盲導犬候補の子犬がついに旅立ち
約10か月を見守ったボランティア一家の奮闘記
2022年12月17日(土)
盲導犬候補のパピー(子犬)を預かり、家族として約10か月間をともに暮らすボランティア「パピーウォーカー」。
Hint-Pot編集部では、今年1月からこのボランティアに挑戦した古澤さん一家の日常を追ってきました。
そしていよいよ、パピーとお別れする日が。
本格的な訓練に入るため、パピーウォーカーのもとを離れ、日本盲導犬協会の日本盲導犬総合センター「盲導犬の里 富士ハーネス」に向かうパピーと、その姿を見送る家族……
12月初旬に「富士ハーネス」で行われた修了式の様子をお届けします。
修了証を手にする古澤真由美さん【写真:Hint-Pot編集部】
◇ ◇ ◇
◆きょうだい犬6頭とその家族が勢ぞろいした会場
穏やかな日差しに恵まれ、美しい富士山が姿を見せた朝。
「富士ハーネス」を訪れたのは、Hint-Pot編集部が取材を続けた古澤さん一家&パピーの「ジェニー」と、同様にパピーを預かり育てた5組のご家族です。
この日に修了式を迎える6頭は、ラブラドールレトリーバーの父犬「ルバーブ」と母犬「サラ」を両親に持つ子犬たち。
8頭いるきょうだいのうち6頭が、ここ「富士ハーネス」からそれぞれのパピーウォーカーに委託され、健康に育ちました。
修了式を迎える前の古澤さん一家とジェニー【写真:Hint-Pot編集部】
修了式の始まりは、センター長の佐野さんによるボランティアへのお礼の言葉から。
佐野さんは、「人間との信頼関係を形成する多感なパピーの時期を優しい家族と過ごすことで、盲導犬としての資質を育てる」という目的を改めて解説しました。
そうしたお話を聞いている間、犬たちはそれぞれの家族の足元でくつろいだ姿を見せ、10か月間で築かれた「信頼」をうかがわせてくれます。
その後は、これからどのような訓練を行うのか、また今後パピーと会うことはできるのかといった疑問への回答とともに、ボランティアの家族を支えてきた訓練士からお礼の言葉が。
それぞれのパピーと家族への思い出も語られました。
ちなみに、今後の訓練内容は主に2つ。
視覚障害者の歩行を安全にサポートできることを目指す歩行訓練と、指定の言葉「ワンツー」と言うと排泄ができるようにすることです。
決して厳しく「しつける」のではなく、遊びを通してその犬の長所を伸ばし、毎日コツコツと楽しい作業を通して、盲導犬として大切なことを覚えていくそうです。
訓練の時間や日数、ごはんなど、カリキュラムはすべて犬それぞれの個性に合わせて組まれるというから驚きですね。
ただし、盲導犬になれるのは盲導犬の候補として生まれた全パピーの30~40%程度。
今日集まった6頭をこの確率でみると、うち2頭が盲導犬になれるかなれないか……という数なのだとか。
目の見えない、見えにくい方の命にもかかわる仕事に就くため狭き門。
とはいえ、愛情たっぷりに育てられたパピーたちは、たとえ盲導犬にならなくても、介助犬やセラピードッグなど個性に合った道へキャリアチェンジします。
また、一般家庭で育てられるパピーもいるそうです。
そしてもう1つ気になる点といえば、「パピーウォーカーを終えた家族は、将来パピーに会うことができるのか?」。
こちらも丁寧な説明があり、ある程度の訓練を終えてから、再会することができるとのこと。
さらに成長を遂げた犬の姿を見ることができ、盲導犬事業へのつながりを実感する機会となるようです。
◆パピーたちとの別れの時が近づく
そしてそれぞれの家族に修了証が手渡され、集合写真を撮影。
青空の下、雪化粧をした富士山が、出席した家族とパピーたちを祝福してくれているようでした。
お別れの時が近づいてくると、古澤さん一家が預かっていたジェニーは、空気を察したのかもしれません。
訓練士の手から逃げるようにパパの後ろへ。
ママの真由美さんのサポートで何とか家族のもとを離れ、未来の盲導犬としての第一歩を力強く踏み出しました。
ジェニーを抱きしめてお別れを告げる真由美さん【写真:Hint-Pot編集部】
その後、「富士ハーネス」のスタッフの方から閉会の挨拶があり、修了式は閉会。
その挨拶の言葉はとても印象的でした。
「私たちより寿命が短い犬にとっての1年は、人間が感じる以上に長く濃いもの。その時をともに過ごしてくださって、本当にありがとうございました」
一般的に大型犬の寿命は8年から12年ほど。
生まれてからの1年間で、人間なら12歳くらいの年齢まで成長するといわれています。
幼稚園から小学校を卒業するまでの多感な時期を、ボランティア家庭の中で見守られ、愛されながら、たくさんの驚きや楽しみとともに過ごすことがいかに大切か……改めて実感することができました。
◆「ホッとした。これが、今の一番の気持ち」
今年1月にジェニーを迎えてから、ともに過ごした日々をママの真由美さんに振り返っていただきました。
初めて出会った今年1月、まだ両手に抱えられるほどの大きさだったジェニー【写真提供:日本盲導犬協会】
「寂しい思いはもちろんありますが、ホッとしました。やはりお預かりしていた犬なので、怪我をさせることなく元気に送り出すことができたことを、サポートしてくれた家族に、そして日本盲導犬協会の方々に感謝しています。それでも、今日に至るまでの2週間は本当につらかったですね。寂しくて、涙が出ない日はありませんでした。 犬を飼うことが初めてなら、パピーウォーカーも初めて。そのため、私自身にあまり余裕がなかったことが反省点です。もっとリラックスして接してあげたら良かったかも、あれもしてあげたかった、これもしてあげたかった……と、ジェニーのことを考えれば考えるほど、いろいろなことが頭に浮かんできます。 ジェニーは本当にお利口な子でした。私をはじめ、家族の話に耳を傾けてくれる、そんな子だったんです。もしかしたら、察する能力が高いのかもしれません。盲導犬として、その能力がどれだけ役立つかは分かりませんが、もしも盲導犬になれた時は、持ち前の優しい気持ちを、サポートを必要とされている方のために発揮してほしいと思います。 ジェニーとの思い出はたくさんありますが、ある程度大きくなってからは一緒に地元のカフェへ行くことが私の楽しみの1つになっていました。ジェニーとは人間のように言葉を交わすことはできませんが、一緒にいるだけで穏やかな時間を過ごすことができました。 ジェニーはソファなどに座っている間、私の膝に頭をちょこんと乗せるのが好きでした。その姿も印象に残っています。本当に幸せなひと時でした。 今後もボランティアを続けるか、新たに犬を飼うかといったことは、まったく決まっていません。でも、ジェニーからもらったたくさんの愛情を家族と分かち合い、私たち自身も、優しい人間になれるよう、頑張っていきたいと思っています」
【写真】生後2か月でパピーウォーカーの古澤さん一家に迎えらえたジェニーの歩み 両手で抱えられるほどのサイズから大きくなっても甘える姿は変わらず
和栗 恵
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