犬猫「殺処分ゼロ」 その裏に隠されたボランティアらの苦悩や模索
2019年9月24日(火) THE PAGE
名古屋市動物愛護センターで保護犬におやつをあげる愛護企画係長の島崎亜紀さん。重い病気の犬や極端に気性が荒い犬は譲渡が難しいため、センターで長期間保護することになる
SNSや動画サイトで人気のコンテンツといえば、なんといっても犬や猫。
かわいらしい姿をつい見てしまうという人も多いのではないでしょうか。
しかし、最初はかわいいと思って飼い始めても面倒が見きれなくなったり、思った以上に子どもが生まれたりして手放してしまう例は後を絶ちません。
捨て犬や捨て猫の多くは、自治体の動物愛護センターなどで保護され、新しい飼い主に引き取られますが、飼い主が見つからなければいずれ殺処分されてしまいます。
2013年に動物愛護法が改正され、殺処分をできる限り減らして最終的には「ゼロ」にする目標が盛り込まれました。
そして自治体が取り組みを強化した結果、2007年度に犬猫あわせて30万頭近かった殺処分が、17年度には約4万3000頭にまで減少しています。
ところが、「殺処分ゼロ」の裏には、それぞれの自治体やボランティアらの苦悩と模索があります。
動物愛護週間(9月20~26日)に合わせ、その実態から今後を考えてみましょう。
引き渡し前にセンターの職員から犬の性格や健康状態について説明を受ける鈴木嘉之さん(写真左奥)。「愛護センターとボランティアの良好な関係が殺処分ゼロに貢献しています」
飼いにくい犬をあえて引き取る
名古屋市動物愛護センター(名古屋市千種区)に、生後10カ月ほどのメス犬が保護されてきました。
夏の暑い日、公園の遊具の手すりに、ひもでつながれたまま捨てられていたそうです。
おとなしい性格で、あまりほえず、くるくるしたつやのある黒い毛が愛らしい雑種犬ですが、「すでに体重が14キロもあるので集合住宅では飼いづらいでしょう。トイレのしつけもまだ不十分で、ふんを踏みつけたり、トイレシートをかんで引っ張り出してしまうくせもあります」とセンターの職員は明かします。
こんな飼い主が見つかりにくそうな犬を、あえて引き取っていったのが鈴木嘉之さん。
センターから犬を譲り受け、世話をしながら次の飼い主を探す「譲渡ボランティア」の一人です。
犬の訓練士やペットの専門学校の講師を務めていましたが、7年ほど前から犬のトリミングサロンを経営しながら譲渡ボランティアも始めました。
「保護された犬は人との生活に不安を抱えていることが多く、そのためにほえたりかんだりしてしまうんです。だから私たちが手をかけて問題行動を起こさないようにしてから、犬を飼うことに慣れた人などに譲っています」
交流会で協力関係、ふるさと納税も活用
センターには、こうした犬や猫の譲渡ボランティアとして約60の個人や団体が登録しています。
鈴木さんのような犬の訓練の専門家から、シェルターを持ってNPO法人として活動している団体、犬が好きな主婦仲間のグループまでさまざまです。
「愛護センターの主催で、譲渡ボランティア同士の交流会があるのがとてもいい」と話すのは、同市緑区で犬のデイケアやしつけ教室「Pooches」を経営する譲渡ボランティア、久保田ふみえさんと伊藤麻紀さん。
以前から個人的に捨てられた犬を保護する活動をしてきましたが、市の譲渡ボランティアに登録したことで、他の団体とのつながりができたと話します。
「私たちが飼い主の募集をする際には他団体のサイトにも情報を掲載してもらい、逆に他の団体から私たちが犬のしつけなどについて相談を受けることもあります。交流会を通じて団体同士が互いの得意、不得意を知って、連絡しやすい関係ができています」
センターでは2016年度に初めて犬の殺処分ゼロを達成しました。
翌年には瀕死の状態で引き取った犬など4頭が収容中に死亡しましたが、30年前の開設当初には年間6000頭近い犬を殺処分していたことを考えると大きな変化です。
愛護企画係長の島崎亜紀さんは「今も犬舎は常に満杯の状態。昨年も今年も殺処分の再開を危惧したことが何度もありました。それでも殺処分をしないでいられるのはボランティアの皆さんの頑張りによるところが大きい」と話します。
島崎さんたちには、もう一つの支えがあります。それは「ふるさと納税」です。
以前は収容動物の増加に対して、予算が常に不足していることが悩みでした。
飼い主さえ見つかれば生きられる犬を処分するのも忍びなく、センターの職員が自費でフードや薬を購入することもあったそうです。
「予算の増額を求めたくても市の財源に限りがあることは重々分かっていたので、強く言いづらい面もありました」と島崎さん。
そこで考えられた仕組みが、16年度から始まった「犬殺処分ゼロサポート寄付金」です。
ふるさと納税の制度を使って、殺処分ゼロを目指す活動への支援をアピール。
趣旨に賛同する人からの寄付は16年度に約1100万円、17年度には対象を猫にも広げて「目指せ殺処分ゼロ!犬猫サポート寄付金」とし、2500万円以上が集まりました。
寄付金はセンターで使う薬やシートなど消耗品のほか、手術や検査の機器、広場の整備などに充てられています。
広島では大規模団体の引き受けで問題に
しかし、同じような仕組みでも一歩間違えると逆効果となる場合があります。
問題が発覚したのは広島県です。
広島県は2011年、犬猫の殺処分数が全国ワースト1位となりました。
すると、国内外での災害救援活動などで知られる東京のNPO法人「ピースウィンズ・ジャパン(PWJ)」が名乗り出て、広島で殺処分対象となったすべての犬を自分たちで引き取る計画を立てました。
PWJは「ピースワンコプロジェクト」として年間1000頭を超える引き取りに対応するため、広島県神石高原町に大規模なシェルターを建設。
その財源として主に同町へのふるさと納税による寄付金が充てられました。
その額は17年に約5.4億円、18年に約4.9億円。
名古屋市とはケタが一つ違います。
そして5年後、広島県での「殺処分ゼロ」達成を宣言しました。
ところが18年11月、広島県警がこの施設に対して狂犬病予防法違反、19年6月には動物愛護管理法違反の疑いでPWJを書類送検。
民間の画期的な取り組みとの期待は一転、疑惑の目に変わり、全国の自治体や愛護団体に大きな衝撃を与えました。
一連の捜査の結果、狂犬病予防法については起訴猶予、動物愛護管理法違反は嫌疑不十分で不起訴となりました。
しかし、PWJも新聞社の取材などに対し、保護犬の急増に対応が追い付かなかったこと、そのために狂犬病の予防接種が期限内にできなかった犬がいることを認めています。
多額の公的な資金を使いながら、十分な体制が整えられないまま事業が進められたことは否めません。
PWJの説明不足や情報公開の消極性も指摘されています。
今回も取材には応じてもらえませんでした。
団体同士のネットワークがカギ
NPO法人「人と動物の共生センター」代表で獣医師の奥田順之さんは、PWJは極端な例だとしても「目の前の動物を救いたいあまり、手に負えないほど引き取ってしまったり、資金や人出が足りず困っても、どこに相談してよいか分からず抱え込んでしまったりする団体はあるのではないか」として、この分野の業界団体や団体同士をつなぐネットワークづくりの強化を提唱します。
また、「殺処分ゼロ」の機運の高まりが、プレッシャーやひずみを生み出してしまう危険性も指摘。
「『殺処分はよくない』『ペットショップが悪い』『無責任な飼い主が悪い』と一方的に誰かを非難しても問題の解決にはつながらない。むしろ情報公開を渋ってますます問題を抱え込んでしまう」と、相互理解や対話を促します。
命を守るための「殺処分ゼロ」が、自治体にも保護団体にも、そして保護される犬にも苦しい状況を生み出してしまうのでは本末転倒です。
誰かが責任を丸抱えするのではなく、自治体や民間団体、飼い主が少しずつ果たすべき役割を担い、ゆるやかにつながる。
そして対話しながら前向きに課題を解決していくことが「ゼロ」という数字以前に求められているのではないでしょうか。
(石黒好美/Newdra)