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寿命をも左右する「ペット食」の知られざる実際

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寿命をも左右する「ペット食」の知られざる実際 

2019年8月17日(土) 東洋経済

獣医学部を卒業し、動物病院に獣医師として勤務したのち、ネスレに転職した男がいる。
実はネスレにはピュリナと呼ばれるペットケア事業部がある。
「モンプチ」「フリスキー」などのペットフードはネスレの商品なのだ。
中塚一将(なかつか かずまさ)さんは、ペット栄養学を追求したくてネスレにやって来た、まさにペットフードオタクである。
ペット栄養学に詳しい同氏に、ペットフードの正しい知識や、栄養学の現状、そして中塚さん自身のキャリアについて聞いた。

 
動物病院勤務の獣医師がネスレに転職した理由とは?(撮影:梅谷秀司)

■肥満は危険? ウェットフードは? 飼い主の疑問を聞く
日本国内のペットフード市場は、2016年度が3257億円、2018年度が3440億円と今後も拡大が見込まれている。
一方で、ペットの食事についてはさまざまな情報が氾濫している。
まずは、かつて犬1匹、現在は猫2匹を飼う東洋経済オンライン編集者の素朴な疑問を、ペットフードのスペシャリスト・中塚さんにぶつけてみた。 

――ペットの食事については、これはダメ、あれはダメという情報が多くあって悩ましいところがあります。いろいろ教えてほしいのですが、例えば、ウェットフードのあげすぎは危険ですか?
危険ということはないです。ただ、ウェットフードには“総合栄養食”ではないものが多いんです。トッピングに使うような“一般食”などと書いてあるフードをあげ続けていると、栄養不足になるケースがあります。総合栄養食であればまったく問題ありません。
むしろ最近はウェットフードが推奨されることもあります。とくに猫の場合、あまり水分をとらないので、結石のリスクになります。そのためウェットフードを食べさせたほうがいい、という流れもあります。 

――逆に、ドライフードのあげすぎは危険ですか? 
ドライフードは保存が利くというメリットがあります。とくに猫の場合、ちびちび食べてはどこかへ行って、食べては行ってを繰り返すので、食事に時間がかかります。ウェットフードは水分が多くカビが生えやすいので、時間が経つとよくありません。ドライフードではそういう心配があまりないので、飼い主さんのライフスタイルに合わせた調整ができます。置いたまま出かけるなら、ドライフードのほうがいいです。

――手作り食も流行していますよね。注意することはありますか?
手作り食は栄養管理が難しいです。日本だと10年くらい前から増えてきていますが、全体で見ると手作り食をしている方はごく一部だと思います。おそらく一般の飼い主さんでは、かなり難しいだろうと思われるくらいの細かな設計が必要になります。
人間ならば感覚的に何をどれくらい食べたらいいかがわかりますが、動物は違います。犬は、人と比較すると炭水化物の必要量は少ない、その代わり脂肪やタンパク質が多く必要です。人と同じ感覚で作ってしまうと、どうしてもズレが出てきます。

■肥満は病気や寿命に直結
――ペットの肥満は、危険ですか?
これは明確に危険といえます。20年前に行われた研究データがあります。同じ母犬から生まれてきたラブラドールの双子を、24組48頭集め、一生涯飼育して観察しました。双子の犬たちは、運動量など飼育環境は同じです。唯一変えたのがフードをあげる量です。
14年ほど追跡調査した結果、太っている犬は、理想的な体形の犬に比べて、寿命が2歳ぐらい短くなりました。2歳というのは人に換算すると10歳です。また関節炎など、病気の発症年齢も、太っているほうが高くなる傾向がありました。病気や寿命に、肥満は直結します。

――高齢犬・高齢猫の食事で気をつけたいことは?
年を取ってくると歯が悪くなるなどで、うまくかめなくなるケースがあります。そういう場合は、普段使っているドライフードをぬるま湯でふやかしてあげると食べやすくなります。ウェットフードの利用を考えてもいいですね。あと高齢犬や高齢猫でよくあるのが、食欲がなくなってきたと思っていたら、実は病気が潜んでいたというケースです。ですので、もし気になるところがあったら、1回病院に行ってもらってもいいかなと思います。

――安いペットフードはダメでしょうか?
安い物がダメということはありません。ただ安いフードは、タンパク質が比較的低い傾向があります。タンパク質の原材料は、お肉など値段が高い食材が使われるケースが多いので。それでも一概には言えなくて、パッケージをしっかり見ると「このフードは値段の割にいい素材を使ってるな」とか、「いい栄養の含有量をしているな」というのがわかるようになります。

――パッケージの見分け方があるんですね。
見てほしいのは裏面です。原材料を見ると安いフードは、一概に言えないところはありますが、小麦など穀類由来のものを使うケースが多いです。チキンなどお肉は値段は高くなりますが、動物にとって“質のいいタンパク質”であることが多いです。ただし、穀物が一概にダメとも言えなくて、小麦、大豆、トウモロコシなど、いろいろ組み合わせると質がよくなります。

――穀物でも、バランスがいいフードというのは、どこで見分けるんですか?
その基準になってくるのが、AAFCO(アフコ)です。ぺットが生きていくに当たって、このフードと水さえ与えていれば育てられますよ、という基準です。基準を満たしているものは「総合栄養食」と書いてあります。これが1つの目安にはなると思います。

――なるほど、原材料と「総合栄養食」かどうかを見ればいいんですね。
さらに細かく見るなら、栄養素でタンパク質が異常に低くないかを見てください。最後に、値段と見比べて判断してもらえればいいかと思います。

■ペットフードを食べ、犬猫が好む味を知った
中塚さんは、病気を持つ犬猫が使用するペットフード「療法食」を普及する仕事をしている。獣医師向けに販売されている療法食について、獣医師に説明したり学会やセミナーなどで講演している。

――ピュリナの療法食では、とくに「特発性てんかん」の犬用フード「ニューロケア」に力を入れているそうですね。これは、どういったものなのでしょうか?てんかんの療法食は犬では世界初です。一方、人間の場合はヒポクラテスの時代、紀元前から食事管理法が存在しました。1920年代には脂肪を多くした食事、“ケトン食”が生まれます。ただ、犬の場合はケトン食はうまく食べなかったり、強い副作用があったりで、実用的ではありませんでした。
ところが4年ほど前に中鎖脂肪酸を食事に混ぜると、てんかんが抑えられるという論文が発表されました。それから開発されたのがニューロケアです。

――犬のてんかんは、薬では治らないのでしょうか?
薬が万能ではないんです。抗てんかん薬に反応する患者犬は7割といわれています。ですので、3割近くはうまくコントロールできません。僕も獣医師をやっていたときには、すごく困りました。治療法がない患者犬に対して、中鎖脂肪酸を配合したフードを与えると、約7割で発作の頻度が減少したというデータも出ています。薬が効かない犬の7割なので、結構すごいことだと思います。

――そういえば、中塚さんは取り扱うペットフードはすべて試食をしていると聞きました。ニューロケアはどんな味なんですか?
このフードに関しては、お肉由来の味が強い印象がありますね。どんな味なのかは意外と聞かれるんです。展示会や学会にサンプルを持っていくと、病院の先生が食べてみてもいいですかって聞いてきて、その場でポリポリ食べることもよくあります。業界では割と一般的なんです。

――犬や猫が好む味もわかるようになってきたそうですが、どういう味なんでしょうか?
犬と猫で比較するとわかりやすいのですが、犬は酸味を好みます。なぜかと言うと、犬は穴を掘ってそこに獲物を埋めて、後で食べる習性があります。隠している間に腐敗気味になり、少し酸っぱくなることがあります。ですので、犬は酸味を受け入れるように味覚が発達しています。一方、猫は酸味を苦手とします。猫は小鳥やネズミなどを捕らえて食べていて、新鮮なものしか口にしませんので。

■栄養学は獣医療現場では軽視されている
――獣医学部を卒業して獣医師として4年間勤務して、そこからネスレに転職をしようと思ったのはどうしてでしょうか?
動物病院に勤務していたとき、一見してボロボロで、毛が抜けてハゲているところがいっぱいあるようなチワワを診察しました。飼い主さんに聞くと、人間の食事の残り物をあげるなどしていて、食事管理がしっかりできていなかったんです。そこで、栄養改善の指導をしたら、2~3カ月で見違えるほどに回復しました。
動物病院の現場では、栄養学に対する意識は薄れがちです。僕は学⽣のときにもあまり学ぶ機会がありませんでしたし、動物病院でも薬で治療することが優先されます。栄養学をしっかりと追求したいと思っていたとき、ちょうどピュリナが獣医師の募集をしていたんです。もともとピュリナは世界に研究所を持っていて、いろいろやっていることを知っていましたので応募しました。

――現在、働きながら大学院にも通っていると聞きました。どうやって両立させていますか?
会社がワークライフバランスをすごく重視してくれているので、休みが取りやすいんです。週末と有給を組み合わせて3~4日連続の休みにして、月に1~2回大学に行って実験をしています。論文はどこでも読めるので、あらかじめ読んでおいて実験の組み立てをしておきます。最近の大学はオンデマンド授業もあるので、インターネットごしで1時間とかあればできるんです。

■移動時間も勉強に充て効率的に
――勤務地は神戸で、大学院は鳥取と聞きましたが、移動だけでも大変じゃないですか?
意外と大変ではないんです。今は高速道路がつながったので、片道2時間くらいで行けるようになりました。自家用車ではなく、バスで行くので論文を読んでいるとあっという間です。気づいたら着いている感じです。今の生活の充実感は強いです。新しくものを知るのは楽しいですね。

――将来的には、どういった仕事をしていきたいと感じていますか?
ペットの栄養学は、未知の分野もいっぱいあるので、そういう研究を追求したいという気持ちはあります。ただ、今のところまだまだ知識不足のところがあります。追求しながら知識を身に付けるのが、今の大学院に通っている4年間なのだろうと思います。

中塚さんは、ペットフードについての素朴な疑問に、何を聞いても答えてくれる人だった。
脳にいったいどれだけの知識が刻まれているのか、のぞき見したい気がした。
大学院と仕事の両立なんてさぞ大変だろうと思いきや、趣味に費やす時間もあるらしい。
釣りが好きで、年に2回程度のペースで海外や国内の釣り場に出かけるそうだ。
何をするにも熱意がある。
それがこの膨大な知識の源泉ではないだろうか。
高橋 ホイコ :ライター

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