奄美大島ノネコ問題
命を守りたい人々と環境省との激しい攻防
――「猫3000匹殺処分計画」その後
2020年2月1日(土) 文春オンライン
猫の命を守るために闘う人々の証言――奄美大島「猫3000匹殺処分計画」の波紋 #3 から続く
傷つくノネコ
昨年末より奄美大島で猫の捕獲ペースがあがっている。
計画1年目の2018年11月は2匹、12月は1匹に対し、計画2年目の2019年11月は14匹、12月は25匹だ。
今年に入ってからは現在のところ14匹が収容、これまでで総計149匹の猫が捕獲(1月26日時点)された。
今回記事執筆に至ったのは、猫の捕獲ペースがあがる中で、猫を捕獲してから飼育に至るまでの状況が目に見えて悪化し、特別猫好きでない私から見ても、これに目をつぶることはできないと思ったからだ。
死に至らないまでも、奄美大島の猫は傷つき、常に危険な状況にさらされている。
また譲渡認定人だけで引き取ることも限界を迎えつつある今、殺処分は今日明日に起きてもおかしくない。
半年前から激しさを増す、環境省と猫の命を守りたい人たちとの攻防を伝える――。
「子猫を1日絶食させるなんて考えられません」
「捕獲された“猫の安全”が担保されるまで、奄美大島における猫の捕獲事業を中止してほしいと思う」
獣医師の齊藤朋子氏は環境省職員を前に、そう強く言った。
参議院議員会館でおよそ半年前の2019年8月30日、奄美のノネコ問題について少人数で集会が開かれたのだ。
そこで齊藤氏は「捕獲された猫の命を守る」よう、繰り返し訴えていた。
「生後2、3か月の子猫は低血糖や低体温になりやすい。獣医師として子猫を1日絶食させるなんて考えられません。それなのに奄美大島ではワナの見回りが1日1回だと言います。もし子猫がそのワナにかかって、24時間飲まず食わずでいたらどうなるか……死亡要因にもなり得ます」
その日、集会に参加していた福島みずほ議員もこう言う。
「奄美大島に生息する希少種を(猫から)守りたいという環境省の思いは理解します。だからといってこういった捕獲方法では動物愛護法の観点から問題があるでしょう。つまり希少種を守るためなら、何をしてもいいという時代ではもうないと思います」
環境省が奄美大島で進める「3000匹の猫殺処分計画」は今も続いている。
私は「週刊文春」2019年4月18日号で特集記事「奄美大島『世界遺産』ほしさに猫3000匹殺処分計画」を、そして同年6月30日に文春オンラインにて 「世界遺産のために猫を殺すのか――奄美大島「猫3000匹殺処分計画」の波紋」 を発表した。
1週間で引き取り手が見つからなければ「殺処分」
本計画について簡単におさらいしよう。
環境省は約1年半前の2018年7月、奄美大島で野生化した猫(=ノネコ)を年間300匹捕獲する「ノネコ管理計画」をスタートさせた。
計画を立ち上げた理由は「近年ノネコがアマミノクロウサギ(以下、クロウサギ)などの希少動物を捕食し、生態系への被害が明らかなため」(環境省の回答文書より)という。奄美大島の山林に生け捕り用のワナを設置し、捕獲したノネコを「奄美ノネコセンター」で収容する。
飼育期間は捕獲から1週間が目安で、その間に捕獲したノネコの飼い主を募り、1週間で引き取り手が見つからなければ「殺処分」が認められている。
私の本計画に対する思いは、以前文春オンラインで発表した記事に記した通りだ。
多数の猫を殺処分する必要性、税金を投入する意義など、本計画の妥当性を今一度検証する必要があると考えている。
その考えは変わらないが、今回計画の是非については横に置いておく。
今捕獲されている猫の命を守らなければならないからだ。
問題視されている「捕獲法」
300基ある捕獲ワナの見回りは、十分な職員がいないため1日1回。
ワナの中におびき寄せる餌はあるものの、通常の食するための餌はない。
真夏または真冬の悪天候時に、屋外にあるワナの中で長時間猫が放置されることも心配される。
2019年12月20日、参議院議員会館で奄美のノネコ問題について再び集会が開かれた。
半年前も問題視された「捕獲法」が議題の1つになる。
猫捕獲器には、踏み板を踏むと扉が閉まる「踏み板式」と、捕獲器の奥についたフックに餌をひっかけ、それを食べようとすると扉が閉まる「吊り下げ式」というものがあるが、「なぜ旧式である吊り下げ式を使用するのか」という疑問の声が動物愛護家から挙がった。
「吊り下げ式は猫が暴れた場合、フックが猫の体を傷つけてしまい、大変危険です。最近捕獲された中で、鼻の上が傷だらけの猫もいました」
弁護士の林太郎氏も動物愛護家の訴えに熱心に耳を傾けながら「捕獲された猫について動物愛護法に沿った扱いをしていただきたい」と、環境省職員にきっぱり告げた。
環境省は「アマミトゲネズミやアマミノクロウサギなどの固有種がネコにより捕食されていることが問題。法令を踏まえ対策を進めている。希少種を守るために苦渋の決断をしていることをご理解いただきたい。また、ネコにとっても山中で暮らすことは不幸」と返答。
しかし、昨年は猫を捕獲するはずの捕獲ワナで、絶滅危惧種であるアマミトゲネズミがおよそ150匹混獲された。
中には1つのわなに6匹入っていたり、死亡した個体もあった。
猫だけでなく、環境省が守ろうとしている希少種も命を落とすという、多くの動物にとって安全でない状況で捕獲が実施されているといえる。
動物愛護法の“あいまいさ”
取材に来ていた朝日新聞特別報道部の太田匡彦記者は、質疑応答の際に、動物愛護法の“あいまいさ”を指摘した。
「動物愛護法では愛護動物に対し、みだりに給餌給水をやめることにより衰弱させた場合に罪に問われる。“みだりに”という文言を、環境省は24時間に1回の給水でも違反ではないと解釈していることになる。私も普段、ペットの繁殖業者を取材しますが、彼らも言うんです。丸1日以上入れ替えていないような汚い水を与えていたとしても、こちらの指摘に対して『(犬猫は)健康だよ、生きている』と。それと同じ論法を環境省が用いるのはいかがなものか。昨年動物愛護法が改正され、人と動物の共生がより求められる現代で、本来は環境省がその地点を率先して目指していかなければいけない。クロウサギと猫の両方を守りたいなら、せめて24時間に1回の見回りを、12時間に1回にするなどの姿勢が必要ではないかと思います」
太田記者の意見に私も大いにうなずける。
続けて福島みずほ議員がこう話す。
「現状を少しでも良くしたい。猫を傷つけないように、猫が苦しまないように、できるだけ速やかに収容センターに運ぶようにもう少し努力ができないだろうか」
傷口を食いちぎって死亡した猫
捕獲された後も猫は危険にさらされる。
2019年5月、捕獲された猫が不妊去勢手術後に傷口を自ら食いちぎって、出血多量で死亡した。
当時すでにこの猫の引き取り手は見つかっており、飼い主となる予定のAさんは、奄美大島に出向いて講習を受け、東京の自宅で猫を迎え入れる準備をしていた。
しかし捕獲された猫は「奄美大島ねこ対策協議会」が指定する獣医師のもとで不妊去勢手術を受けなければ島外に出すことができなかった。
遺体の写真と、診断書を見た齊藤氏がこう話す。
「私はこれまでに約1万6000件の野良猫の不妊去勢手術を行いましたが、傷口を嚙み切り死亡した症例はありません。死亡に至るまでに猫が大きな苦痛を伴ったことは明白です。傷口の大きさや使用した糸、縫合に問題はないか、術後管理に問題はなかったか、検証すべき点があると考えます」
東京都獣医師会中央支部長の神坂由紀子氏も「通常の手術であれば考えられないこと」という。
「私も獣医師として多くの飼い猫や保護猫の不妊去勢手術を行いましたが、このような事故は1件もありません。この事故が本当に説明にあったように、猫が嚙みちぎって起きたのでしたら、術後の管理がずさんであると思います。また飼い主となる予定だったAさんが病理解剖のために遺体の引きとりをお願いしたのに断られたと聞きました。その姿勢にも疑問を感じます」
譲渡認定人だけで猫を引き受けるのは限界
現在は、譲渡認定人が希望すれば、島外で不妊去勢手術を行うことが可能になった。
しかしその場合、全額自費である。
手術やワクチン接種などで1匹の猫を引き取るのに1万5千円~3万円程度かかるという。
加えて東京までの空輸代が7000円前後かかる。
譲渡される側は空輸代に加えて、猫の引き取りが捕獲から1週間を超える場合は、1日ごとに超過料金も払わなければいけなくなった。
計画スタートから1年半、いまだかつて奄美ノネコセンターで一度も、上限数である50匹を一気に収容したことなどないのに、「明日収容上限を上回るかもしれないから」という理由で、猫の飼育期間、すなわち殺処分までのカウントダウンの日数は1週間より伸びることがないのだ。
〈奄美大島で殺処分は行われていません〉
譲渡認定人の1人である服部由佳氏は「この言葉を見るたびに奄美大島でも認定人を増やす努力をしてほしいと思う」という。
奄美大島の猫を奄美大島の島民が引き取るのではなく、島外の沖縄や、遠く離れた東京で引き取るケースが9割を超える。
「2019年末までに捕獲されたノネコは135匹。登録している譲渡認定人は14人(2020年1月30日時点)、実際に猫の譲渡を請け負ったことがある人は10人です。その少人数で捕獲後から1週間以内に必死に猫を引き取っています」(服部氏)
齊藤氏も怒ったように言う。
「あなたたち、猫が大好きだからどんどん持っていきたいんでしょうというニュアンスで、先日奄美大島の方に言われました。冗談ではありません。仕方なくやっている。できれば地元で解決してほしい。なぜ捕獲されたエリアの一番近い集落にさえ情報をオープンにしないのでしょうか」
服部氏や齊藤氏を含むわずか10人の譲渡認定人は、毎週必死に「猫を引き取る」と手を挙げている。
手を挙げすぎてしまったばかりにキャパシティをオーバーしてしまい、疲弊してしまった動物愛護団体もある。
昨年12月より猫の捕獲数が急激に多くなり、譲渡認定人の間だけで猫を引き受けることがもはや限界だ。
それなら、殺処分も止むを得ないのではないかと、あなたは考えるだろうか。
福島みずほ議員は「譲渡の要件を緩和し、オープンに〈奄美大島の猫を引き取りませんか〉というキャンペーンをしてもらえたら、と思う」と話す。
そうなのだ。現在、捕獲された猫の譲渡は秘密裏に進められている。
補足すると、もしあなたが奄美大島で捕獲された猫を譲り受けたいと思ったら、「奄美大島ねこ対策協議会」に必要書類を提出し、審議会をパスして「譲渡認定人」として登録されなければならない。
審議会で行われる「申請者の審査会」が私にはブラックボックスのように感じる。
「審査」される事柄があいまいだからだ。
現在、譲渡認定人は私を含めて14人(2020年1月30日時点)。猫が捕獲されると、この14人に向けて「猫収容のお知らせ」というメールが一斉配信される。
逆にいうと、譲渡認定人にしか捕獲された猫の情報は知らされない。
猫の写真も非公開だ。毎回捕獲された猫の情報とともに「もし猫の写真を公開したら、譲渡認定人の資格を剥奪する」というような、脅しともとれる文書がメールで送られてくる。
「ノネコは野生化した猫だから凶暴」なのか
また、奄美大島のノネコ譲渡認定人になるための講習会では「ノネコは野生化した猫だから凶暴で、どんな病気が潜んでいるかわからない」という説明を受ける。
齊藤氏は「そんなことはない。誰でも飼える」と主張する。
私も実際に猫を見て、ノネコと普通の猫の違いがわからなかった。
凶暴という点でいえば、東京の路上で時折見かける野良猫のほうがギャーッと叫んでよほど怖い。
服部氏は「印象操作ではないか」と言う。
「奄美大島で殺処分の対象として捕獲されている猫たちは皆、人なれしていて甘えん坊です。それなのに『アマミノクロウサギらの希少種を捕食するノネコ』などと題し、ノネコとして殺処分が行われても致し方ないという報道を見ると、悲しみで胸がつぶれそうになります。真実とは人から聞かされた言葉ではなく、奄美の地域に足を踏み入れ、ノネコと呼ばれた猫と向き合った人が伝えていかなければならないと感じました」
服部氏は今春、奄美の猫を救うために「保護猫カフェ」を立ち上げる。
奄美大島で捕獲された猫を、獣医師による診察を経て、この保護猫カフェで公開し、引き取り手がいれば有料で譲っていくという。
カフェには十数個のケージを置く予定だ。
開業費としてクラウドファンディングで300万を募ると、1か月もしないうちにその額を達成した。
しかし月20万円の家賃やテナント契約金、内装費などを含めると開業資金として圧倒的に足りない。
服部氏は個人で銀行から500万の融資を受けた。
月に7万円、6年間で返済するという計画。
「命は、取り返しがつかない」
「美容室を経営しているので、とりあえず7万円はその利益から返済します。それでも難しくなったら私がもっと働けばいい」
「どうして、そこまで……」という私の言葉を封じるように、服部氏が続けて言う。
「お金は人が働けばどうにかなる。けれども、命は、取り返しがつかない」
“怖い猫”は人のためにいなくなったほうがいいのか。
服部氏の胸にはいつもその疑問がある。
違う、殺処分からは何も生まれない、と繰り返し言う。
そもそも怖い猫なんていない。
人と動物の共生する社会の実現を目指す動物愛護法。
同法35条4項に所有者の判明しない猫について、飼い主を募集して譲渡に努めると明記され、ノネコ管理計画にも「所有者が判明しないネコの譲渡に努める」とある。
同法44条2項では給餌給水をしないこと、健康と安全を保持することが困難な場所に拘束することにより衰弱させること、負傷した動物の適切な保護を行わないことを動物虐待罪として100万円以下の罰金を科している。
ずさんな術後の管理によって苦しみながら死亡したり、捕獲ワナで傷ついたり、24時間餌や水がもらえないかもしれない、そして生まれ育った地から遠く離れた場所に移住しなければいけない奄美大島の猫たち。
譲渡認定人14人以外には猫が“生存”していたことさえも秘密にされている。
奄美大島は今年、世界自然遺産登録を目指す地だ。
その自然や希少種を守るためだけに「共生」への努力を絶ってはいけない。
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笹井 恵里子
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