【3・11から5年】飼い主と再会かなわぬまま取り残されたペットたち
2016年3月9日(水) スポーツ報知
森絵都さん
福島第1原子力発電所の事故で半径20キロ圏内は警戒区域に指定された。
多くの人が失ったふるさとの家。
一方で現場周辺には、飼い主を失ったペットや家畜が取り残された。
その問題に気付いた作家・森絵都さん(47)は警戒区域へと入り、救助活動を行った。
著書「おいで、一緒に行こう」(文春文庫刊)では、被災者とそのペットたちを通じて見えた被災地の光景をつづっている。
消えていきそうな動物たちの「生」を前に、何を思い、何を変えたいと思ったのか―。
(久保 阿礼)
作家として作品を通じて飼い主を失ったペットについて、問題提起をしてきた。
大規模な原発事故。
それでも森さんは現場へ向かった。
「私も犬を飼っていますので、震災の後、迷子になっている犬や猫がいるだろうなと思い、被災地に入りました。ペットに関する情報も少なかったので、まず行ってみよう、と。福島県で何が起こっているのか、現場に行かないと分からなかったので」
福島第1原発事故を受け、4月22日から半径20キロ圏内は警戒区域に指定され、自由に自宅へと帰れない状態になっていた。
森さんは5月28日午前5時に、夫や編集者の菊地光一郎さん、カメラマンらと現場に向かった。
車に水や餌、首輪などの「救助用品」を積んで都内から回り道をしながら、警戒区域へと入り、丸2日間にわたって取材をしながら、残されたペットの救出活動を始めた。
「犬や猫をたまに見かけました。豚や牛や野生のサルもいた。ただ、どこに行っても人がいないので、現実ではない“どこか”にいるという感じです。保護しようとしても家の前にずっといる犬もいました。攻撃的で警戒心が強く、どうしても保護できなかった」
環境省によると、東日本大震災で被災して死んだ犬は青森県で少なくとも31匹、岩手県で602匹、福島県では約2500匹とされるが、詳しい数字は分かっていない。
また、警戒区域内では、県などにより11年末までに約1000匹の犬や猫が保護されている。
「おいで、一緒に行こう」には、警戒区域内で撮影された動物の写真が掲載されている。
道端で力尽きた猫、わずかな水たまりに身を浸す豚、用水路にはまって動けなくなった3頭の牛・・・。
中には飼い主がいなくなり、放浪して死んだ犬や猫、鎖につながれたまま餓死した犬もいた。
こんな光景も目の当たりにした。
森さんらは救助活動の最中、甲斐犬風の虎柄模様の犬を見つけた。
名前を「カイ」と名付けた。
石川県の動物愛護団体を通じて、その後、里親に引き取られた。
11年11月、飼い主が見つかった。
飼い主は茨城県の団地で避難生活をしていた。
避難所にペットを連れていくことは難しく「生きてほしい」と思いながら、鎖を外した。
これほど、避難生活が長引くことは誰にも予想できなかった。
「面倒をよく見ていた」という祖母が涙を流し、再会を喜んだ。
だが、祖母は祖父が住む福島県の仮設住宅に通っていた。
団地と仮設住宅ではペットを飼う環境にはない。
住む場所を奪われ、支えとなる愛犬も飼うことができなくなった。
「周囲に配慮してペットを自宅に残した飼い主さんがその後も再会できず、つらい目に遭っている人がいる。今回のことを学びとしてほしいですし、少しずつでも、ペットに対する考え方が底上げされれば、と思います」
5年前の警戒区域だった半径20キロ圏内は、昨年9月の楢葉町など一部の区域で帰還できるようになった。被災したペットの保護数は12年に220匹、13年に147匹、14年はわずか3匹で、15年は保護実績ゼロ。飼い主から離れた全てのペットが保護されたわけではなく、ペットを失った飼い主の心の傷も癒えていない。
「5年でいろいろなことは変わったかもしれない。でも、まだ5年です。まだまだ、これからですよね」
文春文庫「おいで、一緒に行こう」
著者:森 絵都
定価:本体690円+税
発売日:2015年06月10日
ジャンル:ノンフィクション
■担当編集者より
著者・森 絵都さんが同行したのは“中山ありこさん”という40代女性。
福井県で捨て猫の保護活動をしているボランティアです。
ありこさんとその同志(ほとんどが40代の女性)は、退去勧告によりペットを置き去りにせざるを得なかった飼い主の依頼を受けて、立ち入り禁止の原発20キロ圏内でも保護活動を展開しています。
動物の屍骸に心を痛め、放射線量の高さに驚き、時に警察に追い回されたりもしながら、彼女たちはフクシマへ通い続けます。
裕福でもなく、仕事を抱え、子育てに追われるごく普通の女性たちが、動物たちを助けたい一心で被災地に集まってくるのです。
著者は取材を重ねるうち、彼女たちのバイタリティがどこから生み出されるのかを、考えるようになります。
彼女たちの活動は、行政の都合からすれば「違法」でしょう。
しかし、放射線量の高い20キロ圏内に無償で入り、ペットを飼い主のもとへ返そうとする人々を、一体誰が責められるのか?
本書はあくまでニュートラルな視点で事実を記してゆく作品ですが、その根底には、「ほんとうに正しいこととはなにか?」「人にとっての生きがいとはなにか?」という問いかけがあります。
生きることの意味を見失いがちな時代。
多くの人々に勇気を与えられる作品と自負しています。
■自著を語る 森 絵都さん
東日本大震災と共に起きた福島第一原発事故。
この事故で被災したのは、人間ばかりではない。
犬や猫のペットたちもまた“被災”したのだ。
避難するとき、やむを得ず置き去りにされたペットたちは、日々衰弱し、飼い主に再び会うことなく死んでいく。
その一方で“ペットレスキュー”によって救われ、飼い主の元へ戻っていく幸運な命もまた少数ながら存在していた。
森絵都さんがこのたび上梓した『おいで、一緒に行こう』は、福島原発二十キロ圏内で行われているペットレスキューの現場を、約半年間にわたり取材した“命の記録”である。
「以前犬の保護活動を扱ったノンフィクション作品を書きました。その後も、この問題に関心を持ち続けていたところに起きたのが今回の大震災です。ほとんど報道されませんでしたが、ペットの救出問題は震災直後から耳に入っていて、私も何かしたかった。そこで、犬や猫の被災地での救出活動について書こうと思ったんです」
とはいえ、報道がされない以上、個々のボランティアが運営するブログに情報を頼るしかない。
多くのブログを読む中で出会ったのが、本書で森さんが同行取材したペット救出ボランティアの中山ありこさんだ。
「ブログを読んで『この人だ』とピンと来ました。中山さんは、視点がすごくニュートラル。声高に正義を叫ぶわけでもなく、義憤を訴えるわけでもない。この人なら大丈夫と思える何かがありました。ただ、懸念材料もあったんです。当時原発二十キロ圏内は、立ち入り規制が敷かれていた。私が彼女たちの活動を公にすることで、かえって活動の邪魔をしてしまうのではないか。その心配がぬぐいきれず、一時は発表を断念しようかとも思いました」
しかし、ペットレスキューの取材を進める中で、この活動を絶対に伝えていかなければならない、という思いが森さんの中で膨らんでいった。
「中山さんたちがしていることは、実は人助けでもあるんです。私も小さい頃、犬がいなくなった経験がありますが、そのとき、一緒に犬の名前を呼んで探してくれる人がいたら、どれだけ心強かったか。大きな災害が起きたとき、ペットを救う方法を誰も知りませんでした。そんな中で、ボランティアの人たちの存在は唯一の救いだったと思うんです。それは、家を失ったり、故郷をなくした方々にとって、人間への信頼を回復する出来事だったのではないでしょうか。今回のことは、私たちが知っておくべき大事なこと、そして目を逸らさずに見ておくべきことだと。その思いがあったから、この本を書くことができたのかもしれません」