犬は“最高の相棒” 高いコミュ力に注目〈AERA〉
2016年6月5日(日) dot
あなたの犬も“働いて”います!
巷では猫ブーム。
“ネコノミクス”という言葉までできたが、犬も負けてはいない。
『北里大学獣医学部 犬部!』など、犬に関する著作が多いノンフィクション作家の片野ゆかさんにご寄稿いただいた。
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ペット動物の代表といえば犬と猫。
いずれも多くの人の心を掴んで離さない魅力に溢れているが、どちらが感動という言葉とマッチするかということでは、間違いなく犬のほうに軍配があがる。
昔からよくある、犬が主人に忠誠心を抱くとか恩返しをするという話は、人間の都合を押しつけただけの擬人化で、彼らを深く理解したいのなら絶対に避けるべきだが、それを抜きにしても犬たちの行動には、とりわけ働く犬の存在には、犬好きのひとりとして激しく心揺さぶられるものがある。
その理由は何なのか?
私は、犬たちの興味のベクトルが人間に向かっていることと関係があると思っている。
それは犬たちが持つ高いコミュニケーション能力とも深くリンクしていて、最近では動物行動学などをもとに科学的にその詳細が解明されてきている。
米国デューク大学の犬類認知センターの創設者ブライアン・ヘアによると、犬は自発的に人間の身振りを読みとる随一の動物だという。
たとえば飼い主が何かを指さすと、犬たちはそれに注目してその意味を考える。
この能力に限定すれば、DNAレベルで人間との違いが1.23パーセントしかないチンパンジーも遠く及ばないという。
人間と犬が寝食を共にできるのは、彼らが自ら、私たちの行動や仕草から生活のルールを理解する能力に支えられているといってもいいのだ。
さらに犬は、自分の仲間の種よりも人間と過ごすのを好むことも科学的に証明されている。
つまり彼らは「あなたと一緒にいたい」「あなたの考えや好みを知りたい」という意志を持って人間と接していることになる。
こうしてコミュニケーションを重ねることでお互いの信頼関係は深まり、しかもそれは揺るぎないものになる。
人間と犬の共同作業が可能になるのはそのためだが、働く犬にはもうひとつ条件が加わる。
彼らが一般の家庭犬と違うのは、目標に応じて人間と交代で主導権を握ることを学習している点だ。
ハンガリーの動物行動学者アダム・ミクロシは、道順がわかっている視覚障害者と障害物を確認する盲導犬が一緒に歩くとき、お互いが素早く主導権の交代をくりかえしていることを明らかにしている。
相手に判断を仰ぐだけでなく、状況に応じて「さあ、私を信頼してついて来て!」と言ってくれているわけで、まさに息の合った最高の相棒という表現がピッタリだ。
もちろんこれは警察犬や災害救助犬など、すべての働く犬に共通している。
そんな関係を目にすれば、多くの人は胸にジンワリとしたものを感じるし、犬好きであれば感動的なドラマを妄想せずにはいられないだろう。
働く犬はさすがに頭がいい。
我が家の犬とは大違いだ――。
ここまで読んで、もしかしたら溜息をついている読者もいるかもしれない。
だが、ちょっと待ってほしい。
彼らは人間など及ばない身体能力を持っていて、それを発揮すれば家具や装飾品を台無しにできるし、それどころか中型犬ほどの牙と顎のパワーがあれば、あなたの指を骨ごと砕くこともたやすいのだ。
でもたいていの犬たちは、そんなことはやらない。
それどころか「待て」と言えばその場で待機するし、ゴハンだって許可を出すまで我慢する。
帰宅すると玄関に迎えに来て、朝になれば散歩を促して貴重な休日を棒に振るのを食い止めてくれる。
ソファに座れば「あなたは独りではない」とばかりに体のどこかをくっつけてくるし、晩酌の相手だってしてくれる。
これらの行動のすべては飼い主の行動や仕草から読みとった「正解」で、私はこれを家庭犬ならではの仕事力だと考えている。
そしてこの能力は、飼い主が時間と労力を愛犬に注ぐほど光輝くのだ。
そもそもあなたのまわりに、これほどあなたの行動に注視してくれる相手がいるだろうか。
「いる」という幸運な人はさておき、それ以外の方はいま一度、愛犬の仕事力に注目することをおすすめしたい。
(ノンフィクション作家・片野ゆか=寄稿)
片野ゆか(かたの・ゆか)
1966年東京生まれ。ノンフィクション作家。2005年『愛犬王~平岩米吉伝』で小学館ノンフィクション大賞受賞。著書に『北里大学獣医学部犬部!』(ポプラ文庫)『ゼロ!~熊本市動物愛護センター10年の闘い』(集英社文庫)ほか多数。最新刊は『動物翻訳家 心の声をキャッチする、飼育員のリアルストーリー』(集英社)。
※AERA 2016年5月23日号