野生動物のペット化、五つのリスクを知って見直そう
WWFジャパンの専門家が解説
2022年8月16日(火)
ペットとして飼われていた珍しい動物が逃げ出した――。
そんなニュースを目にすることがあります。
WWFジャパンによると、野生動物のペット利用には「五つのリスク」があるといい、2022年8月9日から野生動物のペット化の見直しを呼びかけるキャンペーンを始めました。
専門家が問題点を解説します。
(C)John E. Newby / WWF
【著者プロフィール】
◇浅川陽子(あさかわ・ようこ)
WWFジャパン野生生物グループ及び野生生物取引監視部門TRAFFIC 所属。大学卒業後、官公庁に勤務。JICAの青年海外協力隊としてインドネシアの国立公園で環境教育とコミュニティー開発に携わった後、2018年にWWFに入局。ペットプロジェクトでは、規制強化を担当し、2021年以降、消費者の意識変容に向けた活動に精力的に取り組む。
◆ペットがなぜ今、問題に?
SNSやテレビ番組で人気者のペットたち。
その姿は多くの人の心を魅了します。
しかし、そんな動物のなかに、ちょっと変わった動物たちが含まれていることにお気づきの方もいるのではないでしょうか。
たとえば、サルやキツネ、フクロウ、ヘビなど。
これらの動物は、本来は自然界で生きる野生動物です。
イヌ・ネコ以外でペットとして飼われている動物は、「エキゾチックペット」または「エキゾチックアニマル」と呼ばれます。
そして、このエキゾチックペット、なかでも野生動物のペット利用が今、次の「五つのリスク」を伴う大きな問題となっています。
1.野生動物を絶滅に追い込むリスク
2.密猟・密輸を増加させるリスク
3.動物由来感染症(人獣共通感染症)に感染するリスク
4.動物福祉を確保できないリスク
5.外来生物を発生・拡散させるリスク
1.野生動物を絶滅に追い込むリスク
(C)WWF / Lutz Obelgonner
【写真説明:ペットとして世界的に人気が高い爬虫類。絶滅危惧種のコバルトツリーモニター(Varanus macraei)も日本でペットとして販売されている爬虫類の1種です。現存する世界の爬虫類全種のうち35%以上(3943種)が、ペット取引の対象とされ、さらにその90%の種について、野生で捕獲したと考えられる個体が流通しています。】
現在、世界の各地で野生生物が絶滅の危機にあります。
乱獲や密猟は、その危機の大きな原因の一つですが、ペット市場で販売されている野生動物のなかにも、その犠牲になっているものが多く含まれています。
IUCN(国際自然保護連合)が公開している、絶滅のおそれのある世界の野生生物のリスト「レッドリスト」が、「絶滅のおそれの高い種(=絶滅危機種)」に選定している野生動物の種数は、実に1万6720種。
そのうちの1903種が「ペット・展示利用」による影響を受けていると指摘されているのです。
日本もまた、絶滅の危機が指摘される野生動物を輸入している、ペット消費国。
2017年にWWFジャパンの野生生物取引監視部門TRAFFICが国内で行った市場調査では、販売が確認された爬虫(はちゅう)類606種のうち、全体の18%にあたる108種が、レッドリストの絶滅危機種でした。
また、逆に南西諸島などに生息する日本固有の野生動物が、ペット販売を目的に捕獲され、海外に持ち出されて販売されるケースも後を絶ちません。
さらに、国内外を問わず、数の少ない珍しい野生動物ほど、希少価値があるとされ、高値で取引されるため、捕獲が種の存続に悪影響を及ぼす事態も生じています。
これらはいずれも、対象となる野生動物種の絶滅危機をより増大させ、生息地の生態系を損なう要因になっています。
2.密猟・密輸を増加させるリスク
(C)Michel Gunther / WWF
【写真説明:日本でも人気の高いヨウム。「飼育下繁殖個体」であれば、何も問題がないという訳ではありません。現在の日本の法律では、一度国内に持ち込まれてしまえば、販売されているペットが合法的に飼育下繫殖された個体か、密猟・密輸による個体かを判断できないためです。また、飼育下繁殖されている場合も、近親交配を防ぐために定期的に新しい遺伝子を野生から入れる必要があったり、野生で捕獲する方が繁殖費用より安価であったりすると、野生の個体への捕獲圧が高まるおそれがあります。】
ペットとして利用される野生動物の捕獲や国外への持ち出しは、生息国の法律や国際条約に違反する形で行われることもあります。
密猟や密輸であっても、高いお金を出して買う人がいるため、こうした犯罪が繰り返されてしまうのです。
日本の税関でも、ペット利用のため密輸された海外の野生動物が押収される事案が発生。
2007年から2018年までに、78件、1161頭が押収されました。
しかも、発覚した事例は、密輸全体の一部だと考えられています。
国際的にも野生動物の違法取引問題は深刻化しており、その規模は世界全体で推定年間910~2580億ドル。
年々拡大しているとみられています。
3.動物由来感染症(人獣共通感染症)に感染するリスク
WWF-International (2020), COVID 19: Urgent Call on protect people and Nature
【写真説明:過去100年に発生したウイルス性の感染症。鳥インフルエンザやエボラウイルス病など、野生動物を通じて人に感染が広がった新たな動物由来感染症(人獣共通感染症)の発生は、20世紀後半から急増しました。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)もまた、野生のコウモリが本来持っていた病原体が、人に伝播(でんぱ)して引き起こされたものと考えられています。】
基本的に人と接触することなく、何万年も生きてきた野生動物は、人が知らない未知の病原体を保有していることが少なくありません。
これらの病原体に関する研究はまだ十分に行われていませんが、哺乳類と鳥類が保有し、人間に感染する可能性がある未知のウイルスは、80万種以上とされています。
特に重篤な病気をもたらす病原体を保有している可能性の高い、サル類やコウモリ類などの野生動物は、日本の法律で輸入が禁止されていますが、それでも、販売などを目的に国内に持ち込まれる事例は後を絶ちません。
日本の空港では2007年から2018年までに、185頭のサル類、10頭のコウモリ類が密輸の疑いで差し止められました。
密輸される動物は、検疫なども受けずに国内に持ち込まれるため、何らかの病原体を持っていたとしても、その検出は非常に困難。
最近もサル痘の世界各地での感染拡大がニュースになっていますが、野生動物との直接的な接触には、こうした感染症のリスクも伴う場合があるのです。
4.動物福祉を確保できないリスク
もともと自然の中に生息する野生動物をペットとして飼育する場合、適切な飼育方法や飼育環境についての情報が不足している、あるいは診療を頼める専門の獣医師がいない、という問題が生じがちです。
こうした状況での不適切な飼育は、ペットの遺棄や逃亡につながり、生態系や人の社会などへの悪影響を引き起こすのみならず、飼育動物にもストレスなどの害を及ぼします。
飼育環境を整えることにも難しさがあります。
野生動物を適切に飼育するには、その動物の生態を理解し、自然に近い環境を整える必要があります。
しかし、それを一般家庭で準備し、維持することは容易ではありません。
また、野生動物とのふれあいや展示を売りにしたアニマルカフェなどでも見られる事例ですが、フクロウなどの夜行性の動物を、昼間に無理やり行動させるといった、人間側の生活に合わせた行為を強いることで、過度なストレスを与えてしまう可能性もあります。
野生動物のペット飼育には、動物福祉という観点でも、問題があるのです。
5.外来生物を発生・拡散させるリスク
(C)WWF Japan
【写真説明:テレビやSNSで紹介され、日本中で人気者になったコツメカワウソ。東南アジアの流域に生息しますが、生息地の森の破壊やペット目的の捕獲で、絶滅のおそれが指摘されています。こうした野生動物を保全するためにも、情報発信を手掛けるマスメディアや、個人のSNSでの発信は、野生動物の過剰利用につながらないよう発信内容に注意することが必要です。】
ペットとして飼われている野生動物が、飼育の不手際などで逃げたり、飼いきれなくなって意図的に野外に遺棄されたりすると、その個体が「外来生物」になることがあります。
本来の生息地ではない自然環境に定着し、野生化したこの外来生物は、在来の野生動物を捕食したり、すみかを奪ったり、植生を食い荒らしたりするなどの環境問題を引き起こします。
また、農作物に甚大な被害をもたらす害獣となってしまうケースもあります。
生物多様性を脅かすおそれが特に高い外来生物を「侵略的外来種」と言います。
この侵略的外来種には、アライグマやミシシッピアカミミガメのように、過去にペットとして日本に輸入された野生動物も含まれています。
◆考えるべき適切なペット利用とSDGs
SDGsの17の目標と、169のターゲットに「野生動物」という言葉は出てきません。
しかし、この「ペット」利用される野生動物の現状に目を向けるだけでも、SDGsのゴールに通じる、さまざまな問題があることが分かります。
外来生物は「海の豊かさ」「陸の豊かさ」に、農業などへの被害は「産業」に深くかかわり、動物由来感染症のような疾病が世界中でパンデミックを引き起こせば、人の「健康」や「福祉」はもちろん、「働きがい」や「経済成長」といった人の社会のあらゆる側面に大きな影響が及びます。
ペット飼育は、生物や自然への興味や理解を深め、命の大切さを学ぶ機会になります。
しかし、野生動物をペットとして利用することには、たとえ合法であっても、上記のような多くの環境的、社会的な問題が伴うことを忘れるべきではないでしょう。
そのためWWFジャパンでは、2022年8月から、リスクの伴う野生動物のペット飼育をテーマにした社会行動変容キャンペーンを開始。
動物園と連携し、6種の動物について、野生の生態や習性、それに伴うペットとしての飼育の難しさを切り口に「五つのリスク」を広く伝え、SNSやメディアを通じて、「かわいいから」「珍しいから」という理由で野生動物をペットとして飼うべきではない、という社会的な風潮を作っていくことを目指しています。
野生動物のペット利用に関する問題の解決のためには、法律の整備ももちろんですが、消費者やペット産業に関わる企業が一丸となり、社会全体で取り組むことが大切です。