犬猫の繁殖・販売業者への「数値規制」
環境省案に残る二つの問題
2020年8月14日(金) 太田匡彦 | 朝日新聞 専門記者
犬猫の繁殖・販売業者への数値規制を巡り、環境省が取りまとめた基準案が8月12日、有識者らによる「動物の適正な飼養管理方法等に関する検討会(第7回)」で承認された。規制の主なポイントをあげると、
・従業員1人あたりの上限飼育数は、繁殖業者では繁殖用の犬15匹、猫25匹。ペットショップでは犬20匹、猫30匹。
・犬の飼育施設の広さは、たとえば体長30センチの小型犬を入れる場合の平飼い用ケージは1・62平方メートル以上。ただし、そのスペースに2匹入れられる。
・犬を寝床に入れっぱなしで飼育する場合は、床面積を体長の2倍×1・5倍以上、高さは体高の2倍以上とし、運動スペースに1日3時間以上出すことを義務化。
・猫の飼育施設は、広さと高さに関する計算式を規定したのに加え、平飼い用ケージでは猫が乗れる棚を2段以上設置した構造にする。
・繁殖については、犬猫ともに、メスを交配させられるのは6歳まで。
ほかにも、ケージの床材として金網を使用することを禁止。
毛玉に覆われたり、爪が伸びたままだったりする状態にすることも禁じるなど、定性的な規制も盛り込まれた。
劣悪な飼育環境で繁殖に使われていた犬(動物愛護団体提供)
数値規制は、一部の業者による劣悪飼育の問題を改善するため、昨年成立した改正動物愛護法で、環境省令によって設けるよう定められていた。
この日の検討会には小泉進次郎環境相みずから出席し、「事業者側からは、この基準に反対するような声もあがっているようですが、厳しい規制が嫌がられるかどうかといったことを判断のベースにするのではなくて、あくまで、動物のよりよい状態の確保はどうあるべきかという視点に立つという考え方に変わりはありません。後退することのないよう、しっかりと取り組んでいきます」、「今回策定される新たな基準に基づき、自治体と連携しながら、動物取扱業の状況を着実に、速やかに改善していくということを、この場をお借りしてはっきり申し上げておきたい」と自信を見せた。
◆踏み込んだ環境省案
確かに、環境省が示した基準案を総合的に見れば、ビジネスに利用される犬猫たちの心身の健康を守れるよう、踏み込んだものになっている。
これまで数値規制がないために自治体が適切に監視・指導を行えず、悪質業者が野放し状態になっていたことを思えば、大きな前進と言えるだろう。
だが、第6回検討会(7月10日)で示された当初案について指摘してきた「穴」は、残念ながら、ほとんど埋まっていなかった。
多くの悪質業者を取材してきた経験から言えば、大きな問題が二つ残されている。
まずは、飼育施設の面積に関する規制だ。
環境省が基準案策定にあたって「最大限尊重した」(小泉環境相)という超党派の「犬猫の殺処分ゼロをめざす動物愛護議員連盟」の案では、平飼い用ケージについて小型犬1匹あたり2平方メートル以上としていた。
環境省が示した基準案では、体長30センチの小型犬では平飼い用ケージの広さを1・62平方メートル(ちょうど畳1畳分)としてあり、それほど差はない印象を受けるが、実はこのスペースで2匹飼えるようになっている。
これでは、少なくない業者が、一つのケージの中に2匹入れるだろう。犬の相性によっては、そうとうのストレスがかかることは免れない。
今回は新たに、一緒にケージの中にいる犬が子ども産んだ場合は「親子以外の個体の同居不可」という基準が加わり、当初案からは多少の前進はあった。
だが犬1匹につき、実質的に議連案の半分の広さしか確保されていないという根本的な問題は、解決されないまま残った。
◆メスの「酷使」防げない
もう一つ、今後大きな問題になると考えられるのが、繁殖に関する規制についてだ。
環境省が示した基準案は、犬猫ともに「メスの交配は6歳まで」と、年齢でしか規制をかけていない。
繁殖回数を規制しない状態では、悪質な業者であれば、初回発情がくる生後10カ月程度から6歳まで、1度でも多く交配、出産させようとするだろう。
犬種、猫種によって異なるが、最大で犬では10回程度、猫では18、19回程度という「酷使」が可能になってしまう。
繁殖規制こそ、超党派議連が示した案(犬猫ともに「交配は1歳以上6歳まで」「出産は生涯6回まで」)を「最大限尊重」して、回数規制を設けるべきではなかっただろうか。
この日の検討会では、委員からの指摘も相次いだ。
「初回発情を飛ばすというのは、諸外国にも既にそういう規制がありますので、ここは『初回発情を飛ばす』とした方が明快ではないか」(水越美奈・日本獣医生命科学大学獣医学部教授)
「根拠法令(動物愛護法)21条2項6号のところで『動物を繁殖の用に供することができる回数』とあり、これについて基準を定めていくんだというふうに法律では書いてある。今回の案がそれに沿ったものと言えるのかどうか」(渋谷寛弁護士)
「回数と法律に書いてあるときに、回数は定めないと正面から言うのは、議員立法のあり方としてどうなんだという気がする。法律の趣旨に沿った基準の策定になっているんだろうかということを、少し疑問に思う」(磯部哲・慶応義塾大学大学院法務研究科教授)
◆環境省「新たな議論の場」設置へ
環境省の言い分は、2022年6月から繁殖用の犬猫にマイクロチップ装着が義務化されるため、「年齢」の確認が確実に行えるようになり、年齢規制のほうが実効性が高い、というもの。
だが一方で、今回新たに、「マイクロチップの装着・登録が義務化されるまでは、年齢に加え、出産回数(6回まで)を規定することを検討」するという考えも示しており、実質的に「回数」、しかも「6回」での規制の意義を認めている。そもそも繁殖業者やペットショップには既に帳簿による個体管理が義務づけられているため、「回数」の確認も可能であり、実効性もある。なぜ、酷使につながる「年齢」だけによる規制にこだわるのか、はなはだ疑問だ。
磯部教授はさらに、「マイクロチップが義務化されたときに、それまで適用されている『出産回数6回まで』という規定をあえて外さなければいけないという理由があるのかどうか、ちょっとよくわからない。マイクロチップ義務化後もそれを運用してもいいのではないか」とも指摘している。
環境省は、「でる限り早い段階で(繁殖用の犬猫が愛玩用として[筆者注記])譲渡されるための効果的な施策を推進するための新たな議論の場を設置する」と表明しており、引き続き、繁殖に関する規制のあり方は議論の的になりそうだ。
環境省は今後、秋までに中央環境審議会動物愛護部会で基準案を審議したうえで、パブリックコメントにかける予定だ。
数値規制が盛り込まれた環境省令は、来年6月に施行される。
太田匡彦朝日新聞 専門記者
1976年東京都生まれ。98年、東京大学文学部卒。読売新聞東京本社を経て2001年、朝日新聞社入社。経済部記者として流通業界などの取材を担当した後、AERA編集部在籍中の08年に犬の殺処分問題の取材を始めた。15年、朝日新聞のペット面「ペットとともに」(朝刊に毎月掲載)およびペット情報発信サイト「sippo」の立ち上げに携わった。文化くらし報道部に在籍中の19年4月に専門記者に登用され、同年5月から特別報道部に配属。著書に『犬を殺すのは誰か ペット流通の闇』(朝日文庫)、共著に『動物のいのちを考える』(朔北社)などがある。