ブリーダー大量廃業で犬猫13万頭が「殺処分」?
「小泉進次郎」のペット規制で
2020年10月30日(金) デイリー新潮
◆「悪質な事業者を排除するレッドカードを出しやすい、そういう明確な基準とする」、「厳格な対応をより一層速やかに進めることができる」、「動物目線の基準とすることができた」
「犬好き」が結んだ縁
今後の動物愛護行政を左右する“基準案”について、小泉進次郎環境大臣は7月10日の記者会見でこう胸を張った。
この案は今月7日の有識者会議で正式にまとめられた。
ここで語られた基準案とは、昨年改正された動物愛護法に基づいて、目下、環境省が詰めの作業を進める“数値規制”を指す。
動物愛護法の改正は過去にもあったが、業者に対して厳格な数値規制が盛り込まれるのは初めてのこと。
劣悪な環境で動物たちを飼育する悪質業者の排除を目的としており、この新基準を含む環境省令が来年6月に施行されることになる。
実は、この会見の前日、進次郎氏の妻である滝川クリステルは、全国100カ所の犬猫保護団体に対して20万円ずつ、計2千万円の寄付を行ったと公表したばかり。
自身の名を冠した動物保護団体「クリステル・ヴィ・アンサンブル」の代表を務める滝川は、東日本大震災の際に福島県で保護されたレトリーバー犬のアリスを引き取るなど、大の愛犬家で知られる。
得意のテーマで夫の会見前に露払いを務めたことからも、婦唱夫随の連携プレーぶりが窺える。
一方、進次郎氏がこの仕事に力を注ぐのには理由があった。
政治部デスクによれば、「存在感が薄まる進次郎にとっていまは正念場です。記者クラブから中身のない会見を“ポエム”と批判されて針のムシロ。環境省に改善要求を出される始末です。また、政府は福島第一原発に溜まる放射性物質を含んだ処理水について、海洋放出する方針を固めましたが、進次郎による地元への説得は全く進んでいない。大臣には国益のために泥を被る覚悟も必要。それだけの胆力があるのか、真価が問われています」
そんな進次郎氏にとって“実績”作りは急務と言える。
その点、飼い犬・猫の数が約1900万頭にのぼる日本で「ペット問題」は国民的関心事。
耳当たりが良く、大衆の支持を得やすい動物愛護に絡むテーマはうってつけなのだ。
ところが、そんな夫婦の“共同作業”がペット業界を震撼させているという。
大手ペットショップチェーンの幹部はこう訴える。
「今回の数値規制が現実のものとなれば、ペットの価格がこれまで以上に高騰して、日本は世界で最もペットを飼いづらい国になってもおかしくありません。同時に、ブリーダーの廃業も相次ぎ、彼らが飼育する多数の犬や猫が行き場をなくしてしまう」
令和のビッグカップルが動物愛護の美名のもとに推し進める新基準――。
だが、そのせいで、むしろ動物たちが命の危険に晒される事態が懸念されているのだ。
問題の基準案は、概ね次のような内容である。
〇業者の飼育頭数に上限を設ける。繁殖用の犬は従業員1人につき15頭、猫は25頭まで。販売する犬は1人につき20頭、猫は30頭までとする。
〇運動スペースと分離して犬猫を飼育する場合のケージの広さは、原則的に縦と横がそれぞれ体長の2倍と1・5倍。高さは犬で体高の2倍、猫は3倍とする。
〇交配年齢については、犬猫ともにメスは原則6歳まで。また、犬の生涯出産回数は6回までとする。
これに加えて、幼い動物たちの健康面をケアするため、改正動物愛護法で定められた、生後56日以下の子犬や子猫の販売を禁じる「8週齢規制」も来年6月にスタートする見込みだ。
先のペットショップチェーン幹部が続ける。
「これまではペット業界も“悪徳業者を淘汰するために法律で厳しく取り締まるべきだ”という論調が大半を占めていました。ただ、今回の数値規制はあまりにも非現実的だと感じます。なかでも、我々にとって死活問題なのはペットの価格です。2005年の動物愛護法改正でブリーダーが登録制になり、趣味で繁殖を手掛けるホビーブリーダーは減少。供給が減ったことで犬の価格は15年前の4倍近くに高騰している。今回の数値規制でブリーダーの飼育頭数が減れば、さらに2倍近く価格が跳ね上がってもおかしくありません」
◆3割以上が“廃業”
愛犬と散歩する滝川(撮影・大橋和典)
仮に価格が倍増すると、現在、約30万円で販売されるチワワは60万円に、都内のペットショップで50万円ほどの値がつくフレンチブルドッグは100万円に達する。
とても子どもの誕生日プレゼントとして購入できる金額ではない。
一方、ペットショップ以上に煽りを食うのはブリーダーたちである。
犬猫のオークション事業に携わる、一般社団法人ペットパーク流通協会の上原勝三会長はこう語る。
「頭数制限が課されるとは聞いていましたが、従業員1人につき繁殖犬15頭までという規制は想定外でした。世界でも数値規制を導入している国は少なく、アメリカでは1人につき50頭~70頭、ドイツは10頭と開きがあります。今回の数値規制は、世界で最も厳しいドイツに近い数字ですが、そもそも、ドイツでは大型犬を扱うホビー目的の小規模ブリーダーが大多数を占めている。法規制や産業実態が全く違うドイツと大差ない数値規制をそのまま日本に当てはめるのは、さすがに無理があると思います。繁殖制限もあるのでブリーダーは7歳を超えた繁殖犬を泣く泣く手放さざるを得ない。再来年には改正動物愛護法で定められたマイクロチップの装着義務も始まります。およそ200年前に動物愛護法ができたイギリスをはじめ、欧州ではペットに関する法制度に長い歴史がある。日本ではここ数十年、急ピッチで法改正が進められてきたが、これほどの変革が一気に押し寄せては業界としても対応しきれません」
こうした事態を受けて、上原氏が会長を務める協会は、犬猫適正飼養推進協議会とともに繁殖業者への緊急アンケートを実施。
結果を見ると、まず犬の平均飼養頭数は28・9頭で、猫は42・6頭。犬の繁殖業者のうち64・8%、猫の31・7%が頭数基準をオーバーしていると回答した。
基準を超えて飼育できないとなれば、犬猫を合わせて13万頭以上が行き場を失うと推計されている。
入れ替わりが激しいため、業者が飼育する正確な頭数は行政も把握しておらず確認できないが、13万頭もの犬や猫が路頭に迷えば、もはや社会問題であろう。
さらに、従業員数を増やすことが難しい小規模ブリーダーが経営難に陥ることは避けられない。
実際、犬の繁殖業者の32・3%、猫の18・9%が“廃業”を視野に入れているという。
譲渡先が見つからず、さらにブリーダー自体が大量廃業に追い込まれれば、動物たちが山奥に遺棄されたり、野良犬や野良猫となって殺処分される危険性が高まるのだ。
◆科学的根拠に乏しい
全国ブリーダー協会で名誉学術顧問を務める筒井敏彦氏も懸念を口にする。
「問題は数値規制に科学的根拠が乏しいことです。私は獣医学者の立場から犬と猫のブリーディングの研究を続けてきましたが、犬のサイズにかかわらず同じ規制をかけることには首を傾げざるを得ません。小型犬の平均寿命は15歳前後で、大型犬は平均10歳前後。“交配は6歳まで”と定めたところで、大型犬と小型犬では寿命や繁殖能が大きく異なります。“8週齢規制”にしても、生後7週で親から離した場合と、生後8週の場合のデータに科学的な違いはありませんでした。せっかく殺処分数が減り続けているのに、きちんとしたデータに基づかない規制によって増加に転じたら元も子もありません」
実は、平成30年度における犬と猫の殺処分数は3万8444頭と、平成19年度の約30万頭から大きく数を減らしている。
にもかかわらず、動物愛護を目的とした新基準によって、大量の殺処分を招く事態になったら話になるまい。
他方、滝川は13年10月に公開されたウェブ上の記事でこんな発言をしていた。
〈海外では産後8週以内の赤ちゃんの販売は禁止されています。生まれてすぐに親から引き離され、精神的にも不安になり、病気の状態もわからない〉(「DRESS」HPより)
滝川の発言は“8週齢規制”を後押ししたもので、さらに夫の所管大臣就任で動物愛護行政をラジカルに動かした格好である。
「悪徳ブリーダーを排除するという目的自体には賛成です。しかし、今回の基準は全く実情に即していないと感じています」
そう打ち明けるのは、都内で約100頭の犬を扱うブリーダーの臼井祐子氏。
「私はシェットランド・シープドッグ、通称“シェルティ”という中型犬を専門に飼育しています。実は、今年2月に新居が完成して、冷暖房を完備した犬たち専用の部屋を作ったばかり。いまのケージは犬たちが立ち上がっても頭が天井に触れない高さですが、基準案に沿った大きさや素材で新調すると、ひとつ2万5千円かかります。100頭分だと出費は250万円にのぼりますし、専用部屋に入り切りません」
臼井氏を含めスタッフは7人いるため、いまのところ頭数規制には引っ掛からない。
しかし、「一人でも辞めたら、その分の繁殖犬15頭はどうしたらいいのか……。ブリーダーとしての責任があるので、譲渡する際にはシェルティを飼育する大変さをきちんと伝えています。そのため、里親が見つかるのは年に2~3頭程度です。今後は善良な業者ほど法律を守ろうとして追い込まれていくでしょう。その反面、悪徳ブリーダーが“こんなに基準が厳しいならもう殺すしかない”と考えるのではと心配でなりません」
その一方で、動物愛護派からは「もっと厳しい基準を」との声が上がっている。
新基準がペット業界を混乱に巻き込んでいることについて環境省に質すと、「基準の施行に伴う遺棄、殺処分、不適正飼養等を生じさせないよう、繁殖を引退した犬猫や保護犬猫の譲渡が促進される環境づくりを進める」とした上で、「経過措置について検討する」と回答したが、具体的な解決策は見えてこない。
そもそも、賛否の割れるテーマで手腕を振るうのは政治家の役割だろう。
だが、いまの環境大臣に、妻をはじめとする急進的な動物愛護派と、悲鳴をあげるペット業界の双方を納得させるだけの手腕があるかと問われれば、“否”と言わざるを得ない。
「週刊新潮」2020年10月29日号 掲載
新潮社
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