「ペット殺処分ゼロ」を掲げた台湾
契機となったドキュメンタリーの続編が問う「新しい課題」
2020年12月24日(木) 田中美帆 | 台湾在住ライター
◆2013年にあった日本と台湾の転機
殺処分――少なくともペットを飼っている人なら、聞いたことがあるのではないか。
ただ、その事情となると、なかなか知られていない。
日本では、2004年度に全国で犬15万5,870頭、猫23万8,929頭もの動物が、動物愛護センターに引き取られ、のちに殺処分されていた。
その数は年々減っていき、2018年度に犬7,687頭、猫3万757頭までになった。
殺処分の代わりに増えてきたのが、保護犬、保護猫の引き取りである。
(参考リンク)
この間、2013年に動物愛護法が改正され、各地方自治体の動物愛護センターが引き取りを拒否できるようになった。
同じ2013年、筆者の暮らす台湾でも、ペットにかかわる大きな動きがあった。
きっかけは、1本のドキュメンタリー映画だった。
特別試写会。前列右から2番目がRaye監督(提供:牽猴子整合行銷股份有限公司)
2013年に公開された『十二夜』は、ほぼ目にすることのなかった公設の動物収容所に送られた犬舎に訪れる12回の夜を撮影し、収容期限である13日目を過ぎた犬たちが安楽死に向かう姿を追ったもの。
初日に連れてこられたばかりの犬たちは、抵抗も虚しく、先端の輪の大きさが調整可能な捕獲用の器具で檻に押し込まれていく。
その檻は、これまでに何頭の犬が過ごしてきたのかわからないほど古びており、複数の成犬が閉じ込められ、1日2度のエサを奪い合う。
収容されている間、犬たちは見る見るうちに痩せていき、ある者は血便を流し、動けなくなり、動かなくなり、同じ場所を激しく回転する者もいる。
そして、期限を超えると別室で命の火を消される。
その、犬たちに突きつけられた過酷で衝撃的な映像は、当時大きな話題を呼び、台湾のドキュメンタリー映画史上歴代2位となる、興行収入6,000万元(約2億1,000万円)の記録を叩き出した。
作品のキャッチコピーとなった「領養,不棄養(引き取る、捨てない)」は、台湾に保護犬猫という道があること、飼育放棄された動物たちの末路を知らせる大きなメディアとなった。
映画『十二夜2』より。台湾の地方では「台湾黒犬」をあちこちで見かける(提供:牽猴子整合行銷股份有限公司)
2012年から2016年までの間に、台湾全土の公的収容所で殺処分もしくは所内で死亡した数は次の通りである。
年度 安楽死の総数 収容所内の死亡数 合計
2012 55,398 20,130 75,528
2013 45,672 18,464 64,136
2014 25,057 12,653 37,710
2015 10,892 8,636 19,528
2016 7,960 6,026 13,986
映画上映の翌年には明らかに数字が落ち、5年間で2割ほど。
台湾の立法院では、映画のDVDを片手に「殺処分はかわいそうだ!」などと訴える委員たちも出た。
2015年に台湾政府は「2年後に殺処分ゼロ」を発表。
そして映画公開から4年後の2017年、台湾政府は「殺処分ゼロ」へと法改正を行った。
法律によって殺処分を禁止したのは、アジアではインドと台湾だけである。
ところが、法改正以降、関連報道があまり見られない。
そもそも台湾では、日本のような調査報道自体が少ないのだが、本当に殺処分ゼロになったのか、殺処分ゼロになったあと、何がどう変わったのか伝わってこない。
気になっていたところへ2020年11月末、『十二夜』の続編が劇場公開された。
1作目は収容所メインの内容であったのに対し、2作目では収容所の外、つまり台湾におけるペットのあり方そのものが映し出されていた。
◆衝撃の作品の続編に描かれた現実
2作目の公開が始まったところで、監督のRayeさんにお話を聞くことができた。
「変わったのは法律だけでした。殺処分ゼロに向けて計画があるとか、日本のような数値目標があるとか、予算を割いて人員を配置するとか、そういう具体的な動きはない。むしろ法制化されて、収容所が動物を引き取らなくなる事態が起きました。台湾では法制化に向かわせたのは『十二夜』だと知っている。殺処分ゼロから私たちがすべき課題へともう一度目を向けさせる責任があると考えて、続編を撮ることにしました」
そもそも、Rayeさんがこのテーマで映画を撮るきっかけは中学時代にまで遡る。
学校にはよく野犬がいた。
教室で見たことのある野犬が子犬を産んだ。
ある日、その野犬たちは清掃スタッフに捕らえられ、収容所に連れて行かれた。
Rayeさんは同級生たちと収容所にその犬を探して収容所に向かった。
そこで大人の言う「生き物を大切に」とは真逆の現実を目の当たりにする。
後年、一緒に収容所に子犬を連れて行った同級生に会ったことが、Rayeさんを撮影へと駆り立てた。
それにしても、収容された犬や猫は、いったいどこから来るのか。
作品中、「もらい手がいるかもしれないから」と避妊手術をさせない飼い主、ペットの捨て場として知られるエリアの崩壊状況などが紹介された。
「可愛いというだけで動物を飼い始め、要らなくなったら捨てる。そんな行為を身勝手だと批判するのは簡単です。必要なのは、そういった人たちの行動を変えるためにどうすればいいかを考えることです。しかも、それにはしっかりした説得力が求められます」
2作目で強調されていたのは、教育と避妊手術の必要性である。
「たとえば、台湾では犬を『拾ったから』『もらったから』と飼う人が多い。学校には飼い主の責任を教えるような授業なんてありません。学校、獣医、誰もペットにマイクロチップ装着が必要だということを教える人がいなかった。1作目の冒頭で収容された動物たちからマイクロチップが見つからなかったのは、むしろ当たり前だったといえます」
台湾では1998年に「動物保護法」が成立し、その当時からペットへのマイクロチップの装着が条文化されていた。
しかし、問題は、それを社会が実行できていない、という点にこそある。
ちなみに日本は2004年にまず犬への義務化がスタートし、2022年からは販売業者に装着義務が課せられることになっている。
映画『十二夜2』より。野良犬に避妊手術をさせるため、たくさんの人が走り回る(提供:牽猴子整合行銷股份有限公司)
野良犬野良猫への避妊手術については、台湾では、各地で関連の協会スタッフやボランティアも加わって動物たちの捕獲を行い、獣医師の行う無料の避妊手術が実施されている。
作品中では、その施術の様子や、学校の授業の一環として収容所を訪ねる様子が紹介され、さらには今回の撮影は海外にも及んでいた。
「世界でも最先端といわれているオーストリア、そしてアメリカ、日本の3カ所を訪ねました。オーストリアは、国民投票によって国民に対する動物福祉教育をすべきだ、と政府に要求し、しっかりした教育制度が実現されていました。日本の長野県で見た動物愛護センターは、地域住民に対する動物に関する教育を行う場所となっていました。20年近く前に建てられたそうですが、とてもそんなふうに見えませんでした。日本の人たちは教育の必要性をそんな前から考えていたのかと、その先見の明を感じました」
映画『十二夜2』より。監督たちは長野県の動物愛護センターも取材した(提供:牽猴子整合行銷股份有限公司)
日本はその先見の明が生かされているといえるのだろうか。
取材後、ここ数年の殺処分数を確認すると、次のような結果だった。
日本 台湾
2016 55,998 13,986
2017 43,216 763(所内死亡数3,677)
2018 38,444 不明
筆者には、日本の殺処分数が数万単位という状況に、むしろ愕然としたほどだ。
台湾も日本も、ペットに対する意識など、抱えている課題に共通点があるのではないか。
◆映画『十二夜』がもたらしたもの
1作目の『十二夜』は現在、YouTubeで英語の字幕付きで全編公開されている(リンク)。
それは、上映当初から計画していたことだった、とRayeさんは言う。
「最初から学校の先生たちが使ってくれたら、と思っていました。ただ、公開してからいろいろとフィードバックをいただいてわかったのは、ぜひ授業で取り上げてみたいのだけれど、『どんなふうに教えたらいいかわからない』という先生方が結構いらしたことです」
現在教壇に立つ教師の立場で考えてみれば、「自分たちも教わったことがないテーマ」である。
そう気づいたRayeさんは、授業用のショート映像と教材を作成し、利用してもらえるようにした。
今回は公開前から小学校、中学校、高校の先生たちに見てもらい、来年には先生向けのワークショップを予定しているという。
参加する教師たちは、特定の専門科目に限らない。
「数学なら数学の、国語なら国語なりの取り上げ方があると思うんです。なぜなら、このテーマは一つの『態度』だからです」
「態度」と言われてハッとした。
振り返ってみると、Rayeさんは『十二夜』1作目で問題提起を行い、2作目で教育と避妊手術の必要性を訴え、さらに教育関係者の行動変革の道筋をつくり出している。
「法律が変わったから、みんなが飼っているペットに対して避妊手術をするようになるかというと、そんなことはありません。特効薬なんてないんです。やはり、人から人へ、避妊手術の必要性と、どうすべきかをしっかり伝えることが大切です」
特別試写会の会場で、『十二夜2』を見終えた観客の1人がRayeさんに問いかけた。
行動の必要性はわかったが、観客にできることはあるのだろうか、と。
彼女はこう答えた。
「一人ひとり、できることは違うと思います。時間があれば、ボランティアすることもできますし、なければ関係団体への募金という方法もあります。ただ、お金やたくさんの時間をかけたりせずに、誰にでもできることがひとつあります。それは、周囲の人と話し合うこと。犬や猫は話すことができません。彼らに代わって話し合う、その行動の積み重ねが事態を変えていくのだと思います」
日本と台湾には、まだまだ改善の余地がある。
互いにいいところを学びながら、解決に向けて前進していけるよう心から願いたい。
1973年愛媛県生まれ。大学卒業後、出版社で編集者として勤務。2013年に退職して台湾に語学留学へ。1年で帰国する予定が、翌年うっかり台湾人と国際結婚。上阪徹のブックライター塾3期修了。2017年からYahoo!ニュース個人オーサー。雑誌『& Premium』でコラム「台湾ブックナビ」を連載するほか、東洋経済オンライン、講談社FRaUなどに寄稿する。ただいま台所と猫をテーマに取材中。
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