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殺処分寸前で救出された保護犬「ハカセ」、フリスビードッグとして活躍中(前編)

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殺処分寸前で救出された雑種の保護犬「ハカセ」
 フリスビードッグとして活躍中(前編)

2020年12月23日(水) 西松宏 | フリーランスライター/写真家/児童書作家

殺処分寸前で救出され、現在はフリスビードッグとして活躍している雑種の中型犬がいる。
その名も「ハカセ(博士)」(オス、推定10歳)。
佐賀県有田町にあるNPO法人「アニマルライブ」(岩﨑ひろみ代表)にいる保護犬で、ボランティアの浦一智さん(55)がパートナーを務めている。
コロナ禍の影響もあり、今年(2020年)は9月以降の4試合しか出場できなかったが、全力でフリスビーのディスク(円盤)を追いかけ、チャレンジし続ける姿が、周囲の人たちを元気づけている。


12月13日、フリスビードッグ競技大会で、コートを疾走するハカセ (筆者撮影)

◆クリスマスプレゼント
12月13日、長崎県佐世保市の県立西海橋公園では、日本フリスビードッグ協会(JFA)が毎月開催している九州大会が行われた。
現在、ハカセが出場しているのは「ユースオープン」。
フリスビー競技が得意といわれるボーダーコリーやラブラドールなどのエリート犬が揃い、上のクラスを目指してしのぎを削るクラスだ。


12月13日、長崎県佐世保市で開催された大会にて(筆者撮影)

ハカセは雑種の中型犬で、年齢はいま推定10歳。
パートナーの浦さんが投げるフリスビーのディスクを楽しそうにくわえて競技する姿を、観客らは温かく見守っていた。
この日の結果は残念ながら参加9頭中最下位。
浦さんとハカセのコンビは、全国ポイントランキング36頭中35位で今年の大会を終えた。
試合後、浦さんはハカセに、新しいオレンジ色の首輪をプレゼントした。
「少し早いけど、クリスマスプレゼントだよ、ハカセ。今年もよく頑張ったね」。
そう言って浦さんが古い首輪を取り外し、まっさらの首輪に付け替えると、ハカセは尻尾をバタバタと振ってこたえた。


浦さんから真新しいオレンジの首輪をプレゼントされ、嬉しそう(筆者撮影)

◆殺処分3時間前に救出され佐賀へ
ハカセは東北地方出身。
2014年5月、徘徊しているところを捕獲され、地域の動物愛護センターに収容された。
元々は飼い犬だったと思われるが、捨てられたのか、それとも脱走して迷ってしまったのか、詳細はわからない。
ハカセを引き取ったのは佐賀県有田市に拠点を置く、NPO法人「アニマルライブ」の代表・岩﨑ひろみさん(61)。
岩﨑さんは2010年から地元・佐賀を中心に犬猫の保護活動を始めた(2013年9月から特定非営利法人となる)。
動物の殺処分ゼロを目指し、自治体に収容されるなどした犬猫をシェルターで保護。
これまで数多くの犬猫と新しい飼い主との縁を紡いできた。


佐賀県有田市にあるNPO法人「アニマルライブ」(筆者撮影)

ハカセが東北地方から、はるばる佐賀へとやってきた経緯について、岩﨑さんはこう話す。
「ハカセのことは、犬猫のレスキュー活動をされている地元ボランティアさんのフェイスブックで知りました。当時のハカセは推定4歳くらい。雑種で成犬のため、譲渡するのが難しそうとのことで、殺処分の対象になっていたんです」
もし引き取り手が見つかれば、センターから出すことができるが、収容期間は1週間しかない。
「そのボランティアの方が『あと残り○日です。誰か助けてください』と投稿されるのをずっと見ていて、引き取ってくれる人がいればいいなと思っていたのですが、挙手は1件もありませんでした。いよいよ殺処分が迫り、『あと3時間しかありません…』というその方の悲痛な投稿を見たとき、私、いてもたってもいられなくなってしまって…」。
岩﨑さんは「私が引き取ります」と、投稿主に連絡したのだった。
佐賀県内の保護犬だけでも手一杯で、いつもこんなことをするわけではない。
だが、このときばかりはなぜか、その犬のことが気になって仕方なかった。
また、「佐賀のワンコたちは全国のみなさんから寄付を頂くなどして助けられている。恩返しになれば」との思いもあった。


アニマルライブ代表の岩﨑さん(左)、右は浦さん(筆者撮影)

ちなみに「ハカセ」という名前は、保護されたときから、こうしなさいと言われたことをきちんと守り、物覚えもよく、世話をしていた人たちが「聡明だから」と名付けたという。
岩﨑さんが手を挙げたことで、ハカセの命はあと3時間という、ギリギリのところで救われることになった。
その後、地元ボランティアの人たちがセンターから無事引き出し、ハカセは空路、佐賀へとやってきた。

◆秘められた才能
2014年6月、東北から九州へとやってきたハカセは当時4歳くらい。
人なつこく、健康で活発だった。
岩﨑さんは他の保護犬と同様、譲渡会を開いて、そこで新しい飼い主を探そうと思っていた。
ハカセがやってきて間もないころ、岩﨑さんはハカセの「ある才能」に気づく。
「ドッグランである日、ハカセを遊ばせていたら、そこにあった30センチくらいの棒切れを私のところまでくわえて持ってきて、目の前にポトンと落とすんです。『投げろ』って。それで何気なくポンと遠くへ投げてみると、走っていってその棒をくわえ、私の目の前にポトンと落として、また投げろと」
それを何度も繰り返し、楽しそうに遊ぶハカセ。
「何かものを投げてとってくる犬はいますが、1、2度やったら飽きてしまったり、どこか違う方へ行ってしまったりという子が多いんです。だけど、ハカセは何度投げても走って、取って、私の元まで持ってきます。集中力が違うんです。もしかしたら幼いころ、元々の飼い主さんとそのような遊びをしていたのかもしれない。理由はわかりませんが、こんな素晴らしい才能を持っている子はめったにいないと感じました」

◆譲渡会では見向きもされず
そんなハカセの世話を、岩﨑さんは、ボランティアに来ていた浦一智さんに託した。
長崎県大村市に住み、建設関係の会社で働く会社員の浦さんは、ハカセがアニマルライブにやってきた2014年春ころから、時をほぼ同じくして保護犬猫の世話をするボランティアを始めたばかりだった。
小さいころから犬が大好きだったという浦さん。
しかし、父親がペットを飼うのを許してくれず、小学生のころは、犬と過ごしたいがために近所の友だちが飼っていたワンちゃんの元に通い、遊んだり散歩を手伝ったりして過ごしたという。
そのころから、大きくなったら自分の犬を飼うのが夢になった。
それが叶ったのは結婚後だ。
奥さんが飼っていたミックスの「コニー」(オス)、その後にやってきたミニチュアダックスの「プーマ」(オス)の2匹。嬉しくてどちらも家族同様にかわいがった。
だが、数年間一緒に暮らしたものの、2匹はともに病気で相次いで死んだ。
「コニーは14歳。心臓の病気で…。その時は人目もはばからず泣きました。「プーマ」はまだ6歳と若かったので、辛かったです」と浦さん。
その後、SNSでアニマルライブの存在を知り、「犬猫が幸せに生きられるよう自分も何か力になりたい」とボランティアを志願した。
浦さんがハカセと初めて会ったのは、譲渡会が県内で行われたときだ。
そこにはチワワなどの小型犬にまじってハカセの姿があった。
それぞれの犬はケージに入れられ、人気の犬種には人が集まるものの、雑種で中型犬、かつ成犬のハカセは、見向きもされなかったという。
浦さんはこう振り返る。
「初めて会ったハカセは人なつこくて、なでてくれと自分からすり寄ってきて、とてもフレンドリーな子でした。ハカセは、テンションが上がると嬉しくてつい吠えてしまうんですよ。決して威嚇しているわけではなく、好奇心旺盛で、もっと遊ぼうと、かまってほしいからなんですが、ハカセがいるケージを覗き込む人にそうやって吠えるものだから、みんな『怖い』とひいてしまっていたんです」


譲渡会に参加していたころから浦さんとハカセは仲良しに(筆者撮影)

譲渡会の合間に、浦さんはハカセをケージから出して、よく公園を散歩した。
「ハカセと一緒に、公園のベンチでぼーっと座っていることが多かったですね。譲渡会は4、5回くらい参加したと思うんですけど、賢くて、とてもいい子なのに、どうしてハカセの良さを誰もわかってくれないんだと、いつも悔しい思いをしていたのを覚えています」

◆浦さん&ハカセコンビが始動
そのころ、浦さんは、保護した犬の世話やしつけの方法を学ぶため、会員制ドッグランなどを備えた犬の訓練施設「エンドレスファーム」(神埼市脊振町)に通っていた。
オーナーでドッグトレーナーの北島由里子さんは、フリスビードッグの育成も行っている。
フリスビードッグ競技は、犬と意思疎通ができ、飼い主との絆をより深められると人気のスポーツだ。
あるとき、浦さんは北島さんから「保護された犬の中にフリスビーができそうな子はおらんとね?」と尋ねられ、すぐにハカセのことを思い出した。
「ボールを投げたら嬉しそうに拾って持ってくるワンちゃんがいるんです。殺処分寸前にレスキューされた子なんですが、投げたボールを何度もくわえて戻ってくるんですよ」と浦さん。
それなら今度連れてきて、という話になった。
翌週、浦さんはハカセを連れて北島さんの元を訪れた。
フリスビーに用いる「ディスク」と呼ばれる円盤を、北島さんが投げてみると、初めはキャッチこそしなかったものの、ハカセはすぐに追いかけていき、くわえて戻ってきた。それを何度も繰り返した。
その姿を見て、北島さんは「なんでこんな犬が殺処分寸前だったんだろう?」と首をかしげた。
フリスビーに向いているといわれる犬種でさえ、何度も続けるのは難しいのに、ハカセは何度投げても集中力が途切れない。
「こんな子はめったにいない。天性の才能がある」と感じた。
そして、浦さんにこう言った。
「この子の才能を生かしてあげないともったいないよ。9月にフリスビードッグの大会があるから、初心者クラスに出てみれば」。
そうしてその日から、浦さんとハカセは大会出場を目指し、フリスビーの訓練を積むことになった。


訓練を始めたころのハカセ(アニマルライブ提供)

ただ、問題があった。
高校まで野球をやっていた浦さんだったが、フリスビーのディスクなど、これまで触ったこともなかったのだ。
「野球のボールを投げるのと違って、最初はまったく投げられませんでした。なんとか前に飛ぶようになっても、風があるとその影響を受けますから、すごく曲がったり変なところに落ちたり…。そこで、ディスクを10枚くらいまとめ買いし、会社の敷地内の空き地で、休み時間に一人で練習しました。まず10枚投げて、全部投げたら拾いに行き、また投げての繰り返しでした」


今は華麗なフォームで的確なスローができる浦さんだが、当初は全く投げられなかった(筆者撮影)

週末は北島さんの施設のドッグランで、ハカセと一緒に練習した。
半月も経つと、浦さん25メートルくらいまで遠投できるようになっていた。
あとはハカセとタイミングを合わせ、ハカセがキャッチしやすいところへ、浦さんが投げられるかどうかだ。
ところが、ここでまた浦さんに問題が…。
普段あまり運動をしていないのに、急に体を動かしすぎたせいで、持病の椎間板ヘルニアが悪化。
腰痛で一時、動けなくなってしまったのだ。
「病院に行ったら『しばらくは動かんと安静にした方がよか』と。投げるとき腰をひねるので、かなり痛いんです。最初、ハカセはディスクをキャッチしたあと、全力疾走で戻ってこないといけないのに、ゆっくりトコトコ駆けて戻ってきていました。そこで、それをさせないため、僕が投げると同時に投げた方向へ走っていき、ハカセがキャッチしたら背中を見せて一緒に投げた場所まで走って戻る、という訓練をしていたんです。その結果、ハカセは全力疾走で戻ってこれるようになったのですが、その練習をしていたときは特にきつかったです」


アニマルライブのドッグランで練習(筆者撮影)

浦さんとハカセの息が合い、投げたディスクをハカセがキャッチできることが多くなってきたのは1ヶ月以上が経ってから。
腰痛を我慢しながら、それでも頑張ることができたのは、譲渡会で見向きもされなかった悔しさがあったからだ。
浦さんが振り返る。
「いつか見返してやりたいと、ずっと思っていたんです。だから、北島さんからフリスビーをやってみてはと勧められたとき、これでハカセが輝くことができるんじゃないかと思ったんですよね。だから、絶対に僕がハカセの足をひっぱりたくなかった」


「えらいぞ、ハカセ」と声をかける浦さん(筆者撮影)

北島さんから「これなら大会に出ても大丈夫」とのお墨付きを得て、浦さんとハカセは、9月の大会に初出場することになった。
(後編につづく)

西松宏フリーランスライター/写真家/児童書作家

1966年生まれ。関西大学社会学部卒業。1995年阪神淡路大震災を機にフリーランスライターになる。週刊誌やスポーツ紙などで日々のニュースやまちの話題など幅広いジャンルを取材する一方、「人と動物の絆を伝える」がライフワークテーマの一つ。主な著書(児童書ノンフィクション)は「犬のおまわりさんボギー ボクは、日本初の”警察広報犬”」、「猫のたま駅長 ローカル線を救った町の物語」、「備中松山城 猫城主さんじゅーろー」(いずれもハート出版)、「こまり顔の看板猫!ハチの物語」(集英社)など。現在は兵庫と福岡を拠点に活動中。世界中の看板猫を取材して巡る旅が目標の一つ。
nishimatsu_h


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