動物医療:ペットの安楽死 向き合う飼い主は
2015年01月17日 毎日新聞
昨年、脳腫瘍で余命半年と宣告された米国人女性が安楽死で生涯を閉じ、日本でも死生観を巡り議論になった。
日本の法律は、人間の安楽死を認めていない。
ただ、動物医療では規制はない。
愛するペットが安らかな死を迎えるために、飼い主は安楽死と向き合わなければならない時がくるかもしれない。
◇飼い主が最終判断
「ペットと一緒に暮らすということは、そのペットの『命の委任状』を預かっているということ。まず飼い主がその認識を持つことが大切です」。
動物の終末期医療に詳しい日本獣医生命科学大の鷲巣月美教授は言う。
がんなどの病気や突発的な事故で、ペットの「生命の質」を保てないことがある。
「動物医療において、安楽死は治療の選択肢の一つです。時と場合によっては、最後の救いとなります」という。
「自分以外の命の生死を判断する権利があるのか」と、疑問に思う飼い主もいるかもしれない。
鷲巣教授は「ペットの命そのものは飼い主の手の内にあり、権利と同時にその義務がある。その命とどう向き合うかを、最終的には飼い主が決めなければならない」と強調する。
では安楽死はどのような時に選択肢となるのか。
鷲巣教授は「改善の可能性がない呼吸困難や、コントロールできない痛みで、生きていることがつらく苦しい場合」を挙げる。
ただ、ペットの「生命の質」は看護に当たる飼い主の経済的、時間的余裕などの状況でも変わるため、個々に応じた判断が必要となる。
◇獣医で異なる見解
安楽死に対しては、獣医師の中でも見解が分かれ、認めない人もいるという。
記者が以前取材した動物愛護センターでは、改善の見込みもなく病気で苦しむ犬の安楽死を獣医師に断られ、センターに持ち込んだ飼い主がいたという話を聞いた。
「安楽死は非常にストレスのかかる仕事です」と鷲巣教授。
普段からかかりつけ医を持って信頼関係を築き、安楽死への考え方など意思疎通を十分にしておくことが重要だ。
安楽死の際は、ペントバルビタールという麻酔薬が用いられる。
麻酔量を超える大量のペントバルビタールを、点滴と同じ方法でゆっくりと静脈内に入れる。
最初にペットの意識がなくなり、次に呼吸、心臓の順に機能が停止する。
処置中にペットが吐いたり、失禁したり、足を動かしたりする可能性もあるが、「苦しいため起こる行動ではありません。薬液を入れた段階で意識はなくなり、痛みはありません」と話す。
◇「最善の選択」か
愛するペットの安楽死を決断するまでに、飼い主は思い悩む。
家族全員で答えを出す必要がある。
「死に目に立ち会うことで、苦しまなかったこと、静かな最期であったことを確認できる。可能な限り、飼い主には同席してほしい」と鷲巣教授。
例えば小型犬や猫ならば飼い主が抱いた状態で、大型犬ならば敷物を敷いた床に寝かせ飼い主が寄り添うこともできる。
記者自身も12歳目前のメスのシーズーが、乳がん末期で呼吸困難となり、安楽死させた経験がある。水を飲むことも食事をとることもできず、ただ苦しむ愛犬に苦渋の選択だった。
命を奪うことへの自責の念と同時にやっと楽にしてあげられた安堵(あんど)感があった。
鷲巣教授は「安楽死を決断するにあたっては、獣医師と十分に話し合い、ペットにとって『安楽死が最善の選択』だと、飼い主が納得することが最も大切。
納得のいく最期を迎えることができたかどうかは、ペットを失った悲しみからの立ち直りにも大きく影響します」と話す。
【池乗有衣】