ペットブームを作り出すテレビの姿勢を問う
2017/3/28 dot by 太田匡彦
「かわいくて」「癒される」ペットのブームの影で、過剰繁殖、飼育放棄といった社会問題が顕在化。
動物愛護の観点からペット問題を長年取材してきた記者が、メディアの果たすべき責任を鋭く指摘する。
●ペットの「流行」の裏で何が行われているか
「なんと言っても犬はポメ、猫はスコです」
スコティッシュフォールド(左)とポメラニアン
昨夏、東京都内で繁殖業者を集めて行われた大手ペットショップチェーン主催のシンポジウム。
登壇した同チェーン幹部は「テレビCMの効果がすごい」などと解説しながら、これから繁殖を行っていくべきだと考える犬種、猫種をそれぞれ一つずつあげた。
「ポメ」とは、ソフトバンクのCMで「ギガちゃん」と名付けられたポメラニアンのこと。
「スコ」はワイモバイルのCMで「ふてネコ」として有名になったスコティッシュフォールドだ。
テレビCMによってポメとスコの人気に火がついており、ペット店の店頭では圧倒的な売れ筋になっているというのだ。
だからペット店は、取引のある業者に繁殖をすすめる。
「過去にチワワやミニチュア・ダックスフント、柴犬が人気になったときと同じです。繁殖計画の参考にされたらいかがでしょう」
テレビと動物コンテンツの関係を考えるとき、やはりこの「ブーム」という側面についてまず触れていくべきだろう。
ペット店チェーンの幹部が例示するまでもなく、過去に「流行犬種」は繰り返し作られてきた。
たとえば漫画『動物のお医者さん』シリーズによって、1990年代前半にはシベリアンハスキーが爆発的に流行った。
2002年にはアイフルのCMにチワワの「くぅ~ちゃん」が登場し、チワワブームが起きた。
これらのブームは、犬の飼育数そのものにも影響を与えたと考えられている。
特定の犬種や猫種についてブームが起こる――。
発端はCMや漫画だったかもしれないが、ブームを大きなものにする主要なプレーヤーはやはりテレビ(番組)だ。
流行りの犬種や猫種を情報番組やバラエティ番組に登場させ、ときにはその子犬や子猫をスタジオに連れ出し、「かわいさ」を多角的に印象づける。
結果として多くの視聴者が、かわいいと強く思わされ、飼いたい(買いたい)と考えることを肯定された気分になっていく。
いつも不思議に思う。
テレビの番組制作の現場では皆、このことに痛痒を感じていないのだろうか、と。
ブームのツケは最終的に、犬や猫たちが払うことになるのに・・・。
ブームにより飼育数が急激に変化
ハスキーブームやチワワブームの後には、各自治体の収容施設にこれらの犬種があふれ、また野山に大量に棄てられて野犬化し、社会問題になった。
そしてその裏側の繁殖現場では、ブームを好機ととらえた過剰繁殖が行われた。
高値で売れるうちに、繁殖用の雌犬たちは身体がボロボロになるまで繰り返し交配、出産を強要される。
無計画な繁殖は、遺伝性疾患の蔓延にもつながる。
鹿児島大学共同獣医学部の大和修教授(臨床病理学)は以前、私の取材に対して、プードル、チワワ、ダックスフント、柴犬など特定の犬種に人気が集中する日本独特のペット事情を指摘しつつ、こう話した。
「特定の犬種がメディア報道で爆発的に流行し、短期間で可能な限り多くの個体を生産する努力が払われる。そんな土壌が遺伝性疾患を顕在化させ、新たに作り出す要因になっていると推測される」
●ペット業界の活況と無謀な繁殖との因果関係
猫ブームについては、まさに今、これまでのブームと同じ轍を踏みつつある。
00年時点の推計飼育数は犬約1000万匹に対し猫は約770万匹だった。
ところが、同年代半ば以降に始まった猫ブームにより、16年には犬猫の推計飼育数は拮抗し、ともに1000万匹弱になった。
この間、テレビだけでなく猫を題材とした写真集や映画、雑誌が数多く世に出され、ブームは加速した。
「ネコノミクス」なる造語も登場し、その経済効果は2兆円を超えるという試算もある。
当然、ペット店の活況につながる。
全国で約100店を展開する大手チェーンのAHBでは15年度、犬の販売数が前年度比7%増だったのに対し、猫は同11%増だった。
同じく大手チェーンのコジマでも、前年比2割増のペースで猫の販売数が増えているという。
「猫は仕入れるとすぐに売れるため、地方都市まで回ってこない」(別の大手チェーン従業員)という状況だ。
入手ルートにも変化が起きつつある。
ペットフード協会の16年の調査では、入手先が「ペット店」だったのは70代では11.9%だが、20代では23.5%。
「友人/知人からもらった」(33.8%)や「野良猫を拾った」(23.5%)に迫ってきた。
年代が若くなるほど、もらったり拾ったりするのではなく、店で買う人が増える傾向にあるのだ。
このため猫の仕入れ値は急騰。
16年のゴールデンウィーク前後には、仕入れ値は例年の3~4倍になった。
競り市では子犬の落札価格を上回る子猫は珍しくなくなり、20万円を超える落札価格を記録する子猫も出てきているという。
もう、問題が起き始めている。
ペット業界幹部は「『犬だけでなく猫も』という安易な兼業繁殖業者が増えてきている」と懸念する。
犬は普通、年に2回しか繁殖できないが、猫は日照時間が長くなると発情期が来るタイプの季節繁殖動物。
大手ペット店チェーン経営者によると「猫は蛍光灯をあて続ければ年に3、4回繁殖できる。犬のように運動させる必要もないから狭いスペースで飼育でき、とにかく効率がいい」という。
母猫の健康を考えない繁殖が行われているおそれがあるのだ。
遺伝性疾患の増加を懸念する声もあがっている。
前出の大和教授は「日本国内の繁殖用の猫は、犬に比べるとまだ集団が小さく、犬よりも遺伝性疾患が広がりやすいと考えられる。原因遺伝子が特定できている遺伝性疾患は、繁殖業者の段階でアフェクティッド(発症者)やキャリアー(保因者)の個体を繁殖から徐々に外していけば、確実に減らしていける。しかし犬ではそれがあまり実践されず、猫も同じ轍を踏みつつある」と指摘している。
冒頭に紹介した人気猫種のスコティッシュフォールドは、骨軟骨形成不全症が優性遺伝する。
優性遺伝する場合、原因遺伝子を持っている個体とそうでない個体とを交配させると、2匹に1匹が発症する個体になってしまうため、事態は厄介。
スコティッシュフォールドでは、折れ耳の場合はすべてがこの病気を発症するとされている。
発症すれば、前脚や後ろ脚の足首に骨瘤ができて脚を引きずって歩くような状態になるなどする、根治が困難な病気だ。
●ブームのツケを払わされる動物への想像力を持ってほしい
テレビが流行らすのは犬猫に限らない。
例えば日本テレビ系の「天才!志村どうぶつ園」では、タレントがコツメカワウソを飼育してみせた。
犬や猫は長い時間をかけて人間が家畜化してきたペットだが、コツメカワウソは本来、野生動物。
寿命は10~15年ほどといわれており、犬猫と同じくらい長寿だ。
一方で、その飼育は容易ではない。
にもかかわらず、テレビでその姿を放送し続けたことで、コツメカワウソをペットとして飼おうという人が出てきた。
余波はすでに、動物園動物にも及んでいる。
16年4月に鹿児島市平川動物公園が動物商に渡したコツメカワウソ2頭が転売され、静岡市内のペットショップで販売されているのが発見された。
動物愛護団体が問題視し、抗議を行うなどした。
自分たちが繁殖させた動物たちの行方を管理できていない動物園も問題だが、そもそもペットとしてのニーズが高まらなければ、こうした「流出」も起きなかったはずだ。
コツメカワウソがこれから日本でどんな運命をたどってしまうのか、注視していく必要がある。
テレビの制作現場で働く方々にはまず、ブームをつくることで動物たちの身の上に何が起きるのか、想像力を持ってほしいと切に願う。
テレビと動物コンテンツにまつわる問題でもう一つ大きなテーマは、収録現場における動物たちの取り扱いについてだ。
以下は13年に『AERA』誌上で言及した内容だが、ここで改めて触れたい。
猿の首に釣り糸を巻きつけて無線操縦車につなぎ、引っ張り回すことで、追いかけているように見せる――。
フジテレビは13年11月1日、そんな「演出」を行ったバラエティ番組「ほこ×たて」の放送終了を発表した。
当時の発表内容によると、同社にとっては、演出によって真剣勝負への信頼性を損なったことが致命的だったという。
だが番組制作のために、動物への虐待行為を行ったことこそ、より大きな問題ではなかっただろうか。
動物愛護法(動物の愛護及び管理に関する法律)ではこう定めている。
第二条 動物が命あるものであることにかんがみ、何人も、動物をみだりに殺し、傷つけ、又は苦しめることのないようにするのみでなく、人と動物の共生に配慮しつつ、その習性を考慮して適正に取り扱うようにしなければならない。
そして、「愛護動物をみだりに傷つけた者」は2年以下の懲役か200万円以下の罰金が科される(第四十四条)。
フジテレビによる一連の演出は、動物愛護法違反に問われかねない「事件」だったといえるのではないだろうか。
振り返ってみれば、テレビ局による動物の取り扱いは、ずさんと言えるものが少なくない。
例えばNHKは「爆笑問題のニッポンの教養」で、ハムスターを箱に入れて絶叫系マシンから落下させる「実験」を行った。
NHK広報局は「専門家の指導のうえで、問題がないことを確認して行った」などという。
だが動物実験における国際規範「3R」(苦痛軽減、代替法活用、使用数削減)に照らせば、あえて生きたハムスターを使う必要がある実験とは考えにくい。
また「天才!志村どうぶつ園」では、前述のとおりタレントが野生動物を屋内で飼育したり、「生まれたばかりの子犬」をスタジオに登場させたりしていた。
番組に長く登場していたチンパンジーについても、学術研究か繁殖目的以外の譲渡、飼育を禁じる「種の保存法」の観点などから、05年以降その飼育業者に対して日本動物園水族館協会が改善を求めてきた。
10年には、番組におけるチンパンジーの取り扱いに改善が見られないとして、環境大臣の諮問機関である中央環境審議会の動物愛護部会小委員会で問題視されてもいる。
日本テレビ総合広報部は「幼齢な犬猫に関しては動物愛護法の改正前、後ともに遵守して撮影、放送を行っている」「野生動物の飼育企画に関しては、視聴者に共感してもらえる内容にするため」「チンパンジーについては、種の保存法に基づいて撮影している」などとしていた。
ほかにも、テレビ朝日の「劇団ひとりの新番組を考える会議」では、期間限定で子犬を飼ってみるという企画を行った。
子犬の精神的負担や動物愛護法第七条が定める終生飼養の観点から、この企画に問題はないのだろうか。
問い合わせに対して同社広報部は「日ごろから適切な対応を心掛けている」などと回答した。
●動物の取り扱いについてメディアは自主規制を導入する時期
動物番組の内情に詳しい業界関係者に取材すると、こんな話も聞こえてきた。
「動物のありのままを伝えるまじめな内容よりも、犬の赤ちゃんをスタジオに連れてきてタレントがキャーキャー言いながら抱き上げるほうが、ヒット企画としてもてはやされる。撮影の現場では、出演タレントにも見せられないような動物への暴力が振るわれることもありますが、動物を思い通りに動かすためには黙認されてしまう。視聴率至上主義の構図のなかで、動物にしわ寄せがいくのです」
こうした状況は、なぜ放置されてきたのか。
米国には、あらゆる映像メディアでの動物の取り扱いを監視するAHA(アメリカ人道協会)という非営利組織がある。
ハリウッド映画をエンドロールの最後まで見ていると、動物が少しでも出てきた作品であれば必ず、このAHAが定めた基準を満たしている旨を告げるクレジットが表記されているはずだ。
ほかにも英国では、映画やビデオの撮影に動物を使う際の規制法がある。
日本はどうか。
民放連の放送基準やNHKの国内番組基準に動物に関する文言はない。
各テレビ局の対応や主張もまちまちだ。
昨今、動物福祉の観点から、犬や猫などの繁殖業者や販売業者に対して、社会の厳しい目が注がれるようになった。
テレビ業界でも、番組制作上の都合で動物を、その生態を無視して好き勝手に扱うことは自粛していくべき時期に来ていると思う。
最近、日本映画を見ていると、「この映画の製作にあたって動物に危害は加えていません」などの文言がエンドロールに表示されることがある。
AHAの取り組みを個別の作品ベースで踏襲しており、歓迎すべきことだ。
ただ、客観性を保ち、そもそもメディアに利用される動物たちの福祉を向上させていくためには、やはり業界全体で取り組む必要がある。
テレビだけでなく映画、そして私自身が身を置く新聞や雑誌も含めたメディア業界に提案をしたい。
日本でもそろそろ、メディアが動物を利用する際の規則を自主的に取り決めてはどうだろうか。
(太田匡彦)
太田匡彦(おおた・まさひこ)
/1976年東京都生まれ。98年東京大学文学部卒。読売新聞東京本社を経て2001年朝日新聞社入社。経済部記者、『AERA』編集部記者、メディアラボ主査などを経て16年4月から現職。著書に『犬を殺すのは誰か ペット流通の闇』(朝日新聞出版)、共著に『動物のいのちを考える』(朔北社)などがある。
※『GALAC(ぎゃらく) 4月号』より