捨て犬たちの声を聞け
殺処分テーマの朗読劇に、演出家が重ねる思い
2018年10月6日(土) sippo(朝日新聞)
「cry!cry!!cry!!!~犬達の遺言~」から
動物愛護センターで死に直面しながら それでも飼い主が迎えに来ると信じて生きる9匹の犬たち。
そのさまを台詞だけで描く朗読劇『cry!cry!!cry!!!~犬達の遺言~』が、この夏も東京都内で上演された。
演出を手がけた滝沢正光さん(44)には、自らの人生に重なる特別な思いがあった。
柴犬、トイ・プードル、パグ、パピヨン、ミックス犬など、9匹の犬たちが連れてこられたのは、とてつもなく「暗い」場所だった。
「ここは犬のホテルでしょ?」
「早くご主人様が迎えに来ないかな?」
長老のゴールデン・レトリーバーが、幼い犬たちに諭すように言う。
「ご主人様は、必ず迎えにくるよ」
だが、そこは郊外にある動物愛護センターだった。
最初はすぐに家に戻れると信じていた犬たちだが、2日、3日たっても、なぜか迎えは来ない。
4日、5日とたって、犬たちは自分たちに迫る運命を知る。
命の期限は7日間。
すぐそこまで死が迫っていた。
「結局、オレたちの命は人間次第だ」
演出する滝沢正光さん(左)
殺処分の現実を知る
役者の台詞だけで展開される朗読劇『cry!cry!!cry!!!~犬達の遺言~』に登場するのは、9匹の犬。
犬のような衣装もない。
昨年から今夏までに5回ほど上演された。
企画制作を担った演劇プロジェクト「Double Spin」の演出家、滝沢正光さんは、上演のいきさつについてこう説明する。
「東日本大震災があった年に、同じ題材で7日間の命を生きる『Dogs 7days』という演劇に取り組みました。実は僕は動物にさほど興味がなく、脚本を渡された時、ピンと来なかった。でも、いざ演劇の形にすると、毎回上演を観て、ぼろぼろ泣いてしまう自分がいたのです。犬の忠誠心や人間好きなところにインスパイアされて、いつか環境が整ったらミニチュアシュナウザ―を飼いたいなんて思ったりして。そうか、これは自分のように動物に関心がなくても“心動かされる”テーマなんだと思ったんです」
滝沢さんはこの演劇の演出に携わるまで、犬猫の殺処分についてあまり知らなかったという。
「テーマが決まった時、千葉の動物愛護センターを訪ねました。保健所の存在は知っていましたが、収容期限が決められていたり、ガスで処分されたりすることは知らなくて。収容1日目の犬は騒いでいるのに、5日目、6日目になると、犬がじっとしているんですよ。その落差を表現したいと思いました」
朗読劇について語る演出家の滝沢正光さん(上村雄高撮影)
捨てられた犬に自分を重ね
それから数年たって、同じテーマに取り組みたいと思ったのには、もうひとつ大きな理由があった。
「実は僕が9歳の時、突然、親父が蒸発したんです。朝起きたら布団が三つ折りしてあって、母親やじいちゃん、ばあちゃんが騒いでいた。そわそわして3つ下の弟とくっついていたら、母親まで僕らを置いて出ていってしまった」
母は数日して「やっぱり、あんたたちを育てる」と戻ってきたが、滝沢さんの心の中から「捨てられた」という思いが消えることはなかった。
そのせいか、大人になっても、他人と長い時間を一緒に過ごすことが苦手だった。
しかし昨年、蒸発以来34年間会っていなかった父と話す機会があり、意識が変わったという。
「僕は母にずっと攻撃的でしたが、一昨年、母と話していたら『あの時はごめん』と言われた。その後、周囲に促され、父を探し出して、携帯電話で5分だけ話したんです。『父さんをずっと悪者にしてたよ、ごめん』と言ったら、『心配していた。立派に育ってるじゃないか』と言われて・・・」。
父と話す前は「父親などいなくていい、一人でやっていける」と思っていたが、自分にも父親がいて、愛されていたと「発見」した。
さらに、以前の演劇で泣いたのは、捨てられた犬に「捨てられた自分」を投影していたからだと気づき、劇への衝動がわいてきたという。
犬を演じた佐藤晴菜さん(上村雄高撮影)
心に響く犬たちの叫び
朗読劇で、犬の集団の中の“母親的存在”となるパピヨンの「リリッシュ」には、役者4年目の若い佐藤晴菜さん(25)を選んだ。
佐藤さんは自宅でトイ・プードルと雑種犬の2匹を飼っている。
「トイプーは風歩といって、店で大きくなって家族を募集していました。雑種の子は木空といって、動物愛護センターにいた犬です。だからセンターに収容された犬の役には気持ちが入りましたね。リリッシュは幼犬から老犬までを束ねる役なので、滝沢さんからは『皆を引っ張るように、パワフルに!』と指示されました」
動物愛護センターにいる犬は、直接飼い主が持ち込むより、遺棄されて飼い主不明の犬として収容されることが多い。
新たな家族を待つ犬がたくさんいるのだ。
「あんたたち、ペットショップに行く前に、まずここに来な!」
これは佐藤さんが演じるリリッシュが、ラストに叫ぶ台詞だ。
「『死にたくない!』と叫ぶ子犬たちを抱き寄せ、『あんたたちと過ごした時間は何だか母親になれた気がしたよ、ありがとうね』と言う台詞もあります。その時にリリッシュ役として子犬を見つめるうちに、“どうして純粋な子たちが何も悪いことをしてないのにこんな思いをしなければいけないのか”と悔し涙が出ました」
犬も猫も言葉は話せないが、いろんなことがわかっている。
散歩にいきたい、ごはん食べたい・・・。
佐藤さんは舞台で演じる中で、保健所からきた愛犬の顔が浮かんだそうだ。
「もしかしたら、うちの子も引き取られなければ同じ体験をしたかもしれない。そう思うと強く憤りを感じ、役者として演じきる覚悟が決まりました」
舞台からは、そうした思いがひしひしと伝わってくる。
滝沢さんはいう。
「日本は問題が起きてから動くので、まだまだ法律も追いつきませんよね。8月の朗読劇で、また発見したことがあるんです。この劇は犬や猫のためにやっていると思ってきたけど、実は人類のためなんです。人類がよくならないと、犬猫の状況もよくならない。こうした劇は1回だけでは題材のポテンシャルや意味深さを引き出せないので、何度もやることが大事なのかもしれません」
朗読劇「cry!cry!!cry!!!~犬達の遺言~」は、11月に長野県・軽井沢で、12月4日には東京都世田谷区のドッグカフェ「cafe Roomer」でも上演。来年2月にも予定している。
【写真特集】犬たちの思いストレートに表現する朗読劇