生きたまま慰霊されたタロとジロと行方不明の遺骨
2019年12月21日(土) サライ 取材・文/柿川鮎子
1958(昭和33)年、第一次南極越冬隊は悪天候により、15頭のカラフト犬を南極に残して帰国します。
隊員の命を守るためにも、全頭を引き連れて移動することは不可能だ、という判断でした。
南極で生まれた子犬と母犬は連れて帰りますが、それ以外の15頭は鎖につながれたまま、置き去りにされたのです。
鎖につながれたままの15頭は、生存が絶望視されていました。
餌も与えず鎖につながれたままですから、当然です。
第一次観測隊は、第二次観測隊がすぐに犬たちを利用すると考えて、鎖につないだままにしたようですが、諸説あります。
多くの日本人は、置き去りにされた犬たちに同情し、亡くなった15頭の犬たちを悼み、せめてもの供養として、慰霊碑を建立します。
■生きながら慰霊されたタロとジロ
1958年6月、大阪市堺市の大浜公園に、15頭の像が寄進され、越冬隊員も参加して大規模な慰霊祭が行われました。
犬の像を製作したのは彫刻家の岩田千虎(かずとら、1893~1966年)でした。
岩田千虎は獣医師の資格を持ち、長崎の平和記念像で有名な北村西望に弟子入りした動物彫刻家です。
犬や馬などの動物作品が得意で、三笠宮に騎馬像の彫塑作品を献上しています。
岩田の作製した南極観測隊の樺太犬慰霊像は、隊員の姿を追うように吠える姿を表しています。
最初、コンクリート製でしたが、現在は老朽化のため原型に忠実なブロンズ像に復元されました。
全滅したと考えられていたため、この像の中にはタロとジロも含まれています。
生きながら慰霊された、日本で唯一の犬でした。
第二次越冬隊による昭和基地では、タロとジロ以外に亡くなった13頭を慰霊するための阿弥陀如来像が建立され、基地内で慰霊祭が行われました。
もちろん、この中にはすでに生存を確認されていたタロとジロは含まれていません。
■慰霊の式典で起きた不思議な出来事
生きながら慰霊されたタロとジロに関して、不思議なエピソードが語り継がれています。
岩田千虎の犬の像を前に行われた慰霊祭では、越冬隊員が慰霊のために、残された15頭の名前を一頭ずつ読み上げました。
この時、なぜかタロとジロの名前は読まれなかった、というのです。
“お前たちの生命が昭和基地に消えるとも お前たちの名誉は永遠に歴史に輝く。リキ、クロ、シロ、ゴロ、アカ、ポチ、タロ、ジロ、デリー、風連、ジャック、紋別、アンコ、ペス、モク、さようなら!”
この中のタロとジロの名前が、スピーチでは読み上げられなかったというのです。
これだけカタカナ二文字が並べば、二頭ぐらいは飛ばして読んでしまうことも、考えられなくはありません。
また、慰霊祭に参加した人たちの間で、「そういえば私はあの時、タロとジロの名前は聞かなかった」と誰かが言ったら、「そういえば自分もそんな気がする」と思ってしまう人がいても、不思議ではありません。
誰かの嘘か、うわさ話か、今では真実を知ることはできません。
1年後に南極でタロとジロが生きていた「奇跡の生還」を、より強く印象付けるエピソードとなりました。
■運命を分けた二頭の犬
発見されたタロは帰国し、北海道大学植物園で飼育され、14歳で亡くなりました。
一方、ジロはそのまま基地にとどまり、1年後に5歳で亡くなっています。
二頭ともはく製になっていますが、立派な体躯のタロに比べると、病死したジロは痩せて細く、被毛もタロに比べると見劣りがします。
また、通常、はく製にした際、取り出した骨があれば、保存されますが、なぜかタロとジロの遺骨の行方はわかっていません。
カラフト犬のタロとジロは、北方領土問題にからめて、「樺太」の地名を世界に広めた役割りも大きかったようです。
また、国民に南極観測調査への支持を失わないように、タロとジロに似た別の犬を、生きていたかのように放したのではないか、という根拠のない噂もたえずつきまといます。
タロとジロは純血のカラフト犬でしたが、その子孫たちは純血を保てず、衰退してしまいました。
名古屋大博物館の新美倫子准教授の調査では、オオカミ犬などとの交雑が進んだ結果、純血のカラフト犬は存在しない可能性が高いことが明らかになりました。
さらに、東京タワーの足元に設置されていたタロとジロの銅像は、東京オリンピックの看板設置のために、立川へ移動されてしまいました。
生きながら慰霊され、亡くなった後も、人間の都合によって翻弄され続けている2頭の犬。
人間の都合だけで運命を変えられてきた犬のことを、忘れてはならないと、愛犬家として感じます。
文/柿川鮎子
明治大学政経学部卒、新聞社を経てフリー。東京都動物愛護推進委員、東京都動物園ボランティア、愛玩動物飼養管理士1級。著書に『動物病院119番』(文春新書)、『犬の名医さん100人』(小学館ムック)、『極楽お不妊物語』(河出書房新社)ほか。