100万円のペットを飼育放棄
――問われる飼う人のモラル、免許制を導入すべきか
2021年8月8日(日)
飼育放棄され、新しい飼い主を待つ犬たち(撮影:小川匡則)
コロナ禍で増えた犬や猫のペット需要。
その一方で、安易な飼育放棄も増加している。
100万円で購入した犬を手放したケースもあるという。
ペットショップなどへの規制は改正動物愛護法の施行で強まりつつあるが、見過ごされているのは飼い主だ。
安易にペットを手放してしまうのはなぜなのか、どんな対策が必要なのか。
飼育や保護団体の現場を訪ねて探った。
(文、写真:ジャーナリスト・小川匡則/Yahoo!ニュース オリジナル 特集編集部)
◆コロナ禍で過熱するペットブーム
チワワとダックスフンドのミックス犬であるチワックス(写真:Paylessimages/イメージマート)
「昨年8月、街のペットショップでこの子を見て一目惚れし、即決しました」
東京都西部の集合住宅。
夫婦で犬を飼い始めたという会社員の男性(20代)はそう話した。
昨夏に購入したのは生後2カ月の人気犬種・チワックス。
もともと夫婦ともに「いつかは」と話していたが、新型コロナウイルスの影響で男性の在宅勤務が増えたため飼うことになった。
ペットショップでチワックスが他の犬にも優しく接していた様子が気に入り、「家族にしたい」と思ったという。
里親マッチングサイト「OMUSUBI」(撮影:小川匡則)
じつは当初、もう1匹気になる犬がいて、2匹一緒に飼うことも夫婦は検討していた。
「ところがその日の夜、気になって店に問い合わせてみたら『もう決まった』と言われました。そんな奪い合いのような状況になっているとは想像していませんでした」
コロナ禍によるステイホームで、ペット需要が急増している。
一般社団法人ペットフード協会の調査によると、2020年に新たに飼育された犬は約46万2千匹で前年よりも14%増加。
猫は約48万3千匹で16%増加した(いずれも推計)。
特にこの1年以内の犬の入手先では「ペットショップで購入した」割合が66.2%で、「ブリーダーから直接購入」(12.3%)や「友人/知人からもらった」(4.6%)よりも非常に高い。
保護団体による譲渡も活況を呈している。
団体が保護した犬猫と里親(飼育希望者)をネット上でマッチングさせるサービス「OMUSUBI」では、コロナ前に比べて2倍近く登録が増えたという。
「コロナ前は犬猫合わせて400~500匹の掲載だったのが、コロナ禍に入ってから800~900匹になりました」(株式会社PETOKOTOの執行役員・井島七海さん)
いわば空前のペットブームだが、そのようななかで懸念されているのが安易な飼育放棄だ。
◆安易に手放す飼育者たち
みなしご救援隊東京支部が運営する保護犬猫カフェ(撮影:小川匡則)
「緊急事態宣言解除後の昨年5月末から8月の間に『飼えなくなった』と立て続けに13匹を保護することになりました」
NPO法人みなしご救援隊の佐々木博文理事長はそう語る。
広島県に本部がある同団体は、飼育放棄された犬猫の保護と譲渡活動をしている。
東京支部では昨年、ペットショップで買って間もない段階での飼育放棄が例年より多かったという。
例えば都内のある父親は、一斉休校で家にいる時間が長くなった子どものために小型犬を買った。
しかし、飼育方法が分からず、戸惑っているうちに学校が再開となり、飼うのが面倒になって佐々木さんのところに渡しにきたという。
すぐに捨てられてしまったプードル(撮影:小川匡則)
こうしたコロナ禍の飼育放棄は東京都区内で多く発生したと佐々木さんは指摘する。
犬はペットショップで購入された小型犬が多く、人にも共通点があったという。
「いい車に乗って、いい時計をして、身なりがちゃんとしていました。富裕層というイメージでしょうか。購入したときのペットの価格を聞くと、50万~100万円と高価でした。そこまでの金額を支払ったのに、飼育がうまくいかないと『いらない』という。ペットをモノとしか考えていないようでした」
みなしご救援隊東京支部が運営する保護犬猫カフェを訪ねると、まだ生後3カ月で1週間前に来たばかりの黒いトイプードルがいた。
放棄したのは64歳の独身男性だったと東京支部長の杉山遥さんが言う。
保護犬を引き取る人も増えている(撮影:小川匡則)
「70万円ほどでペットショップで購入したそうです。放棄した理由は『トイレがちゃんとできない』『早朝にほえてうるさい』でした。男性は犬を飼った経験がなく、犬についてほとんど理解していませんでした。聞き取りしたら、『え、しつけをすれば直るもんなんですか?』という反応でした。『そうですよ』と話したのですが、電話の1時間後にはこちらに連れてきていました。もう耐えられなかったのでしょう」
佐々木さんは、こうした飼育放棄が今後も増加するとみている。
以前から広がりつつある飼育放棄に「高齢者」という傾向が出てきているためだ。
飼育し始めたものの、「認知症になった」「入院することになった」「お金が回らなくなった」「体力的に世話ができなくなった」、そして「亡くなった」という結果になっているのが、この4~5年の傾向だという。
「つい最近も、84歳の男性がペットショップでビーグルを買ったものの、3カ月後には認知症が悪化。男性が介護施設に入ったため、ビーグルを引き取りました。老夫婦のどちらかが亡くなって寂しくなり、犬や猫を飼うという方は少なくありません。しかし、高齢者は病気になったり、お金が回らなくなったりで手放してしまうことがよくあります」
◆ペットショップの問題点
NPO法人SPA代表・齋藤鷹一さん(撮影:小川匡則)
癒やしを求め、犬や猫を飼う。
それ自体は悪いことではない。
だが、10年以上の継続的な世話が必要ということや、それにかかる費用を想像できていない人は少なくない。
その場の「かわいい」と感じた思いだけで犬猫を迎え入れると、現実に戸惑い、飼育放棄に至ることになる。
犬猫の保護団体であるNPO法人SPA(東京都)の齋藤鷹一代表は、ペットショップの安易な販売主義が飼育放棄を広げていると指摘する。
「小型犬を求めていた男性に、ダルメシアンの子犬を『この大きさのままです』と言って売ったショップがありました。その後どんどん大きくなり、体高が60センチほどになり、男性は『飼えない』となった。あるいは、『動物アレルギーだから飼えない』という客に対して、『トイプードルなら毛が抜けないから大丈夫です』と言って売ったショップもある。飼ってみるとアレルギーが出た。どちらも無理に販売したために、飼い主は手放さざるをえなかった。問題は『売れればいい』という販売主義。生き物を販売するのであれば、購入者に対して最低限、飼い方の知識を与える義務があるはずです」
衆議院議員・牧原秀樹さん(撮影:小川匡則)
ペットショップやブリーダーといった「供給側」への法規制、とくに犬猫の成育環境という点では近年厳しくなっている。
今年6月に施行された改正動物愛護法では、飼育するときに確保すべきスペースの大きさを具体的に明記するなど事業者に対する「数値規制」を盛り込んだ。
議員立法によるこの改正法案を取りまとめた牧原秀樹衆院議員はその意義をこう語る。
「以前は劣悪な環境で犬猫を育成している事業者がいても、警察も刑事事件として扱いづらかった。虐待の定義が曖昧だったからです。そこで改正愛護法では、『虐待かどうか』という定性的な判断ではなく、『ケージの大きさ』などの定量的な点で取り締まれるようにしたのです」
KDP代表・菊池英隆さん(撮影:小川匡則)
法改正で、事業者側の無理な繁殖や多頭飼育については規制が強化された。
だが、神奈川県で犬の保護活動を行っている特定非営利活動法人KDP(神奈川ドッグプロテクション)の菊池英隆代表は、それだけでは不十分だと指摘する。
「なかなか指摘しにくいところではあるのですが、やはり問題は飼い主ではないでしょうか。そもそも飼い主側がちゃんと育てていれば問題は起きないのですから、消費者側にも問題があると思います」
横須賀市にあるKDPのシェルターを訪れると、50匹もの犬が暮らしていた。
慎重に里親と面談などをしたうえで、譲渡しているという。
菊池さんはこう話す。
「捨てない人のほうが圧倒的に多いのですが、飼う人が増えることで捨てる人も増えてしまう。捨てない人たちできちんとした見本を見せて、捨てるような人の立場が悪くなる、恥ずかしく感じるような社会をつくっていかないといけない」
では、飼い主がペットを「捨てない」ようにするには、どうすべきなのか。
◆飼育に税金、免許が必要というドイツ
弁護士・浅野明子さん(撮影:小川匡則)
動物愛護に詳しい弁護士の浅野明子さんは、欧州などに比べて日本は飼い主への規制がほとんどなく、責任意識も希薄だと指摘する。
たとえば所有権の問題だ。
「ある人が飼っている犬を虐待して刑事犯罪になったとします。でも、日本ではその人に『その犬を今後飼ってはいけない』とは言えません。犬の所有権を剥奪できないからです。これがイギリスだと、必要があれば犬を押収(保護)できます。また、もし虐待などで有罪になった場合、飼い主の所有権を剥奪できます。それだけでなく、『将来5年間は犬を飼ってはいけない』『終生飼ってはいけない』といった処罰もある。所有権の剥奪は絶対に必要です」
日本の動物愛護法でも飼い主の責任として「終生飼養の義務」が2013年に明記されたが、罰則はなく、努力義務にとどまる。
一方、海外では明確に飼い主への義務を課している国も少なくない。
例えば、ドイツは飼い主に税金がかけられていると浅野さんが言う。
「ドイツの場合、市町村税の一種で、自治体により税額は大きく異なります。多頭飼いを防止するため、2頭目以降は高く設定されています」
一例を挙げると、ベルリンでは1頭目は年間120ユーロで、2頭目以降は180ユーロである。
小型犬の純血種は人気があるという(撮影:小川匡則)
講習の受講が課されているところもある。
ドイツのニーダーザクセン州では2013年から飼い主の免許制度を導入している。
試験では、しつけや世話、関連法について35の学科問題が出されるという。
飼育条件を規定しているところもある。
アメリカ・ペンシルベニア州では屋外で犬をつないでおく場合、1日9時間以内でなくてはならず、気温32度以上もしくは0度以下の場所では30分以上屋外でつなぎ飼いしてはいけない。
スウェーデンでは屋外でつないでおくのは1日2時間までで、生後4カ月以下の子犬を単独にしていいのは短時間に限るとしている。
このように飼い主に税を課したり、厳しい飼育条件を設けたりする狙いは、ペットをモノではなく尊厳ある生き物として扱うという考えがあるからだと浅野さんは言う。
「(海外の)規制は『動物の側から見て終生適正に飼育される』という動物福祉の観点を持っています。一方、日本は『所有者の財産を守る』という飼い主保護の観点が強く、動物福祉の観点が欠けているのです」
◆免許制の導入を
世田谷区にある東京都動物愛護相談センター(撮影:小川匡則)
同様の意見は多くの保護団体からも出ている。
前出のSPAの齋藤さんは「ペット飼育の免許制」を強調する。
「飼育に関して最低限の知識を確かめ、免許を得た人のみが飼えるようにするべきです。ハードルを少し上げることで安易なペット飼育を一定程度防げると思います。その上で、虐待や飼育放棄など問題を起こした飼い主には免許を剥奪して飼えなくする。過去に飼育放棄した人が何年かしてまた飼うというのはおかしな話です」
免許制が実現すれば、「60歳以上の人は新たにペットを販売業者から買うことはできない」などの規定も設けられ、高齢者の飼育放棄に対応しやすくなる可能性がある。
ただし、一律に年齢で区切るのではなく、適切に飼い続けられるかどうかという外部の評価が加われば、公平性も保たれる。
愛護団体による懸命な保護活動が各地で行われている(撮影:小川匡則)
みなしご救援隊の佐々木さんは、事前講習の重要性を説く。
「犬や猫はちょっと勉強すれば、誰でもちゃんと育てることができるし、本当の家族のようになれます。でも、いまはその『ちょっと』をせず、いきなり飼いだしてしまう人がいる。だから、理解も我慢もできず、手放すことになる。専門の機関で講習を受け、犬や猫の特性を知り、付き合い方を学ぶ。そうして証明書がなければ飼えないようにするだけで、全然違うと思います」
都内の大手IT企業に勤める30代の女性は「今は完全に猫中心の生活です。何より癒やしになってくれています」とうれしそうに語る。
1年前に結婚、今年に入って一戸建てを購入し、ペットを飼える環境が整ったことから、4月に晴れて猫、サイベリアンを飼い始めた。
「コロナ禍が始まった昨年3月からリモートワーク中心となり、今では完全に在宅です。飼うにあたっては事前に検討を重ねました。今後十数年ずっと一緒にいるわけですからね」
ペットは人間の生活を豊かにしてくれる存在だ。
コロナ禍のなか、犬や猫が家族になり、その大事さを知った人は少なくないだろう。
であるなら、ともに暮らす責任への意識はどうか。
ペットを飼う人が増え続けるいま、検討されるべきかもしれない。
--- 小川匡則(おがわ・まさのり)
ジャーナリスト。1984年、東京都生まれ。講談社「週刊現代」記者。北海道大学農学部卒、同大学院農学院修了。政治、経済、社会問題などを中心に取材している。