世界自然遺産の西表島でヤマネコ交通事故死多発
2021年10月3日(日) 産経新聞
今夏に世界自然遺産となったばかりの西表(いりおもて)島(沖縄県竹富町)で、憂慮すべき問題が起きている。
国の特別天然記念物のイリオモテヤマネコが相次いで車にひかれ、今年に入り4頭が事故死したのだ。
交通事故対策については世界自然遺産の事前調査でも課題に挙げられていた。
貴重な生態系の維持に、早くも黄信号が点滅した格好だ。
7月28日夜に交通事故死したイリオモテヤマネコ=沖縄・西表島(環境省西表自然保護官事務所提供)
8月15日夜に交通事故死したイリオモテヤマネコ=沖縄・西表島(環境省西表自然保護官事務所提供)
◆4頭が相次ぎ事故死
「ヤマネコをひいてしまった…」
8月15日午後9時10分、西表島にある野生生物保護センターの緊急電話が鳴った。
職員が駆けつけると、イリオモテヤマネコが道路脇に倒れ、すでに死んでいた。
体重0.8キロ、体長35.3センチ、まだ親離れしていない雄の幼獣である。
センターよると、現場は西表島東部の集落近くの県道で、乗用車が時速約40キロで走行中、道路を横切ろうとしたイリオモテヤマネコをはねた。
運転手は「直前で飛び出してきたので、ブレーキを踏む時間もなかった」などと話していたという。
イリオモテヤマネコの事故死は今年4件目。
4月21日には西部の県道で雄の成獣(体重4.3キロ、体長61センチ)が、6月25日にも西部の町道で若い雄(体重2.9キロ、体長57センチ)が車にひかれて死んでいるのが見つかった。
世界自然遺産への登録が決まった2日後、7月28日深夜にも東部の県道で「ヤマネコをひいた」とする緊急電話があり、センター職員が現場で死んでいるのを確認。
今年生まれたとみられる雄の幼獣(体重1・3キロ、体長45・5センチ)だった。
環境省西表自然保護官事務所の田中詩織(しおり)専門員は「相次ぐ事故死にショックを受けている。
より一層、注意喚起に努めたい」と話す。
◆車が最大の〝天敵〟
鹿児島、沖縄両県の「奄美大島、徳之島、沖縄島北部及び西表島」が日本で5件目の世界自然遺産となった最大の理由は、この4島で独自の進化をとげた生物の多様性だ。
中でもイリオモテヤマネコは、アマミノクロウサギやヤンバルクイナなどと並ぶ象徴的な希少生物で、絶滅が危惧されている。
自然保護官事務所によると、イリオモテヤマネコの生息数はおよそ100頭。
西表島には他に大型の肉食獣はおらず、車が最大の〝天敵〟である。
毎年2~7頭が事故死し、確認された死因の中では最も多いという。
世界自然遺産への登録にあたっても、事前調査した国際自然保護連合(IUCN)が事故死について懸念を示していた。
一方、環境省や地元自治体では、さまざまな事故対策に取り組んできた。
現在もセンターが中心となって「イリオモテヤマネコ運転注意マップ」を毎月作成したり、目撃情報が多い場所などに看板を設置したりして、ドライバーへの注意喚起を続けている。
令和元年12月以降は新型コロナウイルス禍で島民が外出を控えていたこともあり、496日間にわたって無事故が続いていた。
それだけに今年4月以降、4カ月足らずで4頭も事故死したことに、地元関係者は衝撃を受けている。
◆観光客増で懸念も
なぜ事故死が相次いだのか。
原因は不明だが、田中専門員は「7月と8月のケースを見る限り運転手に落ち度はなく、安全運転でも事故は起きてしまう」と指摘する。
懸念されるのは今後、新型コロナウイルス緊急事態宣言の解除により観光客が激増し、レンタカーなど全体的な交通量が増えることだ。
環境省や地元自治体では「持続可能な西表島のための来訪者管理基本計画」を策定し、来島者数を1日最大1230人までとしているが、事故抑止に向け、さらなる対策強化を求める声も強い。
これから11月にかけ、経験の浅い幼獣がひとり立ちする季節となり、事故の危険も増える。
田中専門員は「ヤマネコが道路に飛び出してくるかもしれないという意識を常に持ちながら、安全運転を徹底してほしい」と強調。
万一事故を起こした場合などはすぐに連絡するよう、呼び掛けている。
このほかイリオモテヤマネコの保護に向け、目撃情報を幅広く求めている。
連絡先は環境省西表野生生物保護センター(0980・85・5581、メールアドレスRO-IRIOMOTE@env.go.jp)。
事故や傷ついたイリオモテヤマネコを見つけた場合は夜間も対応している。
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【イリオモテヤマネコ】
沖縄県竹富町の西表島だけに分布するヤマネコで、体重3~4キロ、体長(頭胴長)50~60センチ。
主に夜間に活動し、クマネズミなどの小型哺乳類や鳥類、トカゲ、カエル、昆虫など多様な生物を捕食する。
平成17~19年度調査による推定個体数は100~109頭だが、交通事故などにより減少傾向という。
昭和52年に国の特別天然記念物に、平成6年には国内希少野生動植物種に指定され、保護が図られている。