厳しくなっていると言わざるをえません。
犬の飼育頭数が伸びていた頃を思い起こすと、春の決まった時期にワクチンを打っているだけでも利益が伸びていくだろうという楽観的な経営でも成立してしまう状況でした。
それも頭打ちになり、勢いが衰えたところで、ペットビジネスに本格的な変化の波がやって来ています。
動物病院の専売だった商品がより安価にネット通販で購入可能になるなどして、一部の動物病院は利益をかなり減らしているのです。
そこで新たな顧客を得るために、診療できる科目の領域を広げようとする動物病院も出てきましたが、新たな戦力となる獣医師を自分たちの病院に迎え入れ利益をあげていくのは簡単なことではありません。
優れた人材を得るための採用にはじまり、組織の再編成、機器類の購入、集客のための宣伝などさまざまなハードルがあります。
多くの動物病院が、これまでそういったノウハウを蓄積していないのですから、獣医師を増やすためのコストだけがかさみ、経営を圧迫するという事態も起こっています。
動物病院の経営は、これからさらに厳しい時代を迎えるとわたしは睨んでいます。
特に今後の経営に影響を与えそうなのが、スタッフの労務管理のリスクやペットオーナーの方々とのやりとりにおける訴訟リスクなどです。
動物病院は個人経営が多く、なかには人間関係だけに頼って労務管理を徹底していないところもありますが、「ペットの命に向き合う仕事なのだから、残業には目をつぶってくれ」という考えはもはや通用しない時代です。
いわゆるブラック企業的な労働環境を続けている動物病院のコンプライアンス違反は、経営上の大きなリスクにつながります。
また、ペットオーナーのなかで、〝ペットの地位〟が上がっていくにつれ、動物の扱いや医療ミスからの訴訟が発生するリスクも、どんどん高まっていくでしょう。
そして動物病院は今後、間違いなく「もっと便利に」というペットオーナーからの強いプレッシャーに直面するはずです。
他の業界では当然となっている予約システムや評価サイト、電子決済への対応などは、動物病院でも遠からず不可欠になるでしょう。
■経営と診療を分離させる
そんな現実があるからこそ、わたしは経営と診療を分離させて、チーム経営を行う必要があると考えています。
多くの動物病院は、院長である獣医師が経営も兼任しています。
しかし獣医師は診療で忙しく、経営の仕事にほとんど時間を割けていないのが実態ではないでしょうか。
獣医師には、ある程度の自己犠牲もいとわない社会的な仕事であるという、尊い想いがあります。
獣医師や動物病院のスタッフが犠牲になって懸命に働くことが、ある種〝あたりまえ〟になっている面も否定できません。
このような環境である程度経験を積んだ獣医師が独立し、新たに動物医療を開業するのが典型的な獣医師のキャリアです。
そうして同じような個人経営の動物病院が再生産されていきます。
そもそも獣医師には、動物病院の経営を学ぶ機会すら十分に用意されていません。
これまではそれでも成り立ってきたかもしれませんが、先述したような今後の課題に、経営という視点を欠いたままで対応していけるのでしょうか。
経営とは、端的にいえば仕組みです。
私は獣医師の資格も有していますが、経営に専念することで自社で運営する動物病院を9施設まで拡大してきました。
各病院の院長のほかに、院長を束ねるリーダーとして総院長を配置し、病院のさまざまな相談に乗るサポート部門としてスーパーバイザーを置き、診療以外の財務や労務などを受け持つ管理部門も設置。
こうして組織化することで、獣医師やスタッフの労働環境を改善し、ペットオーナーの要望に応える体制を整えてきました。
■動物医療の価値はもっと高まる
こうして経営の基盤をしっかりと固めることではじめて、動物医療は次のステップへと進むことができます。
動物病院がいままで以上に便利なものになるよう、わたしたちは走り続けてきましたが、この世界には足りていないものがまだたくさんあります。
いままさに、その足りないものを補うスピードを上げていこうとしている最中です。
例えば、動物医療に関わる人間の知識・専門性をもっと深く、そして広く、ペット関連ビジネスのなかに活かしていくこともその一つです。
そのためには、さまざまな人たちとの連携を恐れず、共創型ビジネスを展開していくことが欠かせません。
コラボレーションを通じてつくり出せる、ペットオーナーの方々にとっての「便利」は無限にあるでしょう。
トリマーやドッグトレーナーのようなペット系専門職との連携で生み出せる便利、または、ペットショップとの連携から生み出せる便利もあるに違いありません。
「動物」という枠組にとらわれない発想を持てれば、考えもしなかった異業種とのコラボレーションでイノベーションを生み出せるかもしれません。
地方自治体との連携からも、なにかがつくり出せるでしょう。
動物医療の世界はこれまで、「共創」という発想でなにかをつくり出すことに対して臆病だったかもしれません。
その結果、獣医学上の裏付けのない商品やサービスが一部で広がったという面はあります。
また、近年は、ペット領域や動物医療領域においてもテック系ベンチャーが登場し、さまざまな課題を解決しようと奮闘しています。
今後もペット関連のマーケットは拡大していくでしょう。
高度化、専門分化する診療に応えていくことは当然のこととして、診療以外のプロダクトやテクノロジー、サービスにも知識と経験を還元していくことが、動物医療に携わるものの社会的な価値だと思います。
生田目 康道 :JPR代表取締役社長、獣医師企業家