<医療>「最強の感染症」狂犬病リスクはイヌだけじゃない
2018年11月25日(日) 毎日新聞
海外ではまず動物に近づかないことが大切だ=iStock
少し前のギネス世界記録に「最も致死率の高い感染症」というカテゴリーがありました。
ここにランキングされていたのがHIV感染症(エイズ)と狂犬病です。
現在、HIV感染症には数多くの治療薬が開発されており、早期に治療を開始すれば死に至る病ではなくなりました。
その一方、狂犬病は発病したら致死率がほぼ100%になるため、現在もランキング1位の感染症と言っていいでしょう。
狂犬病の現状や予防法、海外で動物にかまれてしまった場合の対処法について、トラベルメディスンの第一人者である東京医科大学の濱田篤郎教授が解説します。
【毎日新聞医療プレミア】
世界保健機関(WHO)の報告によれば、狂犬病はアジア、アフリカを中心に、世界150カ国以上で毎年5万9000人の患者が発生し、ほぼ全員が死亡しています。
日本国内では1950年代に根絶されましたが、2006年に京都と横浜で2人の狂犬病患者が発生しました。いずれの患者もフィリピンで狂犬病のイヌにかまれ、帰国後に発病したケースです。
日本以外で狂犬病の流行がないのはイギリス、北欧、オーストラリア、ニュージーランドなど少数の国になります。
これらの国では動物の狂犬病もヒトの狂犬病も報告されていません。
また、北米や西ヨーロッパでは動物の狂犬病はありますが、ヒトの患者はわずかです。
◇ワクチンで防ぐことができる病気
アジアやアフリカなどで狂犬病を疑う動物にかまれる頻度はかなり高く、1カ月間滞在すると旅行者の1000人に4人がかまれるとの調査報告もあります。
こうした場合でも、すぐにワクチン接種を受ければ発病を防ぐことができます。
狂犬病を引き起こすウイルスは、かまれた部位から神経を伝わって脳に侵入します。
脳に到達すると手遅れですが、それまでに約1カ月以上の時間を要します。
この間にワクチンを接種してウイルスを殺してしまえば、発病を防ぐことができるのです。
ウイルスが脳に到達すると、どんな症状が起きるのでしょうか。
まずは発熱がみられ、やがて恐水症状など狂犬病に特徴的な症状が表れます。
恐水症状とは、水を飲もうとすると喉の筋肉がけいれんし、水が飲めなくなる症状です。
この後、興奮や錯乱などの精神症状が出現し、最終的には昏睡(こんすい)状態に陥り死亡するのです。
◇哺乳動物は全て危険
では、イヌだけが狂犬病を媒介するかというと、それは間違いです。
ヒトの狂犬病の9割以上はイヌにかまれて発病していますが、ネコやサルにかまれて感染するケースもあります。
つまり哺乳動物は全て危ないということです。
マイクル・クライトン原作のSF小説「ジュラシック・パーク」にも狂犬病の話が出てきます。
物語の冒頭、浜辺で遊んでいた女の子がトカゲらしき小動物(実は小さな恐竜)に手をかまれる事件が起こります。
すぐに病院で処置を受けますが、母親が「狂犬病は大丈夫ですか?」と質問します。
この問いに医師は「その心配はご無用。トカゲに狂犬病はないんです」と答えます。
狂犬病は哺乳動物にのみ感染する病気で、爬虫(はちゅう)類や鳥類には感染しないのです。
◇まずは動物に近づかないこと
それでは、海外に滞在する場合、狂犬病をどのように予防したらいいでしょうか。
まず動物に近づかないことが大切な点です。
動物好きの人は、周囲にイヌやネコがいると無意識になでてしまうことがありますが、これは海外では絶対にやめましょう。
飼育されている動物から狂犬病にかかったケースもあります。
また、最近は海外で動物と触れ合う場所が増えています。
たとえば筆者が経験したケースですが、中国のパンダ動物園で子どものパンダを抱いていた時に、手から滑り落ちて、足をかまれた旅行者がいました。
アフリカの自然公園でライオンの赤ちゃんと遊んでいて、手をかまれたという旅行者もいました。
パンダもライオンも哺乳動物ですから、かまれたら狂犬病のリスクがあります。
このため、いずれの旅行者にもワクチンを接種しました。
◇ワクチン接種のタイミング
海外で動物にかまれた時は、まず傷口をせっけんと流水でよく洗い、アルコール消毒をしてください。
そして、できるだけ早く医療機関で狂犬病ワクチンの接種を受けましょう。
これは時間との勝負になるので、帰国してからではなく、現地の医療機関を受診して接種を受けることが必要です。
なお、かまれた後のワクチン接種は、1カ月間に5回行います。
医療機関にかかれないような奥地に滞在する人や、駐在などで長期間滞在する人には、出国前にワクチン接種を受けておくことをお勧めします。
この場合の接種は3回になります。
このような事前のワクチン接種を受けていても、かまれた後の接種は必要ですが、時間が少々遅れても心配いりませんし、接種も2回ですみます。
なお、日本では狂犬病ワクチンの流通量が大変少ないため、出国前の接種は輸入ワクチンを扱っているトラベルクリニックなどで受けることをお勧めします。
費用は約5万円かかります。
かまれた後の接種については、検疫所や保健所などに問い合わせていただければ、接種できる医療機関を紹介してくれます。
また、健康保険が適用されます。
◇日本国内は大丈夫か
日本では50年に狂犬病予防法が施行され、飼い犬へのワクチン接種が義務化されました。
この効果で57年以降は国内から狂犬病が消滅しました。
では、現在も本当に国内流行がないかというと、いくつかの不安材料があります。
一つは、イヌへのワクチン接種率が最近は低下している点です。
また、ネコなどには狂犬病ワクチンを接種していないのも心配なところです。
もう一つは、野生動物の狂犬病調査が、最近はほとんど行われていないことです。
台湾も狂犬病の根絶宣言を出していましたが、13年に野生動物の調査を行ったところ、アナグマの感染が確認されました。
日本でもアライグマが増加しており、こうした野生動物の調査を行うことが必要な時期に来ています。
狂犬病と一口に言っても、患者の管轄は厚生労働省、家畜は農林水産省、野生動物は環境省と異なりますが、最強の感染症の日本再来を防ぐためには、行政が一丸となることが必要なのです。
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