ペットになった元実験犬「しょうゆ」 獣医大生が譲渡願い出る
2018年12月23日(日) JIJI.COM(時事通信社)
「こんなに元気なのに・・・」
北海道内のドッグランで、雌のビーグル犬が弾むように走っていた。
犬の名前は「しょうゆ」。
10歳のしょうゆは2018年春まで、獣医大学で学生が麻酔や身体検査などを練習する実習用に使われていた元実験犬。
高齢犬なので別の実験に使われる予定だったが、世話係だった女子学生の強い希望でペットとして譲渡されたのだった。
(時事ドットコム編集部)
三宅史さんに抱きつくしょうゆ=北海道内
しょうゆの飼い主は酪農学園大(北海道江別市)獣医学類6年生の三宅史さん(23)。
三宅さんは4年の時からしょうゆの世話係として、えさやり、糞尿の始末、シャンプー、爪切り、散歩などを行い、「人が来ると、すぐ寝っ転がってお腹を見せるようなフレンドリーな性格」とかわいがっていた。
以前から実習犬が高齢になったら、研究用に実験に使われ安楽死処分されるとは聞いていたが、今年3月にしょうゆが実験に使用されることを知った。
「ショックでしたが、自分は無力で何もできないとも思い、せめて毎日散歩に連れ出してやろうと思いました」。
翌日散歩でうれしそうに走っている姿を見て「こんなに元気なのにかわいそう。『私にできることは何でもやらなければ』という気持ちに変わり」、勇気を出して大学に引き取りを願い出た。
しかし、当時しょうゆは犬の病気の実験に使う1匹として、学内の教員らで構成する動物実験委員会で実験計画が審査中だった。
実験委の委員長を務める大杉剛生教授は「間もなく承認される予定だったから譲渡は難しい状況だった」という。
その中で委員の一人の高橋優子准教授(獣医倫理学)が「自分が世話をしてきた犬には感情的なつながりができてしまう。引き取りたいと申し出ている学生がいるのにその犬を実験に使ってしまうことには疑問を感じる」と再考を求めた。
初めて「お手」「お座り」などを覚えたしょうゆ=北海道内
◆実験から外されることに
そこで実験委は実験責任者の教員と実験データへの影響などを検討した上で、1匹減らすことを決めた。
大杉教授は「われわれの世代は、実験動物は最後まで使うと教え込まれてきた。犬は大学が購入したもので、本来は実験に回すのが先。ただし、酪農学園大はキリスト教に基づく建学精神があり、今回は高橋准教授の意見、世の中の動物福祉の潮流など総合的に勘案しました」と述べた。
今後、学生らから譲り受けたいという相談があればその都度対応するという。
しょうゆがいる三宅さんの実家を10月に訪ねた。
しょうゆは、史さんと母親の望さんのそばでごろんとお腹を見せて甘え、すっかり「三宅家の娘」になっていた。
「お手」「お座り」も覚えた。
望さんは「しょうゆは褒められたり、しかられたりしたことがなかったみたいで、何をしてもぽかんとしていました。でも、褒められる喜びを知ってからは、わたしたちを喜ばせようといろんなことを覚えましたよ」と目を細めた。
近所のドッグランに連れていくと、くんくん地面や草の匂いをかいだり、史さん親子をめがけて走ってきたり、自由に動いていた。
「両親はしょうゆを朝夕散歩に連れて行き、本当に大事にしてくれるので感謝しています」と三宅さん。
獣医師になったら、「飼い主と相談しながら動物にとって一番いい治療法を見つけられるようになりたい」と思っている。
ドッグランで。三宅史さんと一緒にうれしそうなしょうゆ=北海道内
◆譲渡活動始めた企業も
こうした譲渡事例の発表は「酪農学園大が初めてでは」と大杉教授。
環境省の実験動物の飼養保管と苦痛軽減の基準に安楽死の定めはあるが、譲渡についてはない。
実験動物の里親探しを積極的にやっている施設は非常に少ないとみられる。
一方、欧米では製薬企業などが行っており、珍しいことではない。
実験に使われた犬、猫、ウサギ、ブタなどを救い、里親を探す市民活動もある。
実験動物の輸入販売会社「マーシャル・バイオリソーシス・ジャパン」(茨城県つくば市)の安倍宏明副社長は欧米の取り組みを知り、2016年から元実験犬の里親探しを始めた。
安倍さんが顧客の製薬企業から犬を預かり、引受先を募っている。
「体への負担が重い実験、解剖が必須となっている実験などは安楽死させる必要がありますが、必ずしも処分する必要のない実験もあります。健康面などで問題がなければ、家庭犬として幸せに暮らせます」
長年人間に尽くした犬に第二の「犬生」を用意する意義は大きい。
「譲渡できれば安楽死に関わる研究者、動物実験技術者らのストレスを減らすことにもなる。まだ実現できたのは10匹程度ですが、今後取り組む会社が増えていくことを願っています」と安倍さんは話している。
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