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看取り犬

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余命宣告を受けた90代男性
 病院からホームに戻った日、看取り犬はベッドに上がり… 翌日未明に見送る

2022年1月4日(火)   

ペットと暮らせる特養から 若山三千彦

特別養護老人ホーム「さくらの里山科」で昨年11月の終わり、看取(みと)り犬で知られる文福(ぶんぷく)が、また一人、入居者の方を看取りました。
逝去されたのは、寺澤倉人さん(ご家族の承諾を得て実名で掲載、90歳代男性)。
文福が暮らす2-1ユニット(区画)の入居者でした。
寺澤さんが「さくらの里山科」に入居したのは一昨年11月のこと。
実は、奥様が先に入居しており、もう何年も暮らしていました。
奥様が入居した際は、急ぐ必要があったため、空きがあった、ペットがいない普通のユニットに入居しました。
おそらく、奥様は寺澤さんほどには犬が好きではなかったのだろうと思います。
寺澤さんは筋金入りの犬好きだったため、犬と一緒に暮らせるユニットを希望しました。
そのため、夫婦でも別々のユニットで暮らすことになったのです。
「さくらの里山科」では、異なるユニットに入居した夫婦は何組もいます。
その場合でも、互いに部屋を訪れ、一緒に過ごすことができます。
そうやって夫婦の時間を十分に持つことができていました。
寺澤さん夫婦の場合も、本来は一緒に過ごす時間がたくさん持てるはずでした。
しかし、それは許されませんでした。
コロナ禍のせいです。


元気だったころの寺澤さんと文福

寺澤さんが入居したのは、コロナ禍の真っただ中です。
「さくらの里山科」でも、厳しい感染予防態勢を取っていました。そのため、入居者の方々のユニットを越えた交流を禁止していました。
万が一、入居者が感染した場合、他のユニットに感染が拡大してしまうのを防ぐためです。
ユニットは居室10室と、リビング、キッチン、3か所のトイレ、風呂、脱衣室で構成されています。
玄関もあって、完全に独立した空間になっており、いわば10LDKのマンションのような構造です。
入居者は基本的にはユニットの中だけで生活できます。
また、介護職員はユニットごとに配属されており、夜勤(1人で二つのユニットを担当)などを除けば、複数のユニットで勤務することはありません。
ケアマネジャー、看護師、作業療法士、管理栄養士などホーム全体で勤務する少数の専門職以外は、ユニットをまたがって動く職員はいません。
入居者の方がユニットから出なければ、複数ユニットに内部感染が拡大する可能性は低いと言えるのです。
そのため、この2年間、入居者の皆さまには申し訳ないのですが、ユニットからほとんど出ることのない生活を強いています。
閉塞(へいそく)感のある生活は大変なストレスだということはよく分かっています。
しかし、ホーム内での感染拡大を予防するためには仕方がなかったのです。
おそらく、ユニット型特別養護老人ホームの多くが、「さくらの里山科」と同じ対策を取っていることだろうと思います。
正式な統計は見ていませんが、ユニット型特別養護老人ホームでのクラスター感染の件数は、ユニット型ではない従来型の特別養護老人ホームよりも少なかったのではないかと私は推測しています。

夫婦の再会、そして穏やかに旅立って…「看取り」独特の雰囲気


ベッドに上り、「看取り活動」をする文福

入居者の皆さんがユニットを越えて交流することを禁止してしまったため、寺澤さん夫婦は、せっかく同じホームに入居したのに、全く会うことができませんでした。
犬好きの寺澤さんは、いつも文福たちをかわいがっていて、とても幸せそうでしたが、奥様に会えないことだけは残念に思っていたに違いありません。
寺澤さんは犬たちと触れ合いながら、しばらくは元気に過ごしていたのですが、徐々に体調が悪化していき、昨年の11月初めに入院しました。
入院中に食べることも飲むこともできない状態になり、残念なことに、余命宣告を受けて、看取り介護のためにホームに戻ってきたのです。
文福は、いつもかわいがってくれた寺澤さんのことが大好きでした。
退院してきた寺澤さんのベッドに飛び移り、大はしゃぎしていました。
この時は、文福は無邪気に喜んでいるだけでした。
そして寺澤さんには、奥様とも再会していただくことができました。
ホームに戻る時に合わせ、奥様を寺澤さんのユニットにお連れしたのです。
余命いくばくもないと宣告されていたので、特例として奥様が他のユニットを訪れることを認めることにしたのです。
寺澤さんが暮らすユニットのリーダーを務める坂田(仮名)と、奥様が暮らすユニットのリーダーを担当する高村(仮名)が、「何としてもご夫婦を会わせてあげたい」と強く主張していたからです。


娘さんが二人の手を取り、しっかりとつないだ

職員の押す車いすに乗った奥様が来ると、一緒にいた娘さんがお二人の手を取り、しっかりとつないでいました。
奥様が「お父さん」と呼びかけると、ほとんど意識がない状態の寺澤さんの顔にほほ笑みがかすかに浮かんだようにも見えました。
「何も退院の慌ただしい時に奥様をお連れしなくても……、翌日でいいのではないか」とも思ったのですが、当日にお会いしていただくよう決断したことが、実は大変な幸運でした。
寺澤さんが退院した日の午後6時半ごろ、文福が「看取り活動」を始めたのです。
ベッドに上り、慈しむように寄り添いました。
寺澤さんがホームに帰ってきた際に見せた行動と同じなのですが、その雰囲気は全く異なっていました。
私たちが何回も見てきた、間もなく逝去する入居者に寄り添う文福の「看取り活動」の時と、全く同じ雰囲気だったのです。
文福の「看取り活動」を科学的に説明することはできませんが、その独特の雰囲気は、この日初めて文福に会った寺澤さんの家族にも、はっきりと分かるものでした。
残念ながら文福の「看取り活動」は今回も正しく、翌日未明に寺澤さんは家族に見守られながら逝去されました。
深夜のことでしたが、文福の「看取り活動」を見て準備をしていた坂田はすぐに駆け付けることができました。
ご家族も心の準備をされていたようで、悲しまれていましたが落ち着いていました。
寺澤さんは、最期に奥様と会うことができ、大好きな文福とも触れ合えたことで、穏やかに旅立たれたと私たちは信じています。

若山三千彦(わかやま・みちひこ)

社会福祉法人「心の会」理事長、特別養護老人ホーム「さくらの里山科」(神奈川県横須賀市)施設長  1965年、神奈川県生まれ。横浜国立大教育学部卒。筑波大学大学院修了。世界で初めてクローンマウスを実現した実弟・若山照彦を描いたノンフィクション「リアル・クローン」(2000年、小学館)で第6回小学館ノンフィクション大賞・優秀賞を受賞。学校教員を退職後、社会福祉法人「心の会」創立。2012年に設立した「さくらの里山科」は日本で唯一、ペットの犬や猫と暮らせる特別養護老人ホームとして全国から注目されている。20年6月、著書「看取(み)とり犬(いぬ)・文福(ぶんぷく) 人の命に寄り添う奇跡のペット物語」(宝島社、1300円税別)が出版された。



人生の最期にそっと寄り添う「看取り犬」のいるホーム

ゆうゆうlife


「おばあちゃんお帰り!。病院からホームに戻った入居者を歓迎(さくらの里山科提供)

玄関で手指の消毒と検温を済ませて待っていると、まもなくつぶらな瞳が印象的な中型犬がしっぽを振りながらやってきた。
神奈川県横須賀市の特別養護老人ホーム「さくらの里山科」。
ここで暮らす雑種犬のオス、文福(ぶんぷく・推定10~11歳)は、さまざまな入居者の人生の最期に立ち会ってきた。
「最近、腰の神経痛が出て歩けなくなった時期があったんです。今はもうよくなりました。年相応というか、人間と同じですね」。
近隣を散歩する文福のリードを引く若山三千彦施設長(55)はそういって目を細めた。


リビングで入居者たちとのだんらんも(さくらの里山科提供)

◆最期まで愛するペットと過ごしたい
「さくらの里山科」の2階フロア(計40室)では、文福のような犬または猫と暮らすことができる。
フロアは4つのユニットに分かれており、1ユニットに10人が入居。2つのユニットに合わせて10匹の犬、もう2つには9匹の猫がいる。
「2階には、犬や猫と暮らしたい人だけが入ります。入居者には2パターンあって、一つは飼い犬や飼い猫と一緒に入居する方。もう一つは、高齢になって犬や猫と暮らすのはあきらめていた、という方です。いずれにしても皆さん犬や猫が大好きですから、かわいがってくれますよ」(若山施設長)
70代のおよそ10人に1人が犬を、12人に1人が猫を飼っており、「今後飼いたい」と考える人はさらに多い、との調査もある(日本ペットフード協会「令和元年 全国犬猫飼育実態調査」)。
特に、猫を飼っている、または飼いたいという人は増加傾向だ。
「最期まで愛するペットや大好きな犬猫と暮らしたい」と考える人は、これからも増えていくだろう。


散歩から帰ってくると、職員にご挨拶。おやつをもらった

◆スタッフが気づいた不思議な行動
現在、ホームで暮らす犬や猫は、多くが飼い主とともにやってきたペットで、一部は動物愛護団体を通じて引き取られた保護犬や保護猫だという。
文福は保護犬だった。
ホームに来たのは平成24年4月。
開所時からの「古株」だ。
殺処分のわずか1日前に保護されたという文福は、過酷な体験をしたためか、当初は作業服を着た男性や清掃用具を持った職員におびえて吠えることもあった。
だが、元々人懐こい性格で、まもなく新しい暮らしになじんだという。
2階のユニットリーダー、出田恵子さん(50)が文福の不思議な行動に気づいたのは、文福がホームに来て2年目だった。
いつも元気いっぱいで、みんなに甘える文福が、ある居室のドアの前でお座りをして、うなだれている。
翌日になると、職員の後ろについて居室に入っていき、入居者が横たわるベッドの脇へ。
そしていよいよ最期を迎えるときには、ベッドに上がって別れを惜しむように顔をなめ、スタッフが声をかけても離れようとはしなかった。
ユニットの高齢者が最期を迎えるたびに、文福は同じ行動を繰り返したという。
「私の考えですが、目に見えない何か…おそらくはにおいで、入居者さんの最期が近いことがわかるのだと思います。だから、他の犬にもわかるはずですが、寄り添うのは文福だけ。文福の性格というか、意思なのでしょう」と若山施設長は言う。


リビングで入居者と過ごす文福(さくらの里山科提供)

◆文福のサポートで「その人らしい最期」を
文福は、ホームに来てから現在までに、こうして十数人の入居者の最期を看取った。
若山施設長が一番印象に残っているのは、80代後半の鈴木吉弘さん(仮名)のときのことだという。
鈴木さんはかつて、ホームからも近い横須賀市の佐島漁港を拠点とする漁師だった。
元気なころは、漁や港の思い出話を楽しそうに語っていた。
医師から「余命1週間」と宣告されてから2週間。
すでに意識がなかった鈴木さんだが、昏睡状態になってもうわごとで「佐島」とつぶやいていたという。
ユニットリーダーの出田さんは、そんな鈴木さんを最後に佐島漁港に連れていきたいと提案した。
終末期のケアでは、「その人らしい最期をかなえることこそ大切」との思いからだった。
だがスタッフ会議では、体に負担をかける外出に慎重な声ももちろん上がった。
そんなとき背中を押してくれたのが文福だった。
「文福の『看取り活動』が始まっていなかったら出かける、というのはどうかな」。
出田さんが思い切って提案すると、文福を見守ってきた職員たちも賛同。
看護師のサポートも得て、鈴木さんは娘さんや出田さんらとともに人生の多くを過ごした佐島漁港を訪れた。
体調が心配されていたが、血圧や体温は安定し、血中酸素濃度はむしろ上昇していた。
鈴木さんは漁港を訪れて6日後、文福の「看取り」の後、家族に囲まれて穏やかに旅立った。
若山施設長は言う。
「その人が言葉にできない願いをくみ取るのが、介護の本質です。自分で言えない人、認知症の人も多いですから。文福のサポートがあって、鈴木さんにふさわしい最期に寄り添うことができたと思っています」。
ホームに来てからの8年間で文福が看取った入居者は十数人。
こうしたエピソードを若山施設長が書籍にまとめ、今年「看取り犬・文福 人の命に寄り添う奇跡のペット物語」(宝島社)として再刊された。


一緒に暮らす仲間たち。左から文福、大喜、ナナ(さくらの里山科提供)

◆コロナ禍で感じたペットの力
新型コロナウイルスの影響でさくらの里山科でも徹底した感染防止策を行っている。
文福たちの世話をする外部のボランティアの訪問もストップし、現在は職員だけで世話をしているという。
入居者にとっても、外出できず、家族にも気軽に会えない状況は大きなストレスだろう。
だがコロナ禍だからこそ、文福をはじめとするペットたちの存在は大きいという。
「閉塞感のある生活のなか、ペットがいるというのは大きな力になる。ここ数カ月も、2階のフロアは比較的活気があって、メリハリのある生活を送れた方が多かった。厳しい勤務状況が続いたスタッフも癒された。彼らの力を改めて感じました」と若山施設長。
文福が起こす “小さな奇跡”は、こうした時代だからこそ入居者と職員の希望になっている。


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