「殺処分ゼロ」はまやかし、日本でペットの「闇処分」が横行する理由
2020年2月8日(土) DIAMOND
近年、ペットの殺処分が社会問題になっている。
各自治体や省庁は「殺処分ゼロ」に向けたスローガンを標榜しており、そのかいあってか、統計上は殺処分の減少に成功している自治体も増えてきているのだが、実は「闇処分」が急増しているにすぎないという。
闇処分が横行する理由をペットジャーナリストの阪根美果氏に聞いた。
(清談社 岡田光雄)
「殺処分」は減ったが、「闇処分」が活発に...。日本は海外から「動物愛護の三流国」と見なされている Photo:Kurita KAKU/Getty Images
◆殺処分は減っているが 実態はボランティア頼り
相変わらずペットブームは陰りを見せず、犬や猫はSNS上などでも集客の見込めるドル箱コンテンツとなっている。
矢野経済研究所の調査によれば、2017年度のペット関連総市場規模(小売金額ベース)は1兆5193億円で、19年度は1兆5629億円になる見込みだ。
その一方、ペットショップで売れ残ったり、飼い主に捨てられたりして次の里親や保護先が見つからなかった動物には、保健所での殺処分という残酷な運命が待っている。
そこで近年は、行政などで殺処分をなくす取り組みが実施されている。
環境省の発表では、08年度に27万6000匹だった殺処分の数は、17年度は4万3000匹に激減している。
「統計上は犬や猫の殺処分が減っている自治体は多いのですが、その多くは動物愛護団体や個人のボランティアが引き取り、里親を探しています。そうした方々が必死に保護しても、営利目的の悪徳ブリーダーが過剰繁殖を繰り返すので供給が止まらず、安易に飼い始めた飼い主が身勝手な理由で自治体に持ち込んだり、捨てたりするため保護が追い付かない状態です」
◆売れ残った動物は 「引き取り屋」に流れる
さらに、動物愛護団体やボランティアに行き着くまでの段階では、多くの犬や猫が「闇処分」されている現実もあるのだ。
ペット業界では、まずブリーダーのもとで産まれた子犬・子猫がオークションで取引され、ペットショップを経て飼い主に渡ることが多い。
しかしその過程で、“商品にならない”“大きくなって価値がない”“繁殖できないなら不必要”という烙印(らくいん)を押された犬や猫を引き取る闇の業者が存在する。
「ブリーダーやペットショップなどで売れ残った動物たちは、一昔前までは自治体が引き取っていたケースもありましたが、2012年に動物愛護法が改正されて以降それが難しくなったため、より『引き取り屋』の動きが活発になってきました。引き取り屋は、一応表向きは『1匹につき数千円~数万円の飼育費をもらえれば、あとはこっちで一生面倒見ますよ』というタテマエで引き取ります。しかし実際には、積み上げた狭いケージに犬や猫を閉じ込め、餌もろくに与えず、病気になっても治療をせず、結局は死なせてしまう業者も少なくないのです」
しばしばメディアで報じられるように、引き取り屋の中には事実上殺処分を代行しているところも多い。
引き取り屋自体は違法ではないが、飼育放棄や虐待などが疑われるケースも少なくないのだ。
「最近は動物愛護団体や個人のボランティアも目を光らせており、ペットショップなどに電話して『そちらのお店では引き取り屋に犬や猫を流したりしていないですよね?』と聞いて回っているところもあるようです。そのため、ペットショップによる闇処分の数は減っているとは思いますが、それでも中には里親募集をかけるのが面倒だ、飼育代がかさむといった理由から流しているところもあるようです」
◆ブリーダーの殺処分が バレない理由
犬や猫の販売は、生き物だけにトラブルもつきもの。
最近、業界のネガティブなイメージを払拭するため、大手ペットショップでは子犬や子猫の遺伝子検査を始めるようになった。
遺伝子疾患を発症しやすい遺伝子を持っていることを知らずに販売してしまい、後々ペットに症状が出てきて飼い主とトラブルになるケースも多いため、子犬や子猫の健康を担保するのが目的だ。
しかし、その検査の中身は不十分である上に、検査自体が新たな問題の温床となっている。
「遺伝子検査といえば聞こえは良いものの、実際には重篤な遺伝子疾患の検査しか行われていません。日本はまだその分野は遅れていて、検査ができる項目がかなり少ない上に、その必要性に対する意識が低すぎるのです。遺伝子検査を始めたこと自体はペット業界の進歩といえますが、一部しか行わないのであれば健康を担保したとはいえません。『健康な子犬・子猫』とうたっているペットショップがありますが、飼い主が望むような健全なレベルとはいえないのです。さらに気になるのが、検査で引っ掛かった遺伝子疾患の遺伝子を持つ子犬や子猫、その親犬や親猫(子にその遺伝子があれば親も持っている可能性がある)は最終的にどこに連れていかれているのか…ということです」
需要があるため、引き取り屋という商売も存在し続けるのだ。
そもそもブリーダーが過剰に犬や猫を供給し、遺伝子疾患のリスクに十分配慮しないため、引き取り屋のような商売が成り立つわけで、この“元栓”を締めない限り解決は難しい。
「闇処分の一部はブリーダーの段階でも行われています。悪徳ブリーダーの中には、引き取り屋に払うお金も惜しいため、商品にならない子犬や子猫を遺棄したり、自分で殺処分したりしている人もいるようです。19年6月に改正された動物愛護法では、繁殖犬や繁殖猫、販売される子犬や子猫にはマイクロチップを装着し、登録することが義務づけられましたが(公布から3年以内に施行)、ブリーダーの段階では子犬や子猫は装着前なので遺棄・殺処分をしても明るみに出ることはありません。また、現行の法律では飼育施設や繁殖回数などに具体的な数値規制もないため(環境省令として検討中)、事実上、犬や猫の過剰繁殖と闇の殺処分が、し放題なのです」
◆過剰繁殖で遺伝子疾患や 奇形の動物が生まれやすい理由
ブリーダーにとってはペットショップに買いたたかれるため、動物を量産せざるを得ないという事情もあるのかもしれない。
さらに、最も問題視すべきは、一部のブリーダーが、専門性の知識が乏しいために問題のある繁殖をしてしまっているという事実だ。
「たとえば折れ耳のスコティッシュ・フォールドはかわいいと人気ですが、あの折れ耳は軟骨の形成異常(骨軟骨異形成症)によって生まれたものです。特に折れ耳同士の繁殖で産まれた子猫は、『骨瘤』という関節の病気が重症化しやすいため、絶対にしてはならない繁殖です。犬の場合でも、ペットショップなどで販売されているレトリーバー系の子犬の多くは、股関節の形成異常(股関節形成不全)があるといわれています。それを防ぐためには親犬の股関節のレントゲンを撮り、専門機関で見てもらい、問題のない犬同士の繁殖をする必要があります。本来、繁殖は注意深く行う必要がありますが、日本では専門性に乏しいブリーダーが多く、過剰繁殖や間違った繁殖を繰り返しています。当然、不幸な子犬や子猫がたくさん生まれてくることになります」
例えるならこれは、薬学の知識を持たない薬剤師がでたらめに薬を配合しているようなもの。
その結果、商品に“なれなかった”子犬や子猫たちが量産されては闇処分されてしまうのだ。
問題の根底には、ブリーダーになるハードルの低さも関係している。
「ブリーダーは、一昔前なら自己申告さえすればできる仕事でした。現在は必ず事業所ごとに動物取扱責任者(ブリーダーと兼ねている場合が多い)を置かなければならないのですが、その者はいくつかの要件をクリアする必要があります。そのひとつは、現場で半年間以上の実務経験が必要なのですが、実際には半年の勤務期間で月に1~2日の出勤でも要件がクリアできたと聞いたことがあります。また、2カ月ぐらいの通信教育を受けて、認定資格を取得すれば簡単になれてしまいます。『命』を扱う職業である以上、しっかりとした知識と技術を兼ね備え、学ぶ中でその責任を心に刻まなくてはいけません。本来ならブリーダーを国家資格にすべきだと思います」
◆海外から見た日本は 「動物愛護の三流国」
お上がその気になれば、ブリーダーを免許制の職業にする、あるいは飼育施設や繁殖回数に厳しい規制を設けるなどいくらでも対処法はあるように思えるが…。
「動物愛護部会に参加している有識者の中には、ペット業界で影響力のある企業や団体の方々もいますので、時に何らかの圧力などが働いているのではないかと聞くこともあります。ブリーダーに厳しい規制がかかれば、業界全体が打撃を受けることになりますから、なかなか一筋縄ではいかないというところでしょう。残念ながら、動物愛護という観点では、日本は海外から“三流国”といわれています。実際に私も欧米のブリーダーから猫を譲ってもらおうと問い合わせをしたことがあるのですが、『意識が低い日本になんて絶対に譲りません』と断られました」
いまこの瞬間も、新たな命が生まれては大量廃棄されている。
そこに生命の尊厳はなく、ただ“物”として命が間引かれているのだ。
岡田光雄