長期入院で動けなかった子が、ファシリティドッグに出会い、作品展をひらくまで。
「病院にいる犬」と子どもたちの大きな絆
2021年8月10日(火) たまひよ ONLINE
ファシリティドッグとは、専門的なトレーニングを積んで、病院で医療スタッフとして働いている犬たちのこと。
行動をコントロールするハンドラーとともに、入院中の子どものもとを回り、心のケアや治療の手助けなどを行います。
辛い入院生活の中でファシリティドッグと触れ合った子どもたちは、何を感じ、どのような行動や変化を見せるのでしょうか?
前編では、ファシリティドッグの活動内容や日本での現状についてお伝えしました。
後編では、ファシリティドッグがきっかけとなって友となり、大きな目標を見つけ、病院で作品展示会まで開いた2人の男の子のことをご紹介します。
長期入院で動けなかった子が、ファシリティドッグに出会い、作品展をひらくまで。
◆長引く治療で塞ぎ込んでいたハル君が、アイビーとの出会いで笑顔に
ファシリティドッグのアイビーと、ハンドラーの大橋真友子さんが、東京都立小児総合医療センターの医療スタッフとして働き始めたのは2019年8月。
週5日のフルタイムで働きながら、重い病気と闘う子どもたちのサポートをしています。
大橋さんとアイビーは、働き始めてすぐに「ハル君」という1人の男の子と出会いました。
当時、ハル君(9歳)は、難しい病気で長期入院中。
食事や行動が大きく制限される状態が続いて、ストレスがマックスになっていました。
ふさぎ込んで誰とも会話をしようとせず、付き添っているママもどうしたらいいか悩んでいました。
そんな時、病室の前をアイビーと大橋さんが通りがかり、「ハル、見て!犬がいるよ!」とお母さんが呼びかけました。
「すると、長引く入院で多くのことをあきらめ、自分から何かを要求することもほとんどしなくなっていたハル君が“来て欲しい”と要求してくれたんです。さっそく病室に入り、アイビーをハル君のベッドに乗せると、その瞬間、ニコッととびきりの笑顔に! それを見て、お母さんからも笑顔がこぼれ、“私もハルも、久しぶりに笑顔になった気がします”という言葉がとても印象に残っています」(大橋さん)
そこからハル君への訪問が始まりました。
ハル君は工作がとても上手で、アイロンビーズや粘土、紙など、さまざまなものを使ってアイビーを作るようになりました。
「イライラばかりだった入院生活の中で、“アイビーを作る”という新しい楽しみを見つけたようでした。ほぼ毎日訪問していたのですが、行く度に新しいアイビーが増えていて、それが私たちにとっても楽しみに。 ハル君にとってアイビーは、愛玩動物ではなく、病院で一緒に頑張る仲間だったと思います。どんどん絆が深まり、笑顔を見せてくれることも増えていきました」
◆同じ病室のトミ君とともに病棟で「アイビー作品展示会」開催へ!
アイビーを描いたバッグを売って得た収益をファシリティドッグのために寄付する2人
ハル君に笑顔が戻ると同時に、新たな友達もできました。
同じ病室に入院してきたトミ君(当時9歳)で、仲良くなったきっかけもやはりアイビーでした。
「トミ君が薬を飲めなかった時に“アイビーもサプリを飲むから一緒に頑張ろうね”と、アイビーが応援する形でトミ君と仲良くなりました。その後、アイビーつながりでハル君とトミ君も仲良しに。 トミ君はお母さんが美術の先生だったこともあって、とても絵が上手で、その点でも工作好きのハル君と意気投合。アイビーがいない時も、2人で寝るまでアイビーの話をしていたと聞いています」(大橋さん)
トミ君も“アイビー作り”に加わり、さらに「アイビーが僕たちにこんなに元気をくれているんだから、みんなもアイビーを描くといいんじゃないかな」と、病棟の子ども全員でアイビーを作る会を発足。
ハル君とトミ君が中心となって声をかけ、やり方を教え、皆で1カ所に集まってアイビーの絵を描いたり、工作をするようになったのです。
◆辛い治療中も「作品展示会を開く!」という目標が2人のパワーに
2人が作った大橋さんとアイビーの等身大パネル
さらに、「皆で作ったアイビーの展覧会をしよう!」と計画し、実際に病棟内作品展を開催!アイビーでいっぱいになった子どもたちの部屋は、鮮やかな色と笑顔にあふれていて、病室ということを忘れてしまうほどでした。
「病棟の廊下にもアイビーがたくさん飾ってあって、中には等身大の切り絵など手の込んだものも。“治療中の子どもがこんなこともできるなんて!”と皆が驚きました。 もちろん2人とも治療中ですから、辛い日やぐったりして動けない日もありました。そんな時もアイビーの存在や、アイビーを描いたり作るという目標が、彼らのパワーとなっていたと思います」(大橋さん)
◆ファシリティドッグに寄付するためのバッグ販売も!
アイビーを描いたバッグ。左がハル君作、右がトミ君作。
ハル君とトミ君の行動力は、これだけに止まりませんでした。
アイビーとの関わりを通して、ファシリティドッグの活動には資金が必要であることを知った2人は、自分たちも寄付に協力できないかと考えたのです。
その結果、トミ君のお母さんの知り合いの作家が協力してくれて、共同作品展を開催。
そこでアイビーの絵を描いたバッグを売ってもらうことにしたのです。
すると、2人の手書きバッグが大人気に!
目標としていた寄付を見事達成し、2人はアイビーと大橋さんに直接、寄付の目録を手渡しました。
下は、その共同作品展で配られたチラシに書かれていたメッセージの一部です。
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ぼくたちは、病院に入院している子どもです。 ぼくたちの病院にはファシリティドッグのアイビーがいます。 入院していると、「おうちに帰りたいなあ」「お薬、いやだなあ」と思う時があるけれど 「アイビー、来るかな?」と思うと、「ちょっと、がんばろうかな。」と思います。 アイビーがいると、けんさとかお薬とか、がんばれます。 アイビーは、かわいくて、いやされます。 いっしょにいると、うれしいです。 アイビーがお友だちと遊んでいるのを見るだけでも、うれしいです。
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「彼らにとってアイビーは仲間で、その仲間を助けるために自分ができることは何だろうと、すごく考えてくれた2人でした。“犬がそばにいる”ことがとても大きな力となれることを、彼らに改めて教えてもらった気がします」(大橋さん)
◆ファシリティドッグによって入院生活に「日常の喜び」が吹き込む
ファシリティドッグも子どもたちが大好きで、病院で会うのを楽しみにしています。
ハル君とトミ君は2020年、退院することができました。
外来通院しながら治療を続けているトミ君は、今も毎日アイビーを描いてFacebookで発表しています。
学校の図書館にファシリティドッグの本を入れてもらうようリクエストするなど、アイビーのための活動も続けています。
子どもにとって入院生活は、治療するだけではなく、日々成長するとても大事な時間です。
その中で子どもたちが目標や生きがいを見出し、喜びを感じながら生活ができるのは、とても大きな意味があると思うと、大橋さんは言います。
「私も自分の子どもが入院したことがあるのでわかるのですが、“入院中でもできる限り普通の生活を送らせてあげたい”と思うのが親心だと思います。遊びの機会も学びの機会も友達との時間も、全部限られてしまう入院生活の中に、1頭の犬が加わるだけで日常の風が吹き込み、空気が一変します。 気分が沈んで元気のないお子さんが、アイビーが来た途端、ニコニコ笑って過ごすのを目の当たりにしていると、ファシリティドッグができること、やるべきことはとても大きいと実感しています」(大橋さん)
シャイン・オン!キッズではファシリティドッグの活動を広げるための寄付を受付中です。
写真提供/認定NPO法人シャイン・オン・キッズ
取材・文/かきの木のりみ
ハル君とトミ君が成長して入院生活を振り返った時、ただ辛かっただけではなく、「病院にはアイビーがいて楽しく遊んだ」「みんなでアイビー作品展をした」という、うれしい記憶もたくさん思い出すでしょう。
それが何よりうれしいと、大橋さんも笑顔になります。
入院生活では、もちろん病気を治療することが第1ですが、心をどう守るか、ケアするかもとても大切。それは今後の医療の大きな課題の1つでもあります。
◆大橋真友子さんとアイビー
大橋真友子さんとアイビー
大橋真友子さん 国立病院の看護師として成人・小児領域で約16年間の臨床経験を積んだ後、認定NPO法人シャイン・オン・キッズに所属する国内3人目のファシリティドッグ・ハンドラーとして、2019年8月より東京都立小児総合医療センター(東京都府中市)で活動をスタート。
現在、子育て中の4児のママでもある。
アイビー 2017年1月22日にアメリカで生まれた、ラブラドール&ゴールデン・レトリーバーミックスの女の子。生後2カ月からシアトルのトレーニングセンターに入り、ハワイで1年4カ月にわたる専門的なトレーニングを終了後、来日。ハンドラーである大橋さんと一緒に暮らしながら、東京都立小児総合医療センターで「フルタイム勤務」している。
特技は添い寝。
たまひよ ONLINE編集部
「怖い検査の前はアイビーにいてほしい」
小児がんなどの子どもの心を支えるファシリティドッグとは
子どもにとって入院生活は、日常生活から切り離され、家族や友だちとの関わりなどさまざまな楽しみを制限される辛いものです。
特に長期入院では、大きなストレスや無力感に襲われる子も多く、子どもを支える家族もまた、困難とストレスにさらされます。
そんな入院中の子どもの辛さにそっと寄り添い、病院の医療スタッフの一員として心のケアをするのがファシリティドッグ。日本にまだ5頭しかいないファシリティドッグの1頭、アイビーと、パートナーであるパンドラーの大橋真友子さんに、ファシリティドッグが子どもに与える影響や日本での現状などについて聞きました。
◆ファシリティドッグは専門トレーニングを積んだ、フルタイム勤務の医療スタッフ
2頭のファシリティドッグ候補犬と、ハンドラー・森田優子さん&トレーナーのマリーナ・ロドリゲスさん。
“ファシリティ”は“施設”という意味で、ファシリティドッグは“ある特定の施設に常勤して活動するために専門的に育成された犬”の総称です。
ハンドラーと呼ばれる、犬をコントロールする人間とパートナーを組んで活動します。
ファシリティドッグが活動する代表的な現場の1つが医療機関。
日本では現在、4つの病院で、認定NPO法人シャイン・オン・キッズが派遣する5組のファシリティドッグ&ハンドラーが働いています。
病院で活動する犬というと、セラピードッグが知られていますが、セラピードッグとファシリティドッグは役割が全く異なります。
セラピードッグの役割は“動物介在活動”といって、人を癒すこと。基本的なしつけを受けた普通の家庭犬である場合が多く、ハンドラーは主に飼い主が行います。
一方、ファシリティドッグの役割は“動物介在療法”で、患者を癒すだけでなく、医療行為に関わる部分にまで踏み込んで活動します。
「ファシリティドッグはそのための専門的なトレーニングを積んでおり、ハンドラーも医療従事者です。さらにハンドラーは、ファシリティドッグと活動するための専門的なトレーニングも受けます」
そう説明してくれたのは、国内3組目のファシリティドッグ・ハンドラーとして活躍している大橋真友子さん。
国立病院の看護師として約16年間の臨床経験を積んだ後、ハンドラーになることを決意し、トレーニングを受けました。
ハワイの専門施設でトレーニングを終了したファシリティドッグのアイビーと組み、2019年8月より東京都立小児総合医療センターに勤務しています。
「セラピードッグが常勤ではないのに対し、ファシリティドッグは1つの病院に毎日出勤するフルタイムワーカーであることも大きな違いです。1つの決まった施設に毎日通うことで、入院している子どもたちとの絆がより深まるんです」(大橋さん)
◆心を癒すだけでなく、検査やリハビリの付き添いなど治療の手助けも
この秋引退予定のファシリティドッグ、ヨギは、後任犬のタイに引き継ぎ中。静岡県立こども病院にて。
病室で子どもに触ってもらったり、ボール遊びをしたり、一緒にお散歩に行ったりするのが、ファシリティドッグの仕事です。
時には手術室まで一緒に行ったり、採血や処置の時にそばにいて不安の軽減したり、歩行訓練や運動療法の付き添いなど、治療の手助けも行います。
そうした活動を通して大橋さんがいつも驚かされるのが「ファシリティドッグの人の気持ちを汲み取る力」だそうです。
「普段、子どもたちと遊ぶときは、アイビーも楽しいので目をキラキラさせながら指示を待ちます。でも、その子が検査前で不安な素振りを見せたりすると、私が指示を出さなくても、そっと体を寄せて静かに目を閉じます。子どもが不安そうな声を出した時は“大丈夫、ここにいるよ”とでも言うように、さらに体を近づけるんです。 “怖い検査の前はアイビーにいてほしい”と言う子もいるほどで、アイビーは痛みを取ることはできませんが、不安な気持ちを減らしたり、元気づけることができると実感しています」(大橋さん)
その一方で、元気な子がふざけて具合悪そうなふりをして寝ている時は、騙されずに積極的に遊びに誘ったりするのだそう。
言葉は交わさなくても、その子が求めているものを察知し、自分から働きかけることができるのがファシリティドッグ。
そうしたやりとりを重ねることで、子どもたちとの間に友情のような絆が育まれると言います。
◆日本で本格導入が始まったきっかけは、入院している子どもたちからの直訴!
大橋さんの家で一緒に暮らしているアイビー。休日は海や大きな公園で、思い切り体を動かしてリフレッシュ。
多くの人が行き交い、薬品や機械などさまざまな臭いや音に満ちている病院は、通常、犬にとって落ち着ける場所ではありません。
さらにそこでデリケートな行動をする必要があるファシリティドッグには、どんな犬でもなれるわけではありません。
気質や血統を選定し、子犬の頃から適性を厳しくスクリーニングして選ばれます。
その中からさらに、専門的なトレーニングを修了できた犬だけがファシリティドッグとして活動することができるのだそうです。
「トレーニングは“正の強化(positive reinforcement/ポジティブ リーインフォースメント)”といって、犬が望ましい行動をとったときに、褒めたりおやつを与えることでその行動を増やすという方法であるのが特色です。子犬のときからこうしてトレーニングすることで、病院を楽しい場所と認識し、人間のことが大好きになるんです。 ファシリティドッグの中には、病院が好きで帰りたがらない犬もいるほど。そんなファシリティドッグだからこそ、入院して敏感になっている子どもたちの心を開かせることができるのでしょう」(大橋さん)
ファシリティドッグ・プログラムを開発したアメリカには、このような専門的な補助犬育成施設がいくつもあります。
そのうちの1つで、世界最大の団体“CCI(Canine Companion International)”が、2014年の1年間に育成したファシリティドッグの数は47頭。
全米の育成施設を合計すると、毎年、かなりの数のファシリティドッグが誕生していることになります。
しかし日本では、2019年度からファリティドッグの国内育成事業が始まったばかり。
2021年6月に、国内初のファシリティドッグ&ハンドラーが2組、ようやく誕生したところです。
アイビーをはじめとする、それ以前から日本で活動しているファシリティドッグは、全員ハワイの育成施設“Assistance Dogs of Hawaii”でトレーニングを受けて来日した犬たち。
ハンドラーも同施設のトレーナーに、専門的な訓練を受けました。
日本で最初にファシリティドッグが導入されたのは、2010年、静岡県立こども病院でした。1週間だけのトライアルからスタートし、その後、週3回のみの勤務が続きました。
それが週5回のフルタイム勤務に変わったのは、入院している子どもたちが「ファシリティドッグに毎日来てほしい」と院長室に直訴したのがきっかけだったそう。
2012年7月には、神奈川県立こども医療センターもファシリティドッグを導入。
2019年8月に東京都立小児総合医療センター、2021年からは国立生育医療研究センターと、ゆっくりながらも着実に活動の場を広げています。
◆「アイビーと一緒なら」「アイビーがいて良かった」。その言葉が力に
子どもの様子を見ながらそっと寄り添うアイビー
大橋さんがアイビーと活動していて最もうれしいのは、子どもが嫌がったりできずにいたことが、アイビーと一緒にやれるようになった瞬間だそうです。
「アイビーが一緒だとお子さんが嫌がらずに薬を飲んでくれたり、歯磨きを嫌がっていた子に“アイビーと一緒に歯磨きしよう”って言ったらやらせてくれたり。治療で筋力が低下してしまったのにリハビリの散歩を嫌がっていたお子さんが“アイビーと一緒になら散歩に行く”と言って、毎日リハビリしてくれたこともありました。そういう瞬間の1つひとつが大きな喜びです。 看護師さんや付き添いのご家族からも“アイビーがいてよかった”と言ってもらえた時は、アイビーもわかるみたいで、とてもうれしそうなんですよ(笑)」(大橋さん)
長期入院や難病と戦う子どもたちは全国に数多く、ファシリティドッグの導入を求める病院も増えています。
しかし、1頭のファシリティドッグを育成し、病院に導入するには大きな費用がかかり、日本ではその多くが寄付で賄われている状態。なかなか進展できないのが現状です。
「アイビーと活動していて、子どもたちにとってファシリティドッグがいかに大きな力になるかを、毎日目の当たりにしています。このことを多くの人に伝え、ファシリティドッグの存在を知ってもらえたらうれしいです」(大橋さん)
シャイン・オン!キッズではファシリティドッグの活動を広げるための寄付を受付中です
▼シャイン・オン!キッズ 寄附ページ
写真提供/認定NPO法人シャイン・オン・キッズ 取材・文/かきの木のりみ
入院中でも子ども達には笑顔でいてほしいし、できるだけそういう生活を送らせてあげたい。
それは子どもと一緒に病気と闘っているご家族の願いです。
でも、治療するためには採血や検査など、多くの辛いことも乗り越えなければなりません。
そんな生活の中で、毎日会いに来てくれて、遊んだり、添い寝をしたり、ときには検査に付き添ってくれたりするファシリティドッグの存在は、子どもにとってとても大きなサポートとなるのではないでしょうか。