「動物虐待を楽しんでいた」52歳男に見る心の闇
2019年7月14日(日) 東洋経済ONLINE
残虐性が年々エスカレートし、増加傾向にある「動物虐待」を取り締まりきれない日本の問題とは?(写真:coldsnowstorm/iStock)
愛猫の連れ去り被害が相次いでいた富山県富山市で、今年6月13日に無職の52歳の男が飼い猫1匹を盗んだとして窃盗の疑いで逮捕された。
その他、50匹以上の猫を虐待して殺害した器物破損や動物愛護法違反の疑いでも捜査が進んでたが、今月に入り富山地検より起訴された。
52歳の男の認否については明らかにされていない。
逮捕前に県内の保護団体が猫を連れ去った可能性のある男の自宅を訪れ、話を聞いたところ「1年半前から50~100匹を連れ去って殺した」などと話したという。
その際に撮影された動画で男は、「せっかく苦労して捕まえたのに、すぐに死んでしまったら面白くないから、ただニャンニャン鳴いているのを聞いて楽しんどった」「水だけしか与えずにそのまんま」「弱ってから殺した」と表情も変えずに淡々と語っていた。
殺した猫は見つかることを恐れ、海や川に捨てていたという。
このニュースはネットでも瞬く間に拡散された。
「1人暮らしで誰も相手にしてくれず、ストレス発散のために猫を殺していた」という身勝手な動機による凶行に多くの人が震えたことであろう。
■「動物虐待」は年々増えている
環境省の「平成30年度動物の虐待事例等調査報告書」の「Ⅲ 動物の虐待等の判例等」によれば、動物虐待は年々、増加傾向にあり、平成29年度には109件の逮捕が報告されている。
動物虐待事件では犯人が見つからないことが多く、この逮捕数は氷山の一角にすぎない。
さらに、ここ数年、インターネット上にも残虐な方法で動物を虐待する動画や文章の匿名掲示板への投稿が相次いでいる。
この52歳の男の携帯検索履歴にも、猫の殺害方法を調べたと思われる多くのワードが残されていたため、このような投稿を参考にして行為に及んでいた可能性が高い。
匿名掲示板の中には、動物虐待専門の掲示板もあり、その投稿数や残虐性が年々エスカレートしていることから、「犯罪の温床」と多くの動物愛護団体から指摘を受けている。
「連続殺人犯が事件前に動物を虐待していた」「動物虐待は凶悪な犯罪の予兆である」という言葉を耳にしたことがある人もいるのではないか。すべての凶悪犯罪者が動物を虐待しているわけではないが、欧米における研究では、「動物虐待と対人暴力の連動性」が指摘されている。
実際、日本においてもその連動性が見られる事件が起こっている。
1997年に起きた神戸連続児童殺傷事件では、加害者である少年が事件前に猫を殺害して、首を切り落としていた。
2014年に起きた長崎県佐世保市の高1女子生徒殺害事件では、加害者である少女が事件前に動物の解剖に熱中し、「猫を解剖したりしているうちに、人間で試したいと思うようになった」と供述している。
欧米においては顕著であるが、日本においては動物虐待犯の研究はほとんど行われていない。
そのため、加害者の犯罪心理もつかめていない。
年々増加する動物虐待の現状から、その行為に及ぶ根っこにある原因がどこにあるのかを見つけて、対策を練る必要があるのではないだろうか。
■動物愛護法改正だけでは足りない
偶然にも、この52歳の男が逮捕される前日(6月12日)に動物愛護法が改正された。
動物虐待への罰則も、「人が被害者になる重大事件の芽を事前に摘む」ことを目的に「動物を大切にする」という意味合いも強化された形となる。
しかしながら、前述の環境省の報告書による判例数は驚くほどに少ない。
これは、多くの動物虐待事件で犯人が見つかってないことを示す。
動物は人間と違い言葉を発することができない。
そのため、交友関係などからの目撃情報などは見込めず、捜査が難航しやすい。
ネット上に投稿された動物虐待も、投稿者は匿名のため特定は極めて困難だ。
今回の法改正での罰則の強化が動物虐待の抑止力になればよいが、それだけでは隠れてその行為に及ぶ人が増えるだけと法律に違和感を示す意見も多い。
動物虐待の動画や文章などを取り締まるための新たな法律も望まれている。
罰則の強化だけでなく、52歳の男も利用したという「動物虐待専門の掲示板」にもメスを入れる必要があるだろう。
2014年1月6日、兵庫県警は動物虐待に関する相談や通報を受け付ける専用電話「アニマルポリス・ホットライン」を開設した。
設立の理由は前述したように「動物虐待と対人暴力の連動性」で、兵庫県警のホームページでは「重要凶悪事件の前兆事案である動物虐待事案への的確な対応を図る」としている。
可能な限り凶悪犯罪を未然に察知し、予防するという取り組みである。
通報を受けた場合は、その事案により関係する署や動物愛護相談センターなどに連絡し、情報の共有と適切な対策を行っている。
大阪市においても「動物虐待ホットライン(動物虐待相談電話)」の8月1日開設を予定している。
このように相談窓口を一本化することは、情報の共有とともに、適所においての素早い対応が可能となる。また、通報先が明確になることで、何か不審に思うことがあれば一般市民が通報しやすくなる。
大阪市ではこの取り組みの広報活動を通じて「動物虐待が犯罪であることを周知し、未然防止を図る」としてその効果を期待している。
■日本の課題
すでに英国においては、約200年前に英国動物虐待防止協会(RSPCA)が、アメリカにおいては約150年前にアメリカ動物虐待防止協会(ASPCA→現在はニューヨーク市警察が業務を受け継ぐ)が設立されている。動物虐待などの通報を受けて捜査を行い、動物虐待犯を逮捕する権限を持つ。
このほか、飼育環境の改善や飼育放棄防止、里親探し、しつけ、カウンセリングなど幅広い活動を行っている。
しかしながら、日本における動物虐待ホットラインは、都道府県あるいは市区町村が自主的に設置しているものであり、その事案の取り扱いも県下、市下に限定されている。
残虐性が年々エスカレートしている動物虐待を減らすためには、すべての都道府県にホットラインを開設し、監視の目を光らせ、素早い対応をする必要があるのではないだろうか。
開設の理由にあるように、動物虐待を「動物がかわいそう」という視点だけでなく、「動物虐待の矛先が人間に向く可能性がある」と捉えることで、監視の目は上がることだろう。
それとともに、動物虐待を「楽しんどった」と語るような人間の怖い闇を、専門家とともに解明していくことが望まれる。
阪根 美果 :ペットジャーナリスト
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