コロナ危機後も中国人がコウモリやヘビなど野生動物を食べ続ける理由
コロナで中国人の食習慣は変わるか
2020年8月18日(火) 現代ビジネス
「野生動物を食べるのは野蛮だって? 動物の内臓には特殊な栄養要素があるのを知らないのかい?」
「豚の内臓や手や足を食べずに捨てる? 冗談はやめてくれ。俺たちは外国人じゃないんだ!」
「野生動物を食べる理由? 美味いからに決まっているじゃないか」
「会食禁止、大皿料理から個別盛り、じか箸ダメで取り箸使え? 食事は腹を満たすものだけじゃないはずだ!」
「取り箸使うなんて、他人行儀だね」
中国では、千年以上続いた習慣を変えるか否かの瀬戸際に立たされている。
なかでも生活の基本である食習慣は、コロナ禍のもと、どこまで変化させられるのだろう。
◆生きたまま売られる食用動物
ヘビのスープ〔PHOTO〕gettyimages
中国で疫病が発生すると、必ず問題にされるのが、生鮮食料品市場と、そこで売られる野生動物だ。
思い返せば2003年、SARS(重症急性呼吸器症候群)は、広東省の生鮮市場から広まったとされている。
その後の研究で、ウイルスを持ったコウモリを食したハクビシンが感染源とも言われている。
それから17年。
今回の新型コロナウイルスは、諸説あるものの、武漢の華南海産物市場が発生源というのはほぼ間違いないだろう。
市場は今年1月1日に封鎖されたが、この時点で、すでにウイルスは市中に蔓延していたと考えられる。
中国の報道によると、この市場では、普通の加工肉のほか、生きたまま売られる食用動物も多く、具体的には鶏やロバ、羊、豚、ラクダ、キツネ、アナグマ、タケネズミ、ハリネズミ、ヘビと多岐にわたる。
まるで動物園である。
規模の違いはあっても、こうした市場は中国全土で存在する。
北京、上海のような近代都市も例外ではない。
日本で言えば、アメ横や築地や豊洲市場のように、卸売りの他、一般客も買いに行く。
そして中国人消費者は、日々の買い物は、この市場に行く。肉や野菜、海産物など、スーパーで買うより市場のほうが、圧倒的に鮮度が高いし、価格も安い。
テレビ、冷蔵庫、洗濯機が三種の神器と言われたのは80年代のことで、当時、冷蔵庫がない家庭は普通だった。
しかし、別に不自由はない。
中国人は冷たいものを嫌ううえ、毎日、市場で新鮮な食材を買えばいい。
鶏は生きたまま買ってきて、直前に首をしめて調理する。
それが最高のご馳走だった。
◆野生動物を食べるのは究極の贅沢
新鮮さの他に、食材の珍しさにも、中国人の食に対するこだわりが表れる。
満漢全席といえば、西太后が愛した料理として知られているが、数日間かけて100種類ほどの料理が出されたという。
山・陸・海などから珍味が集められ、ツバメの巣・フカひれなどはさほどの高級料理ではなく、ここで言う珍味とは、熊の掌・象の鼻の輪切り・蛇・猿などを指す。
食材は中国料理の基本である。
現代でも、高級になればなるほど、珍しい食材を使った料理が卓上に並ぶ。
外国人駐在員たちは、取引先との接待の場で、望む望まないは関係なく、日本では口にすることのない料理と相対する場面も少なくない。
友人の中国駐在経験者は、コウモリ、ヘビ、ゲンゴロウ、サソリなどを接待の席で食べた経験があると言う。
「多くは鳥類で、キジ、白鳥、クジャクの類は、よく出現しますね。某有名メーカーOBから『駐在員は食べ物に気をつけないといけないよ。変な病気もらったら会社に迷惑かけるからね』と注意されたことを、今回の新型肺炎騒動で思い出しました。
でも相手は好意で高い料理をご馳走してくれているわけで、なかなか断れませんよね」
この友人いわく、ヘビは鳥のササミみたいな味だったそうだ。
食材としてだけではない。
漢方では薬剤としても利用されている。
野生動物は免疫力を高めるとされていて、農場で育った動物より、野生のほうが、栄養も豊富だと信じられている。
いずれにしても、中国人にとって、こうした野生動物を食するというのは、究極の贅沢であり、ごく限られた富裕層だけが可能である。
ウイルスの発生源とされているのにもかかわらず、中国政府がなかなか売買禁止にできないのは、野生動物を好む富裕層の反発を恐れているからという説さえある。
◆「個別盛り、取り箸……うんざり」
もうひとつ中国人の食習慣に大きく影響しているのが、中国料理の西洋化である。
ある中国人は言う。
「一人メシ、個別盛り、取り箸、取り匙……うんざりだ。だけど疫病が収まれば自然忘れていくさ。SARSの時も盛んに提唱されたが、一年たたないうちに雲散霧消したからね」
中国政府はコロナ禍にあたって「公筷公勺」つまり「取り箸・取り匙」を使おうというキャンペーンを始めた。
中国において、じか箸とは我々日本人が考えるように、単なる作法上の問題ではない。
中国料理といえば、大皿料理である。
中国で大皿料理が一般的になったのは、商人が登場した宋の時代と言われている。
各地から都市に集まった商人たちは、酒楼と呼ばれる場所で、同じテーブルを囲み、大皿料理から料理を取り分けながら食べ、賑やかで楽しい雰囲気のなかで商談をまとめていった。
現代で言うビジネスディナーである。
中国人にとって、食事とは、単に空腹を満たすだけのものではない。
感情の育成、人間関係の構築である。
取り箸を使うことは、究極の他人行儀なので、できれば使いたくない。
大きな円卓を囲み、親しい仲間がわいわいがやがや、楽しく酒を飲み、食事をする。
おいしい料理は仲間で取り分け、楽しみを共有する。
食事時間を賑やかに楽しむことは、中国人の天性と合致する。
「このような素晴らしい伝統文化を無くすのは先祖に対し申し訳ないし、受け入れがたい」……。
これが庶民の正直な感想である。
◆多くの中国人を震撼させた数字
それにしても、江蘇省杭州市疾病管理センターで行った実験結果は、彼らにとっても衝撃的だったはずだ。
食事の際に、じか箸の場合と取り箸を使った場合とでは、食後の細菌量がどう違うかを比較するというもので、じか箸の場合、細菌数は取り箸を使った時の最大で250倍だったという。
この数字は多くの中国人を震撼させた。
新型コロナの後に実施されたアンケートによると、取り箸を使うことに対して、支持率は100%で、反対はゼロだったそうだ。
しかし、支持率と実行率は別問題である。
現実に実践しているかどうかになると、話は別で、現段階では、取り箸の使用率は、まだ低いと言っていい。
そして「公筷公勺」と並行して提唱されているのが、中国料理を西洋式で食べよう、という新しい様式である。
簡単に言うと、大皿に盛るのをやめようというもので、真ん中にスープ、四隅に小分けした料理を配するという西洋風に食事をしようということだ。
ただしこれは、用意する時や片付けの時、実に面倒だ。
食事の際の賑やかな雰囲気も損なうし、相手との一体感もない。
食事の最大の目的である、もてなしの気持ちも損なわれてしまう。
衛生的ではあっても、食事の楽しみが減るのも事実である。
何千年も続いた習慣や、民族的な心理を変えるには、時間がかかる。
年頭から始まったコロナ問題だが、夏を迎えて世界各地でいわゆる「第2波」が出現し始めた。
日本も同じである。
東京など都市圏では、食事会、飲み会などで感染が広がっている。
そもそも人間は会食が好きな生命体である。
親しい人々と楽しく会話しながら、美味しく、珍しい料理を楽しむ。
この豊かな時間が失われる悲しみは、言葉で言いあらわせないが、コロナ禍のなか、いかに折り合っていくかに、人間の智慧が試されている。
青樹 明子(ノンフィクション作家)