猫の寿命を30年に
腎臓病の治療薬 完成間近
東大辞め起業の宮崎さん
2023年1月29日(日) 東京新聞
猫で最も多い病気とされる、腎臓病の治療薬開発に取り組んでいる医師がいます。
昨年3月末に東京大学大学院医学系研究科を退職して立ち上げた研究機関「AIM医学研究所」の代表理事の宮崎徹さんです。
一昨年夏、研究費が打ち切られ中断を余儀なくされましたが、苦境が報道されると、全国の愛猫家から3億円近い寄付金が殺到し、開発もヤマ場に近づいています。
宮崎さんは「猫の寿命は15~20年だが、30年に延ばすことも可能」と、薬の可能性に期待します。
(小沢慧一)
「猫も人も健康寿命を延ばせる薬を作りたい」と話す宮崎徹代表理事=東京都新宿区のAIM医学研究所で
開発中の治療薬は、人や動物の血液の中にある「AIM」というタンパク質を活用するものです。
体の細胞はタンパク質でできていて、日々新しいものに入れ替わりますが、その過程で老廃物の「ごみ」が生まれ、それが体内にたまると、さまざまな病気の原因になります。
AIMの役割は、例えるなら粗大ごみを収集するときに張り付ける「収集シール」のようなものです。
血液の中には体の老廃物を食べる免疫細胞「マクロファージ」がありますが、目印がなければ、どれがごみなのかわかりません。
AIMは普段、抗体の一種の「IgM」とくっついていますが、ごみがたまるとIgMから離れ、自らごみとくっついて「ここにごみがある」とマクロファージに伝えます。
自分もろともマクロファージに食べさせることで、ごみを処分するのです。
●たまたま
猫は先天的にAIMがIgMから離れにくく、うまくごみを排除できません。
その結果、多くの猫が腎臓病になって命を落とします。
腎臓は老廃物をろ過し尿として排出する器官なので、ごみが増えて目詰まりすると働きが落ちてしまうのです。
宮崎さんは「猫の死亡原因の1位はがんで、2位は腎臓病。だが、がんで死んだ猫を解剖すると腎臓はぼろぼろ。直接死因はがんが多くても、猫の腎臓病の罹患(りかん)率は100%とも言える」と説明します。
宮崎さんがAIMを発見したのは、1999年、スイス・バーゼル免疫学研究所で研究していたときです。
免疫に関係する新しい分子を探していてAIMを発見しました。
正体を突き止めようとしましたが、免疫関連のタンパク質だという先入観があったため、なかなかわからなかったといいます。
転機が訪れたのは、米テキサス大で免疫学の研究を続けていた2003年ごろでした。
コレステロールの研究で1985年にノーベル医学生理学賞を受けたマイケル・ブラウン教授に大学の廊下でたまたま出会いました。
「やあ徹、研究はどうだ」と声をかけられ、「なかなかAIMの正体がわからなくて」と答えました。
するとブラウン教授は「太ったマウスで研究してみたらどうだ」とアドバイスをくれたといいいます。
「肥満は関係ないのでは」と思いつつ調べると、AIMが足りないマウスは太りやすく、AIMを注射すると痩せることに気づきました。
肝臓を調べると、たまった脂肪から肝臓で生まれるがん細胞まで、AIMの働きで掃除されることがわかりました。
肝臓病や腹膜炎のマウスにも試し、約5年かけてAIMの役割を解明しました。
●研究中断
ブラウン教授の助言について宮崎さんは「自分の研究が肥満だから、特に考えなしで私に勧めたのだと思うが、それが発見につながった。違う分野の人ともフランクに話して、助言がもらえるところが米国の大学の面白いところ」と振り返ります。
人の腎臓病の罹患率は10~15%。
宮崎さんは「AIMを使えば、人工透析の負担を3分の1程度に減らしたり、透析しなくてもいいようにしたりできるかもしれない」とみて人の薬の開発を目指していました。
ところが、獣医師から「猫は腎臓病になりやすい」と聞いたことをきっかけに、13年から猫の治療薬も開発を始めました。
「猫の腎臓病薬ができれば、難しかった人の治療に応用できる」との思いがあったと言います。
以後、人の薬は国の研究費、猫用は企業からの資金提供で開発を進めていました。
ですが21年夏、コロナ禍の経済的な理由で企業の資金が打ち切られ、中断せざるを得なくなりました。
●寄付続々
しかし、それが報道されると愛猫家から大学を通して寄付が相次ぎ、これまで約2万人から計3億円近くが寄せられました。
数百円から1000万円近い寄付をした人も。
「こんな大騒ぎになるとは。いかに期待されているか知り、何とかしなければと責任を感じた」といいます。
研究段階では、AIMを注射することで余命1週間と宣告されていた猫が劇的に回復する例も出ており、猫の治療薬は、早ければ24年中にも承認されることを目指しています。
寄付金は、ほとんどを猫薬の研究開発に充て、一部を研究所の運営に使うといいます。
今も同研究所HPから寄付できます。
宮崎さんは「医学の研究をして、これだけ一般の方に応援してもらえることはなかった。愛猫家の方々の恩に報いるためにもまずは猫の薬を完成させ、将来は人の健康寿命も延ばせるようにしたい」と力を込めました。
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世紀の大発見「AIM」で、猫の寿命が2倍に!
しかも、人間のさまざまな病気にも活用可能。
人も猫も、もっと長生きできる未来が来る。
日本では1000万頭近い猫が飼われているといわれますが、その多くが腎臓病で亡くなっています。
猫に塩分を控えた食事をさせて日々気をつけていても、加齢とともに腎機能は必ず低下してしまいます。
そんな猫の腎臓病の原因は、これまでまったく不明でした。
そんななか、宮崎徹先生が血液中のタンパク質「AIM(apoptosis inhibitor of macrophage)」が急性腎不全を治癒させる機能を持つことを解明しました。
猫は、このAIMが正常に機能しないために腎臓病にかかることもわかったのです。
この AIM を利用して猫に処方すれば、腎臓病の予防になり、猫の寿命が大幅に延び、現在の猫の平均寿命である15歳の2倍である、30歳まで生きることも可能であるとされています。
──
これは、愛猫家にとっては、とてつもない朗報です。
さらに、AIMは、猫だけでなく人間にも効き、また腎臓病だけでなくアルツハイマー型認知症や自己免疫疾患など、これまで〈治せない〉と言われていた病気にも活用が期待されます。
本書は、最新医療の研究現場のリアルを伝えます。
著者:宮崎 徹 著 岩合 光昭 表紙カバー写真
出版社:時事通信社
出版年月日:2021/08/12
定価:1,980円(本体1,800円+税)
<目次>
はじめに――ヒトの医者、ネコの薬に挑む
序 章 「余命1週間」からの復活
第1章 臨床から基礎医学の世界へ
第2章 研究の修行時代
第3章 謎のタンパク質「AIM」との出会い
第4章 〈治せない病気〉とAIM
第5章 AIMによる〝ゴミ掃除〟と腎臓病
第6章 ネコの腎臓病とAIM
第7章 腎臓病のネコにAIMを投与
第8章 ネコ薬の開発
第9章 臨床試験に向けて
第10章 新型コロナウイルスとAIM