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動物たちの「長いおるすばん」

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動物たちの「長いおるすばん」
 帰れぬ福島への思い、2冊の絵本に

2021年11月14日(日) 朝日新聞DIGITAL

「カン、カン、チャラン。カン、カン、チャラン」。
今年9月に出した2作目の絵本「カミナリおじさん」(文芸社)は、こんな音とともに始まる。


絵本「長いおるすばん」の表紙

紙芝居屋のおじさんが鳴らす拍子木だ。
どこか不思議な雰囲気をまとうおじさんと、子どもたちの一夏の交流を描いた。
作者の志賀伸子さん(81)=大阪府堺市=は、あの音を聴くたび、お小遣いを握りしめて走った。
福島県東部で育った幼い自分の姿を投影した。
「地元の知人たちは、この絵本で思い出話に花を咲かせたそうです」とはにかむ。
福島県東部の浪江町で、ともに退職した夫と暮らしていた。
南東に9キロ離れた東京電力福島第一原発が事故を起こした2011年3月、人生が一変した。
東日本大震災の翌日、「とにかく逃げろ」と聞き、飼っていた柴犬(しばいぬ)のランを車に乗せて自宅を離れた。
山あいの体育館や福島空港で寝泊まりを繰り返した後、娘がいる堺市へ避難した。
ショックだったのは、堺で暮らすための口座を開こうとした時だ。
福島からの避難者だと告げると、二つの銀行で手続きを拒まれた。
後に銀行は謝罪したものの、明確な理由は今もわからない。
原発事故のせいなのかと思うたびに胸がうずく。
放射性降下物が拡散した浪江は自由に立ち入れなくなった。
夫と余生を楽しむつもりだった自宅の庭は荒れ、知人も散り散りに。
やり場のない憤りを抱えていた時、文芸社が絵本の原稿を募集していると知った。
一気に書き上げた「長いおるすばん」は19年に出版された。
突然の原発事故で、犬のランは飼い主の少年と離れ離れになる。
豚、ニワトリ、牛。ランは残された仲間たちと力を合わせ、生きていこうとする。
実際のランは5年前に天寿を全うしたものの、被災地では事故後、多くの動物が置き去りのまま餓死した。
浪江に一時帰宅した時、草むらから突然現れ、人の姿に喜ぶようにすり寄ってきた豚のことが忘れられない。
鎮魂の思いが筆を動かした。
初めての絵本だったが、反響は大きかった。
「涙を流して読んだ」。
仙台市在住の歌手、さとう宗幸さんもそんな感想を寄せてくれた。
遠い堺では、多くの子が事故のことをよく知らないのが実情だ。
「忘れてはいけない。原発がある限り、こういうことがあることを知ってほしい」
「私たちの人生、何だったのだろう」。
同世代の同郷の友人と話すとつい口に出る。
戦争の影響が残る時代に育ち、懸命に働いて得たすみかは奪われた。
次作を書くと決めたわけではないが、このまま黙って人生の終わりを迎える気はない。
「ただぼーっとして生きていくのはいや。何かを残せれば」


2冊の絵本を手にする志賀伸子さん=2021年10月15日、大阪府堺市堺区、加戸靖史撮影

(加戸靖史)

◇しが・のぶこ 1940年生まれ。国鉄職員だった父の転勤に伴い、埼玉、福岡、福島、宮城各県で過ごす。福島大卒業後、福島県内の中学校に国語教諭として勤務した。現在は堺市堺区在住。絵本「長いおるすばん」(絵・石黒しろう、税込み1210円、電子版もある)と「カミナリおじさん」(絵・手塚けんじ、同1100円)は書籍販売サイトなどで販売中。問い合わせは文芸社(03・5369・3060)。

 

絵本「長いおるすばん」

大地震で家族と離れ離れになった愛犬ラン。
家族との再会を願いがんばるランの物語絵本。

「ラン、おるすばんだよ! すぐ帰るからな」大きな地震があった。
「にげてください!」と放送が流れた。
すぐに帰ってこられると思い、家族は愛犬ランをおいて家を離れた。
大好きな健ちゃんとの約束を果たすため、ランは動物たちと必死で生きのびようとがんばるが……。
ランを置き去りにしてきたことを家族が悔やむ場面がある。
同じ状況の家族がどのくらいいたか。
心震わせる物語絵本。



定価:1,210円 (本体 1,100円)
判型:B5横上
ページ数:32
発刊日:2019/02/15
出版社:文芸社

【著者プロフィール】
●志賀伸子(しがのぶこ)/文
1940年1月埼玉県生まれ、福島県育ち。
福島大学卒業後、教職に就く。
2011年3月11日に起きた東日本大震災の原発事故のために避難し、現在、大阪府堺市在住。
●石黒しろう(いしぐろしろう)/絵
フリーのイラストレーターとして書籍挿画や雑誌の挿絵を中心に活動中。


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